怖い水社一心
水社一心を先頭に男子寮を進んでいく。福野さんの部屋や真原さんの部屋は、上層にあるが水社一心は下層だ。階級が高いほど軍にとって重要であり、すぐ出向く必要があるので、住む高さは反比例するようだ。そのため伊能局長は一階暮らしだ。とはいえ女子寮はそもそも人数が少ないため、二階建てかつ上は物置になっている。
「……」
水社一心は自分の部屋らしき戸のカギを開けた。すかさず酒呑童子がドタドタドタ、と子供のように突入していく。
「俺‼ これつける‼」
酒呑童子の宣言で──おそらくランプシェードが点灯した。
引きちぎるのではないかという心配をよそこに、酒呑童子はソッと吊るし紐をつまんでいた。
「はっはー壊すと思ったな? 俺はかしこい‼ バカじゃねえから力の加減が出来るんだぜ‼」
酒呑童子が馬鹿っぽい宣言をする。
やれやれと思いながら部屋を見渡し──怖くなった。
なにこれ。
独房?
水社一心の部屋は、六畳間の和室だ。押し入れつき。
しかし、生活感がない。賃貸や物件紹介で見る写真のような、趣味の物もなければ飾りもない、シンプルな部屋。仕事しかしないタイプの一人暮らしにせよある程度生活感があるし、それこそ真原さんみたいになるはずだが、整頓が上手いというより「おっす、自分この部屋は瞑想部屋です」と言われたほうがしっくりくる。なにこれ怖い。
「なんだここ、お前の部屋みたいだな」
酒呑童子は私を見た。そんなことは……ある。
水社一心の部屋は私の部屋に似ていた。というかほぼ一緒。物がほぼ無い部屋だ。私物の持ち込みがほぼ無いとも言う。布団だけ敷いて寝るための部屋としか思えない。刑務所じゃん。私はお姉様の為という強い気概があるが、客観的に見るとこんな怖いんだ。独房じゃんこれ。たまたま覗いた部屋がこんな部屋で真ん中に家主立ってたらホラーだよ。怖すぎる。玄関からの構図だけでもうホラー映画になるもん。タイトルひらがなにすれば夏映画としてお出しできる。
私って、傍目に見ると相当危なくないか……?
ずっと無言というのは、正直生きていたら目にしなくはない存在だけど、部屋が独房みたいって不安になる。「ミニマリストなんです」とか、持たない暮らしを実践しているとかならまだしも、そういう人間は人を部屋に招くとき表明する。その前の部屋の行き来の前段階で「実はあんまり家具とかおかないようにしているんだよね」と前座もあるだろう。
でもなんの説明もなくお出しされる、インテリアとか内装で遊べるゲームの初期設定を体現してる人間。怖い。
しかも普段ならここで3、4回水社一心のツッコミが入るのに、喋らないせいで私が延々と一人で喋ってる奴みたいになってる。
みたいじゃなくてみたいなんだよ、とか水社一心は言うが──、
「……」
水社一心は気まずそうにする面々を眺めていた。
心なしか福野さんも考えあぐねている。
怖いよ。怖すぎる。
「水社少尉、あんま物置くの好きやないんですか?」
空気を読み真原さんが水社一心に訊ねた。
「まぁ、軍に務めるので、あんまり、物を置いてもなと。実家も遠くはないですし、趣味もないので」
およよ?
水社一心の趣味はこう見えて案外雅な趣味だ。伝統工芸全般。骨董品の目利きが出来るタイプで、実際和菓子ガチ勢として違いの分かる男としてドヤっていた。
「ほあ、お給料でなんか買われたりせえへんのですか、そこらの局員なんか、次の給料日で机買うやの色々、やってるみたいですけど」
「全部貯金ですね」
「貯金……? なんか買いたいのあるんです?」
真原さんは少し怪訝な顔をした。水社家は金持ちの家である。多分だけど真原さんの頭の中では「金持ちなら働く必要ないのでは?」と、「金持ちの子でも親によってはそこら辺の孤児同然の扱いを受ける」の配慮暗算が高速回転しているのだろう。分かるもん。真原さんを水社一心の目が、「好奇心で色々根ほり葉ほり聞く奴」じゃなくて苦悩する人間の様子をうかがう目つきだから。
「俺は、自分の家建てられるくらいは欲しいというか」
水社一心は少し気さくな顔をした。やっぱり真原さん気を遣ってるんだ。興味本位で色々聞く人間なら水社一心はこの顔にならない。
「給料ってなんだ?」
酒呑童子が首をかしげる。
「金です」
福野さんが即答した。
「金、ああ、人間が大事そうにしてる奴か。あれどうすんだ」
「それを渡すと、欲しいものが手に入るんですよ」
「へー欲しいのってなんだ?」
「食べ物とか、家とか、あと税って言う、それ以外にも国から払ってねっていう、生きてるだけで国からとられるお金があるので、それを払うんです」
「俺払ってねえぞ」
「そうですね。でも軍で働けば幾分免除になるので、払ってない分、軍で働けばいいんじゃないですか。それに、延滞金っていう、後から払うお金が増えるという仕組みもあるので。まぁ、軍にいる間は大丈夫でしょうけど」
「良かったー‼ あぶねえ‼ 俺バッジあるからな‼」
酒呑童子が納税について学んでいる。
なにこの民間鬼。
「そっちは、なんか欲しいの、どうなんです」
真原さんが酒呑童子に問う。
「俺こいつ‼」
酒呑童子は私を指す。
「残念やけど人間売り買いするのは犯罪で駄目なんですわ。それに金に目眩んでついてくるような女ちゃいますし、そんな女に目つけられても、目つけても、いいことなんもあらへんですからねえ」
真原さんがゆっくり首を振る。
「大変だな人間って。金渡してもあやかしになんねえか」
「そうなんですよ。人間って不便なんです」
確かに。人間は不便だ。心の問題とか、色々あるし。
それに……未だなんでか不機嫌な水社一心もまた、難儀だし。




