サイレント大修羅場
ひとまず私は酒呑童子と共に伊能局長の部屋を後にした。
「なんか扉、厳重になってたな、めんどくせえだろうに」
酒呑童子が首をかしげる。伊能局長の扉というか、寮全体の鍵周りが一新された。絶対酒呑童子が扉全開にして回ったからだろう。しかも酒呑童子がその気になれば絶対壊せるので何とも言えない。
「本ばっかだし、揺れたらあいつ潰されんじゃねえのか? この間も、その辺で棚に下敷きにされた老いぼれ雑魚見たけど、ひとりでどかせねえから助かったってワンワン泣いてたぜ、どかせねえ棚なんか置かなきゃいいのになぁ、潰されちまったら死ぬのに、雑魚の考えてることは分かんねえや」
酒呑童子、人間助けてるな。
軍の近隣住民の救助活動を行ってるな。
ヒーローもののややこしい味方枠みたいになってない?
私は酒呑童子に対し、適当に相槌をうつ。
私のいない一か月の間、酒呑童子がこうしてなんでか軍に関わっているというか見過ごされるようになったけど、何があったのかいまいち分からない。喋らないから、詳しく聞けない。
「逆にお前の部屋は何にもないな」
酒呑童子は怪訝な顔をした。
「初めて見るぜ、人間であんな部屋」
確かに私の部屋は何もない。元々鵺の討伐の時に自分の未来を捨てるつもりだったし、持っていくものがそもそもなかった。思えば枯賀から水社家に身を移すときも、私は枯賀家から持ってきたのは下着や服程度、それ以外は何もない。持ってきた服も昏睡状態の間、身体の成長により着れなくなっており、水社家が保管してくれていたけど捨てた。
結果的に私の服は水社家が用意してくれた服のみ。軍に持っていくのもな、と思っていたけどお姉様が冬物を持ってきてくださったので現に今着ている。
ということで無いのだ。私の部屋のインテリアは。千年桜は恋と咲くの枯賀末理はインテリアに執着があった。元はと言えば枯賀末理には若干のプリンセス願望があり部屋を全部クラシカルな、ザ・大正ロマン内装を希望していて、読者には『部屋のセンスはいい』とコメントがついていたし、実際イラストレーター、漫画家、アニメーター等の制作陣は枯賀末理について服装やインテリアで「大暴れモード」ではない時の、一応人間としての感性があるというのを表現したと話をしていた。基本的にもう、お姉様に関わると枯賀末理は「大暴れモード」かつ、漫画のコマでは顔芸しまくりなので。
水社一心と結婚した後、せっせと内装を和風から西洋風に変えてしまったこと、千年桜は恋と咲くにおいて水社夫妻は死んでいることからおそらく形見や思い出の品あたりを全部捨ててしまっていることから、『枯賀末理のインテリア素敵』とは中々言えないけど。
「まぁ多分水社に保護されとんのやったら向こうも大きく出られへんいうか……魔除けに水社夫人横置いとくんが一番ええんやろうけど、下手したら国割られるからな」
「国割られるんですか」
男子寮を出たところで、聞きなれた声が耳に入った。
真原さんと福野さんだ。
真原さんは寝る時用の浴衣──いわゆる寝巻姿で、福野さんは甚兵衛だ。伊能局長も甚兵衛を着ていたけど、伊能局長と柄が一緒、軍の支給品だ。
私は酒呑童子の腕を掴み、足を止めさせた。
「なんだよ」
私は自分の口の傍で人差し指を立て、その後自分の耳の裏に手をあてた。
「あ?」
しかし酒呑童子は通じない。
「いち、みみ……一味? 辛いの食いたいのか?」
違う。駄目だこのままだと辛いもの食べさせられる。嫌だ。
私は酒呑童子を指さし、自分の口を塞いだ。酒呑童子はもう片方の手で自分の口をふさぐ。
そう。よしよし。それです。
「……お? お前、水社夫人のこと知らんのか」
「水社少尉の、お母さん」
そして真原さんと福野さんの会話は続く。
「福野お前、帝都で生まれてんのやろ、何で知らんねん」
「知らないものは知らないんで」
「はぁ……だからお前、この間、お姉さん水社家突撃したんか」
福野さんが水社家に突撃した?
いつ?
「いつ?」
福野さんも疑問を口にした。
福野さんが行ったのでは?
なんで福野さんも「いつ?」って聞いてる?
「枯賀が連れ去られてお姉さん危ない言うてお前勝手に行ったやろ」
「ああ」
福野さんは納得した。私がいない時に福野さんはお姉様が危ないからと水社家に行ったらしい。
じゃあ何?
福野さんはお姉様に関心がある?
「あんな、水社家に突撃なんか許されんの、奇跡やで。昔やったら、不敬で斬り殺されてんねんで」
「昔って言ったって真原さん昔いなくないですか」
「昔に生きとらんでもそうなる分かるくらいすごい家いうことやて。どっちか言うたら皇都寄りなんよあの家」
「真原さん実家皇都にあるじゃないですか」
「せやな。俺の実家は皇都にあるけど、そういうやのうて……こう、あるやん。小説とかで、殿様の遊び相手させてもろてたみたいな、皇族やないけど軽い知り合いみたいなん。ああいう感じやねん。水社は」
「水社少尉からはそんな感じしませんけどね」
福野さんはのんびりと返事をする。真原さんは呆れていた。
「そらもう、水社くんが、上手くやってるからやろ。普通はそんな家に生まれたら、厳しすぎて捻くれるか、甘やかされておかしなるか、親忙しすぎて誰にも頼らへんて苦しなるかやん。知らんけどな」
「はぁ」
「金持ちのぼんぼんで羨ましい思う時もあるけどなぁ、枯賀に対してやいやい言うて苦労してるとこ見てるから、水社くんにも人格がある思うけど」
「黙ってたら人格無いんですか」
福野さんは問う。
真原さんは「まぁまぁまぁまぁ」と、やや素っ気なく返した。
「お前も黙っとるやん基本。枯賀は異能とかで黙っとるみたいやけど、言われな分からんからな。話しても分からんもんもあるけど、黙るんは拒絶か黙りたいんか区別できひんし、実際無視して拒絶しよるやつもおるしな」
「そんな人いるんですね」
「おん。喋らん、意見も言わんのやからお前んこと嫌っとるでって奴もおるわ。人に嫌って言うのは苦手やて」
「はぁ」
「っていうかお前やて最初枯賀のこと避けてたやろ」
「だってどう考えても男ばっかりの職場嫌でしょ。女は」
「お前最初、僕らにも話せんかったやんけ」
真原さんは福野さんを冷ややかに見る。
「はい」
福野さんは一切動じず頷いた。
「なんでや」
「喋ることなかったんで」
「お前そん時、新人なんやからなんか言うやろ」
「その前に真原さん全部喋るじゃないですか」
「聞きづらいやろ思うて」
「そうしたら喋らず済むじゃないですか。そもそも、」
「まぁ、せやな」
真原さんは納得した。福野さんは「ところで」と、話を変える。
「さっきの枯賀の魔除けに水社夫人がなるみたいな話は──」
そう福野さんが言いかけたその時、
「おうド根性雑魚‼」
酒呑童子が機嫌良さそうに声を発する。福野さんと真原さんがこっちを見た。
酒呑童子は、私の後方に声をかけている。
「どうも」
水社一心だった。




