にょきにょき水社一心
酒呑童子が軍を出た理由は、港の復旧と熊退治である。
最近は、蜂の駆除もしているらしいけど。
酒呑童子はバトルジャンキーことバトルジャン鬼だが、あやかしとの戦闘中に皇龍清明様と戦おうとするのは可でも、港の復旧と熊退治を放置するのは不可らしい。そもそも港の桟橋で皇龍清明様が現れても「戦おうぜ!」にならなかったので、ある程度の情操はあるのだろう。
伊能局長は「市民交流の実績を積ませておくのは、上層的にもありかもしれませんね」と、一応酒呑童子に「軍で強い人間がつけるバッジ」と称し位置情報特定と呼び出し機能がついたバッジをつけさせている。
それは、暗天妖王の同行を探ることにも有効だ。
酒呑童子いわく、あやかし世界に入れなくなったらしい。「また」と言っていたが、周囲の話から推察するに、酒呑童子は私が野狐禅に連れ去られている間、あやかし世界を出禁にされていたそうだ。伊能局長が言うには野狐禅が出禁にした可能性が高く、今度は暗天妖王が酒呑童子を出禁にしたのだろう。どう考えても酒呑童子の振る舞いは暗天妖王にとっては裏切者枠。今までも酒呑童子は雑魚あやかしを討伐していたようだが、暗天妖王的には弱肉強食、弱きものは屠られよという選別と認識していた為、おそらく見過ごされていた。
しかし野狐禅の消滅の時、酒呑童子は暗天妖王の口ぶりに本気で怒っていたので、暗天妖王は酒呑童子の殺意を察して出禁にしたのだろう。
とはいえ。
現状酒呑童子より強いあやかしサイドの存在が、暗天妖王しかいない。
暗天妖王は三百年前のお姉様による脅威自動検知除去レーダーから脅威判定を受け追い出しを食らうので、お姉様の覚醒が進むこと、お姉様の覚醒が進むことで脅威自動検知レーダーが緩むこと、脅威自動検知レーダーが緩みお姉様の存在を認識した暗天妖王が独自研究の果て元の力を取り戻すこと、この三つが揃わないと暗天妖王はこの世界に来られない。
結果的に、暗天妖王にはこの世界に干渉できる上位の人型あやかしが必要になるが、その人型あやかしこと三妖士は、全滅状態だ。
猫又は真原さんに頭を潰され討伐。
野狐禅は彼女の計画があったとはいえ暗天妖王が自分で始末したも同然。
酒呑童子は野狐禅への物言いで機嫌を損ねそっぽ向かれる。
暗天妖王にとっては「酒呑童子と戦おうにも駒がない」という最悪の因果応報が発生していた。
そもそも物語の中で人型あやかしは他にも登場するが、酒呑童子のような戦闘特化型は酒呑童子オンリーだった。理由は暗天妖王の胸中としては酒呑童子を越える戦闘特化型あやかしが生み出せなかったし、失敗作作り続けて日に日に自尊心が削られることに耐えられなかったから。
物語の都合としてはキャラ被りだろう。少年漫画ならまだしも、
野狐禅は、ここまで計算していたのかもしれない。
暗天妖王の性格からして、酒呑童子と合わない。
喋れば喋るほど相性の悪さが露呈する。今まで何事もなかったのは酒呑童子が同じ場所でじっとしていられない衝動過多の傾向があり、じっくり対話する時間がそもそもなかったことが作用していた。
ゆえに──軍では酒呑童子の居場所を把握できるようにしてあり、戦いの勉強と称して酒呑童子には監視がついている。
本人は「勉強熱心だな! いいぜ!」と無垢な反応を示し、伊能局長が複雑そうだった。
