蝦蟇貪ドライブ
千年桜は恋と咲くにおいて、皇龍清明様とお姉様の見合いはトントン拍子に決まった。和風シンデレラあるある、1話で虐げられ描写とヒーローとの出会いが描かれるわけだが、千年桜は恋と咲くのコミカライズ1話も同じである。同時に読者には明かされないが皇龍清明様は三百年お姉様について昏々と考えていたので、相当な心情でありお姉様も今でこそ経営の片鱗が出ているが、こんな私が……と悶々と考えての出会いだ。心理描写重めゆえになんで見合いになったかはすっ飛ばし気味であったけど、私と皇龍清明様の見合いもすっ飛ばし気味であった。
理由は上層部と皇龍清明様。
皇龍清明様は前回の会合で「一回お見合い受けておかないとこいつら絶対煩いな」と確信したのだろう。皇龍清明様が承諾すれば私なんか逆らえないわけで。
ということで皇龍清明様と見合いすることになったが、上層部はどうやら水社家に隠しているらしい。指定された茶席で顔合わせして、皇龍清明様が良ければ水社の家に報告して、きちんと……という話を伊能局長から受けた。
理由は多分……対枯賀家ならば皇龍清明様が暴れ出しても国的には問題ないが、皇龍清明様が水社家にしくじった場合、問題になるのだろう。真原さんが以前、水社ママはヤバいみたいな話をしていたが、そもそもの話、血の繋がりがある者同士の親権争いだって大変なのに、会って間もない私とお姉様の保護の権利を水社家が得たというのが、今思えばザ・権力だし。それに水社ママは上層部に対して、理性的な振る舞いをするように思えない。理性的で弁の立つ伊能局長が上層部の相手を難しそうにしている一方、パッション代表のような酒呑童子に対して上層部は弱かった。水社ママはパッションの人なので、もしかしたら……水社家というより水社ママが警戒されてる可能性もある。
「だろうな」
水社一心が勝手に私の想像に介入してくる。
「母親の話されてんだよ俺は」
今、私は帝都退妖軍の関所の前にいた。今からお迎えが来て、その車に乗って料亭に行き、皇龍清明様と見合いらしい。上層部の付き添いがあるらしいが、誰か分からない。なので皇龍清明様と私と上層部の誰かという三人で食事して、おそらくだけど二人でどっか行けってされて、そこら辺を見回るのだろう。お姉様と輝宮寺……お姉様と野狐禅がした見合いと、多分同じ流れだ。
で、なんでいんのお前は。
「俺は普通に監視だよ。車までの付き添いだ。お前が逃げないようにな」
ひえー怖。
それ本当に命令されてんの?
「ああ。管理局は……お前の逃亡に加担しかねない、全く無縁の局員はお前が出し抜く可能性がある。心が読める俺が、お前の逃亡を防げる」
私逃亡すると思われてるんだ。
「伊能局長はな。それに、富山局長ならお前を逃がそうとするんじゃないか、とも言っていた」
富山局長。
逃がしそう、と思う。私のこと。普段、ファックスっぽい仕様の通信機器の紙詰まりから逃げに逃げ、真原さんがいないときは「ねえ、枯賀さん、これってどうやるの」と聞いてきてからうっすら気配を消してきたり、「枯賀さんってこの機器の修理、真原さんに教わってたりする?」という質問をしたあと、私に機器を手渡して、やっぱりうっすら気配を消してきたりする、富山局長。
でも人間関係の問題においては絶対に前に出る富山局長。
「お前なぁ」
怪訝な顔をしていた水社一心の顔が改まる。
迎えの車が来た。私は水社一心に会釈して、車に乗り込む。すると──、
「どうも、口が聞けない管理局の枯賀末理さん、だっけ? 帝都退妖軍の蝦蟇貪と申します。今日はどうぞよろしく」
伊能局長をちゃんづけしていた蝦蟇貪だった。
最悪だな。
一番、なんかあった時に問題がありそうなのが当然上層部トップの百足屋だけど、物静かにしていれば良さそう、というイメージの対処法がある。一方で蝦蟇貪は伊能局長にちゃん付けしたり、腹の底が読めない。車はゆっくりと走り出す。
「テーブルマナーは分かるか」
車内で足を組みながら、蝦蟇貪は訊ねてくる。私が頷くと「本当かねぇ」と疑ってきた。じゃあ聞くなよとつくづく思う。車の窓から放り投げるぞ。
「テーブルマナー覚えてるような軍人なんかろくなもんじゃない……って考えでしょ。伊能ちゃんも富山も、それの下についてんなら、ねぇ、ハッ」
煽って……ないのか?
