不穏な刀
お風呂から出た後、私は刀を眺めていた。
この刀、本当になんなんだろう。今までの流れとしては武術大会への参加もあるしで伊能局長に刀を預け調査中に野狐禅の襲撃に遭い一緒にあやかし世界に向かったあと、とりあえず持っていて構わないとのことで帯刀許可が下りた。
伊能局長は局長クラス。私は末端の二等兵なので当然といえば当然、調査結果を知りえることはなかったが、よく分からない。一見普通の刀だ。赤褐色の鞘に、持ち手──柄の部分は赤い。
何の気なしに鞘から引き抜き月明りに照らしてみて──気付いた。
刃の一部が、黒ずんでいる。血がにじんで時間が経ったみたいな色だ。
錆かと思い触れてみると、熱を持っていた。
この刀、どんどん怖さが増してくる。水社一心と一緒じゃん。怖い。
首をかしげていると、ふいに月が消えた。怪奇現象まで起こし始めた刀に唖然としていれば、嫌な予感と共に……、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお避けろおおおおおおおおおおおおおおおおお」
酒呑童子の断末魔が響く。
空から酒呑童子が降って来た。激しい衝撃に見舞われながらも、酒呑童子が馬鹿なサンタクロースみたいに窓から突っ込んできて私の上に着地していた。しかも馬乗り。少女漫画のワンシーンみたいな押し倒し場面だ。お姉様がされているのを沢山見た。お姉様はふいに転びふいに躓き、お姉様を助けようとする男性陣営は、皇龍清明様を筆頭にお姉様のそばにいるだけ踏ん張りパワーが0になる。皇龍清明様はお姉様を命の危機以外でお姉様の腕を強くひかないと己に楔を立てた生き方をしている一方、百戦錬磨のチートイケメンと呼ばれる人々がお姉様を助けようとすると勢い余って押し倒してしまうというのは中々難儀である。
「あぶねええええ窓ガラスでお前をズタズタにしちまうところだった。窓なくてよかった」
私に馬乗りになっている酒呑童子が叫ぶ。良くはない。私の窓は酒呑童子が朝に稽古をつけていた間に酒呑童子により割られており、基本的に木製の雨戸でやりくりしていた。要するにガラスのないほぼ枠の窓を採用するか、一筋の光も差さぬ雨戸を採用するかの二択。酒呑童子と関わってから私の部屋に朝日が差し込む日常は消えたし、修理も野狐禅の一件でなあなあになっており、申請中だが港の復旧により資材も大工も手一杯。最悪私はこれで冬を越す。
「お前なーんでこんな夜更けに刀ちらつかせて遊んでんだよ。あぶねえぞ。戦いでもねえのに、おら立て、おら」
酒呑童子は私をサッと立たせた。私はヒロインではないので、ドキ……みたいな場面にはならない。
というか酒呑童子は位置情報を軍に特定されているわけで。
酒呑童子が軍に入ってる経緯およびどういう話の流れで軍に加わっているかの全部を、私は知らない。千年桜は恋と咲くにおいてあやかしとの共同戦線なんてほぼない。レギュラーポジションめいた立ち位置ならなおさらだ。どちらかといえば単発エピソードの中に、あやかしになってしまった人間、いわば元人間のあやかしがお姉様に協力し最後は滅ぼされ感動するものが一部含まれているにすぎず、軍にバッジ貰って呼び出しに応じるような仕組みなんてない。
軍の温度感が分からない。前例がないので酒呑童子に力を借りる気満々の線は薄い。皇龍清明様がふらりと現われふらりと消える流浪の民なので、一応戦力が欲しい……とかだろうか。完全な信用はない気もする。
「丁度よかった。ガキが間違えて壊しちまってさ、直してもらいたくてよ。悪いな」
バッジ。
壊れたんだ。
酒呑童子は私に手のひらを見せた。バッジが壊れている。ちゃんと踏み壊したのが分かる状態だった。このバッジは軍が酒呑童子に渡したもので、位置情報と呼び出し機能がついているわけだが、私はこんな発明を知らない。
多くの軍が在籍しているにも関わらず管理局が3人しかいないのは、ただの刀、ただの装具は外部の職人に委託しているからだ。つまり霊力が無くても治せる部分は外部で、軍事機密情報が含まれるような部分の修理は管理局の管轄となる。折り紙の鶴で例えるならば、半分に折り続けるまでの序盤は近隣の鍛冶職人に頼み、その後の複雑な工程がこちら持ちだ。
要するに全局に関わる軍事機密を知ることが出来なくもないが、そのうえで私はこの仕組みが分からないし、何より……酒呑童子もほかの局員も私も「これは位置情報機能と呼び出し機能がついているもの」と認識しているが、これを開発した第三者がいるわけで。
その第三者は軍の中枢にいるわけで。
私たちが分からないだけで何かしているわけで。
こういう時はもう、一択だ。
伊能局長を巻き込む。
男子寮に行くしかない。
酒呑童子と共に男子寮に向かい、水社一心来いと祈っていれば最悪が起きた。
「女が男子寮に来てんじゃねえよ気持ち悪いな」
郷田が突っかかって来た。案の定、郷田と同じように角材で襲撃した郷田の取り巻きもいる。風呂上がりらしい。わざわざ群れて風呂に入るとは、なんて言いたいところだが今回の郷田の言い分は真っ当だった。だって男が女子寮に来てたら同じこと言うから。というか酒呑童子、女子寮に飛んできてるのやっぱり問題だと思う。
そして、それはそれとして郷田を殺せば騒ぎを聞きつけて水社一心が飛んできそうなのでもう一回ぶん殴ってやろうかな。水社一心は許した感を出し郷田に関してなあなあになっているけれど、私微塵も郷田を許してないし、水社一心はお前が許す許さないの問題じゃないだろというけれど、私は郷田が気に入らない。もう、根拠とかいい。気分で嫌い。
私は酒呑童子を指し、伊能局長の身長をジェスチャーで示した。さらに酒呑童子の心臓を取り、割る仕草を行う。
「お前……俺を小さくして、自分の心臓に入れて、ミカンを半分こ? 何だお前」
私のジェスチャーを眺めていた酒呑童子が愕然とした。ジェスチャーの解釈が猟奇的過ぎる。「意味わかんねえ」で諦めてほしかったが、なんとか理解しようと悪戦苦闘してくれたのだろう。通じてないけど。
郷田にも通じないだろうが、これで郷田が「意味わかんねえ何しに来たんだよ」とでも言えば、酒呑童子が喋り出す算段だ。はなから伝える気はない。
「壊れたってことか。壊したんじゃないだろうな」
郷田が嫌そうな顔をした。
通じてる?
「お前伊能局長のことなんだと思ってんだ。いいか、お前は伊能局長が尊敬している富山局長の下についてるだけでお前は微塵も偉くない末端の二等兵なんだからな。弁えろよ。調子乗ってんじゃねえぞ枯賀の御嬢様がよ」
通じちゃった。最悪だ。郷田と思考回路が一緒なのかもしれない。終わりだもう。