そんな酒呑童子はといえば、港の復旧と熊退治をしているようだが、それに加え蜂の駆除も行っているらしい。酒呑童子のあやかしを引き寄せる体質というかあり方も、裏切者判定を酒呑童子が受けたことで、あやかし的には「え、あいつが討伐対象? 無理無理殺されるって」と思ってるのか、あやかしが来ないらしい。
酒呑童子は戦神、悪鬼と呼ばれていたけれど、生活密着鬼では。
そんなことを考えながら業務を進め、一日が終わり、風呂の時間になった。
「なんだ」
案の定だった。
後ろから水社一心。
軍の敷地には男子寮と女子寮と建物が分かれているわけだが、風呂場は銭湯みたいになっており、男子寮と女子寮の渡り廊下と繋がっている。そこから風呂のある施設に入っても男湯や女湯までの道のりが長いわけだが、いっつもいる。
しかもこの時代、女は男の三歩後ろを歩けの時代だ。管理局の面々からはそういう意識が薄いというか、娘のいる富山局長、女姉妹複雑家系の真原さん、自然派由来の福野さんという三者三様の異例が集まっているにすぎず、郷田はちゃんと私に対しては「女ごとき」みたいな視線を送ってくるが、この世界の普通は「女は男の三歩後ろを歩け」の時代なのだ。しかも物語だと水社一心は
「女は男の三歩後ろを歩け」を地で行くし、実際言う。俺が守るという言葉を小説の水社一心視点の地の文で言うが、価値観としての男尊女卑はある。
「お前の前を歩いていたらお前がどっか行っても分からないだろ」
水社一心はもっともらしく反論してくる。
お前は聞こえてるだろうが。心の声が。背中に目ついてるのと一緒だろ。
「お前なぁ……もう少し、俺の能力について思う所はないのか」
なに?
敬えって話?
「そういう意味じゃなく、やり辛さみたいな、思う所があるだろう普通は」
鵺の時はやり辛くて仕方なかった。
そもそも、今年の冬にこいつは鵺に食い殺されるはずだったが、野狐禅のアシストで鵺は弱っていたし、いわくつきの刀でどうにかできた。 本来ならば私の異能で諸共吹き飛ばすつもりだったけど、野狐禅は……消滅前の口ぶりからして、皇龍清明様すら呼び込むことに成功していたようだし。
「生きてるぞ」
水社一心は足を止めた。
知ってます。
「なんか喋ったか、お姉様に、声……聞いたことないみたいな」
みたいな、で留まっているということは、心の声を聴いたのだろう。そしてお姉様は水社一心に、妹の声を聞いたことがないと話をしていない。話をしてたって軽く嘘つけばいいのに。軽い嘘でも自分はつかない、というのが水社一心の倫理なんだろう。律儀なことだ。元モラハラクソ野郎のくせに。
「話をそらすな。お前の悪い癖だぞ。都合の悪い時、話を逸らす」
暗天妖王のことがあるから、まだ温存はしておく。
「お前、枯賀の家にいたころは喋らなかったのか」
前世を思い出したときから喋ってない。
「ならそれまでは普通に話をしていたのか」
はい。
でも、そもそも無口だった。思い出す記憶全て、生まれたときから、枯賀末理ではなく私の意識が強かった気がする。お姉様が関与する以前に父親、正妻気取り、女中と死ぬほど性格が合わなかったし、家の中に喋る人間がいなかった。令嬢ならこれやっとけみたいなやっつけ習い事も、向こうは「教えよう」ではなく枯賀に失礼がないよう過剰に気を遣うか取り入ろうとしてくるかの二択。
よろしくお願いいたします。
はい。
ありがとうございます。
会話はこれくらい。
「十年以上、そんな」
水社一心は顔を険しくした。
別に私みたいな人間はいっぱいいるし、そもそもお姉様みたいに罵詈雑言が日常茶飯事みたいな目に遭っている人間もいる。
「関係がない」
は?