「多分皇龍様もそうだよ。あー面倒くさい。なんで俺が、こんな送迎係をしなきゃいけない」
はぁ、と蝦蟇貪は大きくため息を吐く。
「口が聞けないってのも難儀だねえ。まぁ、この年にもなると、若い奴らは返事なんか出来ないから、似たようなもんだ」
蝦蟇貪は丁度六十歳だ。顎髭や口髭が無いのに実年齢より年上に見える。「実は八十歳なんですよ」「ええ~若い、六十歳くらいに見える」の六十歳に見えるし、富山局長も千年桜は恋と咲くで酒呑童子の横に置いてイケオジ枠で上手いこといけそうな、形容しがたい年齢だし。
「お前、皇龍様はどうなの、なーんかイマイチ興味なさそうだったけど」
蝦蟇貪は組んだ足を動かす。
私は返事に悩んだ。すると、
「興味ないな。ハ。まぁ、富山や伊能ちゃんの反応見てたら分かるよ。そういうような女じゃないのは。俺に対しての目つきと変わんない。お前の目見てると分かるよ。昔の伊能ちゃんそっくり」
私が伊能局長の昔とそっくり。
「男にたとえられても嫌か、ハハ……はーあ。おい、まだつかないのかよ。チンタラ運転してんじゃねえぞ」
「すみません」
運転手が詫びる。
「ったくよお、異能もねえ霊力もねえで足吹き飛ばされて軍で使いもんならなくなったてめえをだーれが雇ってやったと思ってんだ」
蝦蟇貪はぼやく。どうやら運転手は義足らしい。
「皇龍様は知らねえけどさ、軍人は使い捨てなわけよ。上官の為に足吹き飛ばしてんのに、今じゃ俺の足やってんだから。退役の報酬も名誉なんて建前で雀の涙ほど。一生いれば安泰よ? 戦えるなら。でも、老いは来る。よっぽど機密文書に関わるようなところでもないかぎり、オサラバなわけ。だから、結婚はしといても損はないんじゃないの? 軍人よりマシだよ。とんでもない姑も皇龍様相手ならいないからさぁ、ハ」
蝦蟇貪は吐き捨てるように言う。すると「政界でなんとかできないんですか」と運転手が口をはさんだ。どうやら蝦蟇貪と運転手は、お姉様と奉公先みたいな虐げの関係とは少し違うらしい。
「俺は逃げ切んだよ。面倒なことに首ツッコむ気なんかさらさらない」
蝦蟇貪は運転手にきっぱり答えた。
「それより、あやかしの世界はどうだった」
そしてこちらに話題の矛を向けた。
「伊能ちゃんにも聞いたけどさ、あいつ嘘つくと思うんだよ。俺に。だから聞かせてくれよ。あやかしをたばねてる奴は、上層の中で関わってる人間はいたか?」
え?
そんな質問考えてもみなかった。
蝦蟇貪が、そんなことを気にするのか?
私は首を横に振る。
「ほおん。伊能ちゃんはちなみに、調査中ですしか言わないのよ。可能性が低いとも高いとも言わない──ああ、その顔なら本当にいないんだろうな」
蝦蟇貪は顎を撫でた。
「じゃあ、皇龍様との見合いは、あやかしの世界のやつらがどうこうって流れでもねえのか……あーあ、あやかしの世界があるなんてのも面倒なのに、喋るあやかしが何体も出てきて、どうなるのかねえ、世は」
いやだいやだ、と蝦蟇貪は続ける。
しばらくして目的についたらしく。ゆっくりと車は停車した。




