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男子寮訪問

 郷田は伊能局長の手前、嘘を教えることはしないのか、仕事に関わらないところで他者を馬鹿にする性格なのか、普通に伊能局長の元まで私たちを案内した。郷田は酒呑童子に対してあんまり反応してないというか視界に入れてないし、酒呑童子も郷田が眼中にないのでイマイチ関係性が掴めない。そもそも周囲の話の流れ的に軍は酒呑童子と共同戦線を組んでいるようだが、温度感が分からない。郷田とは既知なのか? あやかし世界に行っていた間のことは、発声的な意味でも聞けないので分かりづらい。


 しゃべる……。


 捨て身はしないにせよ暗天妖王を倒すためには温存しておきたい。皇龍清明様とお姉様のために喋ることは……お姉様の覚醒に関わっているから、踏ん切りがつかない。


 野狐禅がああまでしたのはお姉様を覚醒させないまま、暗天妖王の存在を軍に知らせるための可能性もある。正直、効率的に最短で喋って会わせるよりも、どうにか皇龍清明様とだけ協力し滅ぼしてから、二人の運命を見届けたい。


 その間に、お姉様を好きになる皇龍清明様のライバルたちの登場がある。


 千年桜は恋と咲くにおいて、皇龍清明様とお姉様はガッツリ結婚するわけだが、皇龍清明様がお姉様の記憶が戻らないことを理由に祝言を遅らせ続けるし、なおかつ、お金は渡すし住まいの環境を整えるけど、好きとか愛してるとか恋愛的コミュニケーションを一切行わないどころか、距離を取る。


 皇龍清明様は国から見合いを薦められ続けた過去を持つので、お姉様に対して存在を認識しないタイプのモラルハラスメントに誤解される振る舞いになる。


 皇龍清明様が望まない結婚をしているように見えるのだ。


 皇龍清明様の実力を知る人間は「奥さんも皇龍清明様の戦闘力は怖いだろうし、理解できないだろうし、結婚を強いられて可哀そう」と思われる。


 なおかつ国の中枢に関わる人物であればあるほど、皇龍清明様が祝言を上げてないことを重く受け止める。皇龍清明様は結婚に乗り気ではなく国の顔を立てるためにしばらく娘を傍に置いているだけ。過去に皇龍清明様の傍にいた娘なんて、光栄通り越して近寄りがたい、嫁入りに苦労する……と、本来ならば「人妻に近づくなんて」「結婚しているのに男を近づけるなんて」と、真っ当な疑問を抱く層の理解が集まる異常事態が発生するのだ。


 皇龍清明様はただただ、記憶を取り戻してないし身分差のある相手に迫りたくないし、何より「自分なんて」の自己卑下ルーティーンで反復横跳びしている。三百年前、お姉様に手を繋ぐことができず、お姉様が手を繋ごうとしてくれたのを、突然でびっくりして振り払ってしまったことを悔い、三百年己と向き合い続けた。暗天妖王とは正反対の存在だというのに。レビューではベクトルが真逆なだけで暗天妖王と皇龍清明様は変わらないと書かれていた。


 そういう絶妙なお姉様と皇龍清明様の関係の中で、誰にも迷惑をかけないよう、お姉様の気持ちを察してその恋心を隠しながらもお姉様だけ特別扱いする、完全な当て馬にならないまでもお姉様を好き、というキャラがいる。


 そう、伊能局長である。


「……これは」


 甚兵衛姿の伊能局長が、酒呑童子の破壊したバッジを見つめる。


 案内されたのは伊能局長の私室だった。郷田は案内するなり立ち去ったので、私と酒呑童子と伊能局長の三人だ。


 軍の寮は、男子寮のみ階級ごと分けられている。理由は男子のほうが圧倒的に多いから。一等兵と二等兵は五人で相部屋、それ以上は個室だが「独房」とあだ名をつけられるくらい狭い。昇進して押し入れに住むか、共同生活で広い部屋を望むかという陰キャと陽キャのふるい分けが行われている。


 そして局長クラスになれば基本的に寮で暮らすのではなくよそに家があるのが一般的だが、伊能局長は寮で暮らしている。千年桜は恋と咲くではあんまり描写されていなかったけど、暗い過去があり家族とは全員縁を切っているらしい。


 そんな伊能局長は、個室に暮らしており、その室内は文机と本棚と積み本だらけの文豪の部屋みたいだった。


「悪いな。壊れた」


 酒呑童子はきちんと詫びている。


「何故」


「ガキが踏んだ」


「確かに精密機械ですからね……耐久性より性能を重視しているので……霊力や異能による攻撃には耐性がありますが、子供の無垢な踏み壊しには無力……」


 すうー、と伊能局長は息を吐く。


「あんまり壊さないでほしいんですけど、一応、予備があるので」


 伊能局長はそそくさと文机の引き出しに手をかけた。


 酒呑童子の位置情報取得バッジは、一体、誰が作っているのだろう。伊能局長が作った可能性もあるが、よく分からない。手先が器用なキャラじゃなかったし。


「でも何で子供に踏まれたんですか」


「普通に遊んでたら乗っかって来た」


「どういう話の流れで子供と遊ぶんですか」


「港に散歩してるガキいただろ、あいつら、港直してる時もわちゃわちゃやってくるんだよ。普通に構ってたらやられた」


「やり返さないんですか」


「雑魚にやり返してどうすんだよ。しかもガキ相手に。お前頭おかしいんじゃねえか」


 酒呑童子は本気で怪訝な顔をした。


「すみません。あやかしは子供を食らうものなので、つい疑いが……どうぞ」


 伊能局長は酒呑童子に軽く詫びながら位置情報取得バッジを渡した。


「そういうのは処刑したほうがいいような雑魚だろ。俺と一緒にすんじゃねえ」


 酒呑童子は「ありがとな」と付け足しバッジを受け取る。


 位置情報取得されるものだが、自ら進んでつけている。


「っていうかなんだこの部屋、本ばっかりだな」


 酒呑童子は伊能局長の部屋を見渡した。


「普通に暮日村の一件もあるので」


 伊能局長はぼそっと返す。


 暮日村。


 そういえば酒呑童子や水社一心たちはどうやってあやかしの世界にやってきたのだろう。


 千年桜は恋と咲くで、あやかしと繋がるゲートみたいなものは無かったはずだ。全部暗天妖王が勝手に連れ去ってくるシステムで、三妖士は自由に出入りしていたけど、酒呑童子は野狐禅により出禁されてたわけだし……。


 自力でやって来たならば、どうやって?


 管理局の面々は、どうやってあやかし世界にやってきたか言ってない。


 私が聞いてないから。


 私が、喋っていないから。


 いったい、どうやって来たんだろう。



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― 新着の感想 ―
郷田氏ちゃんと送ってくれたんか、さんきゅー!郷田氏と酒呑童子氏の関係性どう…?? 暗天妖王戦に備えて温存しておきたいもんね!野狐禅さん本当に感謝しかない…。 皇龍清明様ややこし〜!!www伝えてあげて…
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