【九章完】おかえりなさい
私は水社家に向かった。
これから、福野さんの指摘の通り、おそらく屯所で私には調べが入り、お姉様に手紙を書くなんて出来なくなるだろうから、良かった。
鵺を殺すために、声を封じていた。元々枯賀家に火をつける前に黙っていたのは、念には念を入れてという漠然とした理由だ。枯賀末理は戦える能力を持っていたのに、能力の無駄撃ちで死んだから。枯賀家に火をつけようとして水社一心と出会ってからは、鵺を倒すために──声を封じていた。出会ってすぐは私には霊力があったが、その時もまだ、念のためという気持ちが強かった。
それが、ミヤシロ様に霊力を捧げ変わった。ミヤシロ様のせいでも水社家のせいでもなく、使える手段が絞られたにすぎない。
お姉様の幸せを守るためならば。
水社一心の命を繋ぐためならば。
死んで良かった。
道半ばだろうが関係ない。
お姉様を守る存在は沢山いる。
私である必要が無い。
私では敵わない。
皇龍清明様がいる。
そう思っていた。
でも、色々変わった。死ぬのが怖くなった。今までの死んでもいいという在り方にも恐れを抱くようになった。不安が増えた。
──不思議ね。物語の世界の私は、あの人に惹かれていたのに、その感情が、私にあるのか、まだ分からないの。輝宮寺啓介に、それを向けていたのかも分からないの。あの人が私のなんだったのか、まだよく分からない。人間でいう恋心なのかもしれないけれど、もっと別の名前かもしれない。それを、教えてもらう前に、会えなくなってしまったから。
野狐禅は答えを探していた。
あの感情の答えは野狐禅と輝宮寺が対話の上で出せるものであって、それは、長い時間を経て探すものだったのかもしれない。彼女は、自らを犠牲にして人の為に動いた。
以前水社一心に問われた言葉が巡る。
自死を望む人間に対して、どうやって止めるか。
どうやったら野狐禅の犠牲無しにいられたか、私はずっと考え続けるのだろう。
──彼岸の果てで──一目でも、会えるかしら、きっとあの人は、天国に行く……はずよね? 私は、そこには行けないけれど──。
野狐禅は、寂しそうにそう言っていた。輝宮寺に会いたかった、輝宮寺のいないこの世界への絶望も、あったのだろうか。
分からない。
──貴女は来なくていいから。貴女は、ちゃんと生きて。命を賭けることはもう私がやった。この世界が、筋書きを基にしてできているのなら、同じ展開はつまらない。だからやめて? いっぱい楽しんで、暗い顔をしないで、私を楽しませて。病気にかかっても、自棄にならずちゃんと生きて、貴女は大丈夫、地獄で──貴女を見てる。
でも、野狐禅は望まないだろう。こちらがどんな考えをするか、完全に想定していたかのような言葉だった。
水社家に到着すると、お姉様はこちらに背を向け、水社家の社で掃き掃除をしていた。
秋風が吹いて、お姉様は自らの髪を押さえる。同時に私に気付いた。
「末理さんっ」
カランと、箒が石畳に落ちる。お姉様は箒に構わずこちらにかけ出した。
私は手を広げ、こちらに飛び込んでくるお姉様を受け止める。
「末理さん……ぶ、無事で……お、おかえりなさい……おかえりなさい‼」
お姉様はおかえりなさいを繰り返す。
私は心の中で、ただいま、お姉様と返事をした。
その様子を、私の後ろで水社一心や管理局の面々が眺めていた
屯所に戻ると、当然──お祓いを受けた。あやかしを相手にした後はお祓いを受けるのが決まりだ。お祓いの仕方は白い部屋に連れていかれて寝かされ、宮司に神楽鈴でシャンシャンされるが、基本戦闘後の軍人は怪我をしているので、負傷者を手当てする救護局員たちが治療しながらのシャンシャンだ。
私はしばらくの間あやかしの世界にいたので、長い間、お祓い部屋から出られないだろうなと思っていたが、酒呑童子も祓われることになり、最長記録を更新しているらしい。用がない中でじっとしていられないタイプなので、下手したらもう二度とシャンシャン部屋から出られないかもしれない。
「シャンシャンうるせええええええええこんな中でじっとしてろってなんだよ俺は‼ あああああ‼」
防音処理されているらしい部屋から酒呑童子の声が響く。酒呑童子しれっと軍にいたけど何なんだろう。私があやかしの世界にいた間、何が起きたか分からない。郷田が水社一心に何かしてなきゃいいけど。
「別に俺はなにもされてない」
真横に水社一心が立った。
ちょっと痩せたし背が伸びたように見える。
こいつは胃腸がメンタルに直撃するタイプなので、見ないふりをした。
「お前のせいだ。一か月もいなくなって」
じゃあ今日から、お食事して頂いて。
水社一心はため息で返してきた。私を睨みつけているのか見ているのか分からない横目の視線に、居心地が悪い。
「お前も精神的なあれこれが食に来るだろ、野狐禅のこともあるし」
ぼそっと水社一心が呟く。
そこは否定できない。悩んでいると食べる気がしなくなる。
私の帰還は野狐禅の行動あってのことだ。元々野狐禅があやかしの世界に連れてきたという経緯はあるけど。
「あやかしなら人間と違う。お前が生きてれば、どうにかできるかもしれない」
水社一心は言うが、死んだ人間は生き返れない、輝宮寺が蘇生を望まない中で野狐禅が復活を望むだろうか。
「あやかしが復活できる手立てを見つけたら、聞いてみればいい。本人に。それに、支配で港を傷つけた。仕返しするかどうかだけ、考えを聞くのもいいかもしれない。だから、お前が代わりに死んでおくとか、やりようがあったとか悩むべきじゃない」
水社一心は畳みかけるように言う。そして、静かに呟いた。
「帰ってきて、良かった」
帰ってこないとお前煩いだろ。
「帰ってこないとうるさくも出来ないだろ」
水社一心が即答した。
確かにそうだ。こいつはどっちかって言えば内向的な性格をしており、ギャアギャアいうのは私だけだ。それにより異質さが増しており、水社一心の嫁の取れなさが増していた。
「なんだ嫁の取れなさって」
妹みたいなもんだから、全然大丈夫気にすんな‼
幼馴染だから、家族みたいなもんだから!
などと称し婚約者や交際相手の気持ちを汲まず自分は悪いことしてないですよね承認を求めるあほに片足つけてるだろお前は。
「お前は妹でも幼馴染でもないだろ、俺に妹なんていない。妹がいるのはお前の姉だ」
そうですね。そうだ。そうだ。水社一心は話が通じない。そもそも水社一心はそういうタイプじゃなかった。
でも、幼馴染ではあるだろ。
「いや」
水社一心は拒否してきた。
「保護観察してる」
絶妙に言い返せないライン狙ってきやがって。
「お前は、何をするか分からないから」
水社一心は試すようにこちらを見てきた。
この身がどうなろうと。
以前はそう思っていた。
でも、今は違う。
あやかしの祖を殺す。
必ず。
この手で。
お姉様の幸せを完全に確定させるまでは生きている。人任せにはしない。
あやかしの祖を滅ぼして、私はこの世界で生きていく。
「その後は」
お前のやりたいことに付き合ってやるよ。
「言ったな」
水社一心は不敵に笑う。
私は水社一心の顔を見つめた後、前を見据えた。
第九章完結になります。




