政略結婚
三百年前のお姉様を失い、三百年間自己保身を続けてきた暗天妖王が最悪の仕上がりになっているわけだが、三百年間自責し続けた皇龍清明様も皇龍清明様で面倒くさいのだ。
溺愛小説で、それまで周囲に心を閉ざしていた人間がヒロインに対し別人のようにふるまうというのがあるが、皇龍清明様はそれである。読者からすればヒロインであるお姉様視点で物語が進み、皇龍清明様の面倒くささも冷たさもそこまで負担にならないが、要するに今の皇龍清明様は三百年前のお姉様の魂がお姉様としてこんにちはしていることを知らない、本編開始前ヒーローなのでもう手の付けようがない。大ギレである。先日ふらりと暗天妖王の口枷を叩き切ったのは責務だから。今の皇龍清明様は「よくわかんねえ上の奴に呼び出されて面倒くさい、死ね」という休日出勤テンションなのでおしまいである。
「ほら、そちらの兵は言霊の異能を持ちますからね、それに、皇龍清明様が先日暮日村で討伐されたあやかしの娘になりますから。枯賀の娘になります」
「霊力が無いようだが」
皇龍清明様はこちらに一切の視線を向けない。それどころか、周囲の誰とも目を合わせない。
「霊力がないからってバカにすんな、こいつには根性があるんだ」
酒呑童子が参戦してきた。やめろバカ。ややこしくなる。
「あやかしが何を言うか」
「なんだと‼」
酒呑童子は怒りを露わにした。おそらく酒呑童子にとって上層部は雑魚、なので雑魚に怒らないが皇龍清明様は対等、まずいキレるかもしれない。
「それで、皇龍様、この枯賀の娘はあやかしたる存在でしょうか」
伊能局長が皇龍清明様に問い直した。
「全く。おかしな呪いも見えない。このあやかしが手を付けていることもないだろう」
皇龍清明様が冷ややかに答えた。
「手はつくぜ‼」
酒呑童子が私にベタベタ触る。そういう意味じゃないです。
「……あの、皇龍様」
それまで黙っていた百足屋が口を開いた。
「本日お越しいただきましたのは、その娘の潔白を示すため、なのでしょうか?」
「ああ」
「ならば……そちらの娘ならば、見合いについてご検討いただける、ということでしょうか?」
は?
百足屋の言葉に、他の役員たちが「いいですねえ」と次々賛同していく。
私が皇龍清明様と、見合い?
いや、国で上層部が組んだ見合いなんてほぼ婚約と変わらない。
「どういう意味だ」
皇龍清明様は不快さを隠さない。
「言葉通りの意味でございます。これまでも皇龍様の御縁に関し進言してまいりました。夫婦となり皇龍様をお支えする存在を軍として用意することが、我々上層部としても必要になると考えております」
「そんなものはいらない」
「しかし、守るものが傍にいれば、戦いもまた異なるのではないでしょうか?」
「どういうことだ」
「戦いの質が変わる、ということでございまする。妻を設けぬことで戦に負けるなど、あってはならぬこととも思いますが、皇龍様はその限りをゆうに超えた強さをお持ちで。あと足りないものとなれば、やはり妻となりますでしょう」
百足屋によるとんでもねえ理論だ。これ絶対私の前世で誰かが言ったら大炎上するだろう。芸能人が言ってたら何らかの降板レベルだ。管理職のコンプラリストの禁止文言を破竹の勢いで網羅している。スタンプラリーでもする気か?
一方で上層部はそれに賛同している。右隣の伊能局長は顔色が悪かった。この人ファンブックで「繊細」と公式設定で表示されたタイプだから本当に今しんどいだろう。
「……」
そして皇龍清明様は喋らなくなった。
多分、対話する気が失せたのだろう。気持ちは分かる。私もそう。色々対話してて、前提の押し付けが発生すると急速にもう全部どうでもよくなる。
でも多分、皇龍清明様はこの沈黙を是ととられ、お姉様との政略結婚が決まったので喋ってほしい。だって千年桜は恋と咲くでは皇龍清明様の対話拒否でお姉様との結婚が決まったけど、今は私になる。話がややこしくなる。悪役義妹に転生して政略結婚相手にはヒロインがいると拒否していたのに溺愛されちゃいました、なんて物語ではない。虐げられたヒロインであるお姉様が着実に、少しずつ、生きていてもいいのかなと思える、前向きになるのを見守りつつ、ヒーローと呼ぶには難の多い皇龍清明様の独り相撲かつ一人で客席に転がり飛んでくのを見て少し応援したくなる話だ。
「一度、縁談を組むの自体はいいかもしれませんねえ。あやかしの世界に一時行っていたとなれば、変な疑いは向けられる。どうおもう? 伊能ちゃん」
蝦蟇貪が口角を上げた。
「まぁ、確かに、悪評の懸念は守りやすい」
伊能局長が同意すると蝦蟇貪は口角を上げた。
「だよねえ。実際あやかしかもしれないし、皇龍様とご縁結んだのがあやかしでした、結局あやかしを皇龍様に嫁がせましたなんて言えば、我々は皇都のお偉いさんに大目玉くらって全員解散になっちゃうところもありますから? すぐ結婚しろなんて言ってるつもりは、ねえ、ありませんよね? 百足屋さんも」
蝦蟇貪の言葉に、百足屋が、「あ、ああ」と頷く。
今、蝦蟇貪の言葉で流れが変わった……?
「それにほら、枯賀家にはもう一人娘がいたでしょう。いざとなれば、そっちに縁談があったってことにすれば、いいだけですし」
蝦蟇貪は「これで、いいってこと? 伊能ちゃん」と声をかける。
「ああ、はい」
「じゃあほら、皇龍様もお忙しいでしょうし、我々もそちらのあやかしさんのことでねぇ、西への報告があるから、ハハ、いいですよね、百足屋さん」
蝦蟇貪は軽薄な調子で笑う。
会を早く閉じたいのか、煙草を吸いに行きたいのか分からなかった。