「お前の傷が他人の傷より軽かったとしても、お前が傷ついた事実無くなるわけじゃないだろ」
いや……。
「じゃあお前は一回刺された人間に、二度刺された人間のほうが痛いって言って回るのか」
なんでお前はいっつもそんな極端な例ばっかり出すんだ。
極端だとしてもだ。
っていうかお前だってミヤシロ様と母親の色々があっただろ。そういうところの描写が原作にはなかったけど、小説でも漫画でもお前が「俺は一人だった……」ってうじうじしてたの見てんだぞ。水社家に仕えてるお爺を透明化して。透明化お爺。失礼すぎる。
「その俺は知らないが……まぁ、視野が狭かったんだろうな」
今は広いみたいな言い方する。
「少なくともお前の言う物語の俺よりは広いだろう」
確かに。
ごもっともすぎて二の句が言えない。
「お前、野狐禅に、異能に目をつけられたんじゃないかって話になってた。軍では」
ぼそっと水社一心が呟く。
「お前の異能が、変化して、輝宮寺啓介を蘇らせることが出来るから、野狐禅は連れ去ったんじゃないかって。多分管理局の人たちは、お前に気を遣って言わないだろうから、俺から言っておくけど……」
千年桜は恋と咲くのシナリオを知った野狐禅は、輝宮寺啓介を蘇らせたいというフリで私を攫った。全ては暗天妖王の目を欺き、自らの計画を完遂させるためだ。
野狐禅はおそらく、暗天妖王、軍、そして私や酒呑童子の三陣営すべての目を欺いたわけだが、それぞれに適切なシナリオもおそらくばら撒き、与える情報を操作することで勝手に補完もさせている。軍からすれば千年桜は恋と咲くのシナリオの情報を与えられていない。
シナリオを知っていれば、千年桜は恋と咲くの中にヒントがあるから攫ったと考える。
シナリオを知らなければ、野狐禅が輝宮寺啓介を生き返らせるために私を攫う理由を新たに探す。
霊力はない。
ならば異能に目をつけたと考えるのが自然だ。
私の異能は焼却だが──富山局長のように異能が変化するパターンもある。野狐禅が目をつけたのならば、蘇りに関する異能に目覚める可能性があるのではと軍は逆算して考える……?
水社一心の顔を横目に見れば、より顔が険しくなっていた。あたりだ。
悪いけどないです。
黄泉がえりの異能なんかない。
野狐禅の心を読んだ水社一心なら分かるだろうが、枯賀末理が蘇りの異能を持っていたら、もう少し、野狐禅の心は乱れていただろう。三陣営を化かして目的完遂なんて超人的な真似は出来ない。そして蘇りの術なんてないことは、皇龍清明様が説明できる。
「異能が変わるって、お前の頭の中の話では、あったのか」
そこそこだ。
基本的にサブシナリオというか本軸ではない。理由は皇龍清明様には異能がないし、お姉様も異能三つ持ち、それも最上級の能力なので、どちらかといえばシナリオ盛り上げ要因とか、殺人事件において、犯人が変な行動して証拠を残した理由が、異能が途中で変わったから……という、素材としてだ。
「じゃあお前の異能が変わるってことは」
ない。設定にも書かれてないというか、枯賀末理は小説1巻であやかしに食い殺されて死ぬので、異能について詳しく描写されるような、後のほうの巻数ではもう過去の人となっている。
「なら、お前はいつ話すんだ」
暗天妖王を殺すとき。
「死なば諸共でか?」
いや。
皇龍清明様も加わってきそうだし、何よりお前が煩そうなのと色々、悲しむ人間がいなくもなくもなくもなくもなく……なので、普通に、鵺の討伐みたいにするつもりですけど。
言い返せば、水社一心はこちらを疑ってるのかホッとしてるのかよく分からない顔で見てきた。すごい嫌。こいつがこういう顔で見てくるからインナーチャイルドならぬインナー水社一心が爆誕する。最悪。
「なんだインナー水社一心って」
あやかしの世界にいたころとか、お前の言葉を思い出す機会が激増したんです。最悪だったんです。お前がわんわん煩いせいで。
「ふ」
水社一心は大人ぶった笑みを浮かべた。思えばこいつよく見ない間に少し背が伸びた気がする。にょきにょき水社一心じゃん。
「なんとでも言え」
今度は余裕ぶった笑みで返してきたので、私は睨み返した。




