福野さんの部屋
何故、水社一心は後ろから飛び出てくるのか。
風呂追尾機能も搭載しているわけで。なんでこいつこんな着々と罪を積む。
警戒していれば真原さんが気まずそうに、福野さんは平気そうな顔でこちらを見た。
「どうもどうも、おそろいで、お疲れ様です、枯賀たちも、お疲れ」
真原さんは水社少尉に会釈しつつ、こちらに目を合わせた。真原さんこういう時大変だと思う。水社一心は階級が少尉で私は同局の二等兵。でも水社一心と私は同い年だし、酒呑童子も無視できない。
「どうも」
そして福野さんは全員に一緒。びっくりするくらい、全員一緒。全ての階級を「どうも」で割愛していく。福野さんのこうした態度を「人を区別しない」という人もいるかもしれないけど、福野さんを「人を区別しない」でくくっていいのか不安になる。
「すんませんね。失礼なこと言ってもうて、僕が言うたことです。ほんまに」
真原さんは場を整えようとする。さっき直近で水社ママに触れたのは福野さんだが、確かに話を始めたのは真原さんだ。
「別に、母は、有名らしいので」
水社一心は授業参観で「お前の母ちゃん綺麗」みたいに褒められた時の子供ムーヴを滲ませる。
「今日は、一体、どういう集まりで、管理局で何かあったんですか」
そして水社一心は辺りを見渡す。
「ん?」
真原さんが怪訝な顔をした。
水社一心は真原さんと福野さん、私と酒呑童子という四人組認識だけど、こちら別なんですね。酒呑童子と私がいて、後から水社一心が背後から飛んできたわけです。
そう思って水社一心に振り向くと、水社一心はすんごい不貞腐れた顔で下を見ていた。なんじゃこいつ。
「バッジぶっ壊れてよ、俺の腹くらいの背のあいつに交換してもらった」
酒呑童子はカブトムシを自慢する子供みたいに位置情報取得バッジを見せびらかす。
「へへ。強くなれば、お前らも貰えるんだぜ。へへ、頑張れ」
と酒呑童子は自慢げに付け足すが、どちらかといえば危険を持つ存在の把握が意図なので、難しい。軍が強い奴に与えるものは、階級とか勲章なので。
「おお、それは、なにより」
真原さんは曖昧な笑みで返した。酒呑童子が目をキラキラさせて自慢してるので、心が痛むのかもしれない。
「そういやお前の部屋ってどんななんだ?」
「え?」
「さっき新しいバッジ貰う時、部屋見たんだよ。本ばっかりで、お前らの部屋見たい」
「いいですよ」
福野さんが平然と承諾した。
「え、ええんか福野」
「別に困らないから」
福野さんは相変わらず平気そうな顔で頷く。真原さんは首をひねりながらも、水社一心の顔を見た。
「よ、良ければ水社少尉もどうです?」
「行きます」
え。
こういう時、水社一心は、「いいです」と去っていくイメージだった。お部屋訪問みたいなそういう、わいわいした感じに若干距離を置くというか……。
水社一心を振り返ると、やつは私に冷ややかな目を向けてくる。
なんだその目は。
見返すと、水社一心は「別に」と不貞腐れる。
私は水社一心の意図が把握できないまま、みんなと一緒に福野さんの部屋に向かった。
「ここです」
福野さんは戸を開ける。部屋は真っ暗だった。暗闇としか言えない中を福野さんはスタスタ歩いていき、パチ、と照明をつける。
千年桜は恋と咲くの世界はおおよそ大正と明治の混濁世界観かつ霊力やあやかしの存在で文明の進みが特異的なため、武士っぽい人間がうろうろすることもあれば電気も存在する。ランプシェードを点灯させ、福野さんの部屋の全貌が明らかになったわけだが……。
「……」
真原さんが絶句した。
「おおーこんな感じなんだなー‼」
酒呑童子がどすどすどす、と足音を立て部屋に進んでいく。
福野さんの部屋。
イメージは独房With短足アニマルだった。だって福野さんが使ってる管理局の個別デスクは、よく見ると小さい短足動物の張り子人形が並んでいて、たまに福野さんは一人で話しかけているし、単独で小声の人形劇をしている。真原さんも富山さんもそういう福野さんに対しては関わらないので、私も放っておいているが、部屋でも似たような過ごし方をしているとばかり考えていた。
「なんでこんな、壁の片隅に密集させとんねん」
真原さんがようやく口を開いた。
福野さんの部屋は、イメージ通り短足動物が部屋の隅にいた。
四隅の一部分にだけ密集しており、後は何もない。座敷童の部屋とか、人形供養をしているお寺みたいなインテリアだった。ぬいぐるみが趣味の男性や、女性の部屋とは一線を画している。ネットで推し棚とか、趣味を家族に隠していて一角だけ好きなものを、という状態とは明らかに違う。
なにこれ。
なんでこんな角に「三角形です」とぬいぐるみが積みあがっているんだろう。
何を考えて彼は。
イラストレーター、漫画家、アニメーターといった各制作陣は部屋は人を顕すと言っていたけどこれ何?
福野さんは、何?
「これなんだ?」
酒呑童子は無邪気に人形が積まれた一画を指す。
「ゆずるくんです」
助けて。
だれか助けてほしい。
「こいつゆずるくんって言うのか‼ ほおん」
酒呑童子は動物人形の山を眺めるが、どれが『ゆずるくん』かは分からない。あと多分酒呑童子は『ゆずるくん』で名前認識しているけど、『ゆずる』が名前だ。
「ほかのやつらは」
「みかちゃん」
福野さんが人名を口にする。
福野さん人間のこと成体って言ってたけどなんで動物ぬいぐるみには人間の名前をつけてるの?
真原さんは積まれた人形を見て、「何で積んどるん」と、ぼそっと聞く。
「西日に当てたいんですよ。ダニ汚いから」
福野さんそこは冷静なんだ。福野さんのこの、完全に常軌を逸していない感じが途方もなく怖い時がある。完全に全部おかしければまだ、怖くないけど……思えばミヤシロ様に「狂ってるし正気なところもあって怖い」と私が言われた気がする。私が。こう見えてるのかもしれない。
そして今、福野さんの思考をリアルタイムで水社一心は読んでいるわけで。
どんな気持ちなんだろうと振り向けば、水社一心は相変わらず不満げに私を見ている。いや、私と……酒呑童子か?
水社一心はこちらを見ると、そのまま視線を逸らし無視してきた。




