皇龍清明様はお姉様への愛と自責・自己否定で出来ている。
辿り着いたのは皇都の中心に位置する料亭だった。輝宮寺とお姉様が見合いをしていた料亭は庭園が広々設けられ開放的な雰囲気があったけど、こちらは「密談をします」と言わんばかりにぐるりと高い塀で囲われている。
金持ちの食事するところってなんで突き詰めていくと要塞みたいになるんだろう。
前世、ネットにあげられている写真を見るだけの知識だけど、よく分かんない地下で水槽あったりとか四方八方窓がないとか。外から狙撃されないように?
金持ちの家は、庭がデカいから家の食事は開放的に、外の食事は得体が知れないから閉鎖的なのだろうか。車を出ると女将が出迎えてくる。
「こいつだ。口聞けねえの。指差しだけで分かるようにって言ってたの」
「かしこまりました」
蝦蟇貪は私について説明していたらしい。
女将は私にまでかしこまりながら、私たちを部屋へと案内していく。
通されたのは八畳ほどの部屋だ。
「結構狭いな、こんなだったか」
蝦蟇貪は文句を言う。こいつありとあらゆる場面で好感度下げてくるじゃん。
「いいや、距離開けようと辺り一帯吹き飛ばせる神様が相手だ。たいして変わりゃしねえよ」
じゃあ文句言うなよ最初から。心の中で突っ込む。
「こっちが先に入って待ち構えてなきゃいけないからよ」
蝦蟇貪は言い、「座れ座れ」と私を部屋に座らせ、自分もその横に座る。かと思えば金属制のライターをカチャカチャいじり始めた。
「あーあ皇龍様も煙草やってくれたら気が楽なんだけどよ、神事以外じゃ何一つ飲み食いしねえからなぁ」
蝦蟇貪は大きくため息を吐いた。禁断症状出てるじゃん。
「お前さぁ、皇龍様が自分の父親始末してんのは知ってるよな? お前の親があやかしになって」
私は蝦蟇貪の問いに頷く。
「どうおもう?」
興味なさそうな声音だった。私は軽く首をひねる。さすがに満面の笑みを浮かべようとは思わなかった。父親については死んでほしかったし殺す気だったけど、お姉様のことがあるし。
「お前の父親、見たことあるけどよ。お前が世話になってる富山とか、水社家の当主様とはかなり違うだろ。水社家の当主様はお若くいらっしゃるけど、あれもあれで、食えねえしな」
蝦蟇貪は、枯賀のクソ父親と、富山局長と水社一心のパパの気質の区別が、ついている?
「で、お前は富山と仲がいいようなことを伊能ちゃんが言ってたから、お前は父親と折り合いが悪いと見た。まぁ娘なんざちゃんと育てば、父親も爺も嫌うもんだしな。あってるか」
私は蝦蟇貪の娘の育児論には同意できなかったが、予想に頷く。
「なら言っておくけど、お前の父親みたいなほうが多いぞ。軍は。さっきの運転手が言ってたけどよ、政界もだよ。軍にいる以上、そういうのと上手くやっていく力が必要になる。さっきの運転手みたいに、戦いで足吹き飛ばされることもある中でな。国の政治と、組織の政治。そして、家」
蝦蟇貪は相変わらずライターをカチャカチャ鳴らしている。しばらくして、女将と──皇龍清明様が現れた。
こちらは一応軍の用意した着物に身を包んでいるが、片や皇龍清明様はいつも身にまとっている戦闘衣装めいた和装だ。
「皇龍様、大変お忙しい中、本日はお越しくださいまして誠にありがとうございます」
蝦蟇貪は頭を下げる。私もそれに倣う。
「貴様ら軍人と違い、頭を下げさせる趣味はない」
皇龍清明様は冷たく言い放つ。座る気はないようだった。
「場には着いた。ただし一度きりだ。私は嫁など設けない。それを思い知らせるために来た」
うおー辛辣!
でも全部お姉様のため!
他の女を己の欲の処理のために利用して、「でも君じゃなきゃ駄目だったんだ」などと言い出す暗天妖王と天と地の差である。皇龍清明様は私をギロリと睨む。お姉様の為の睨みである。お姉様への想いが強すぎるあまり他者を拒絶する皇龍清明様。好きな社員にだけ優しくするとんでもねえ上司とどう違うんですかと聞かれて答えづらい近い挙動とも言える皇龍清明様だが、これは──一途さなんですね!
でも致命的なのは、『私は嫁など設けない』という部分だ。ここには『私は』『嫁など設けない』を分割し、『あの人以外に』を挿入しなければならないが、皇龍清明様はその誠実さゆえにそれをしない。なぜなら三百年前のお姉様に自分は相応しくない、釣り合わないと思っているからだ。自分なんかが嫁に貰ったらだめと思い込んでいる。なのでこうしたお姉様のいない場であってもその配慮だけ徹底的にする。
「この男や軍の上層にどう言われているか知らないが、私に取り入ろうと思っても無駄だ」
皇龍清明様は私を睨み、冷たく言い放つ。
知ってます。
お姉様がいるから取り入るスペースが無い。
同時に皇龍清明様の心の中のお姉様スペースには、お姉様だけじゃなくお姉様が死んだ悲しみ、自分が殺したも同然、自分が弱いからという自責、こんな自分が生きていていいはずがないけどお姉様を追いかけるみたいで気持ちが悪い。自分は最低だ──という自己嫌悪で構成されているので若干お姉様のスペースと言い辛いことも知ってます。
「しかし、かの娘は二等兵でございます。あやかしの世界に一時身を置いた時期もある」
蝦蟇貪が口を開いた。
「見合いもせずに帰られたとなれば昇進に響く。その分の情けをくれてやることはできませんかねえ」
蝦蟇貪の笑みに、皇龍清明様は睨みで返しながらも着席した。




