後ろから水社一心
「待ってろって言っただろ、来るのは当たり前だ」
水社一心と目が合った。
言ってたからわざわざ待ってたんだろ。全部一言で終わらせて千年桜は恋と咲く完結に持っていったって良かったんだからなこっちは。それをがちゃがちゃがちゃがちゃお前がわんわん煩いせいでずーっと一人でいるのにうるさくて。
「良かった」
水社一心は笑ってなかった。安堵は滲んでいたが、少しまだ信じられてないみたいな顔だった。
お前がうるさかったからだよ。
私は心の中で繰り返す。
っていうかお前は待ってろって言っておいてあやかしになるとか宣言してないだろうな。
私は水社一心を睨む。水社一心が「それは」と言い訳がましい声を発した次の瞬間、
「よそ見する暇なんてあるのかしら」
野狐禅がせせら笑う。霊力の塊がこちらに飛んでくるが、水社一心が手をかざした。
ドッと私と水社一心の背後から何十本もの蜘蛛の糸のような水流が現れ、霊力の塊を霧散させる。
怖。
悪役がするやつじゃん。
「お前もよそ見して雑魚狙ってんじゃねええええええええええええええええええええええええ」
そして水流の下、地面から打ちあがるかのように酒呑童子が飛んできた。打ち上げ酒呑童子。
酒呑童子は棍棒で野狐禅を狙う。大きく振りかぶりすぎているためか野狐禅は簡単に翻す。
「本当に貴方は──いつもいつも、当てやすい、いい位置を取るわね」
野狐禅は酒呑童子に霊力の波動を放つ。酒呑童子は「やってやろうじゃねえか‼」と躱すが、酒呑童子が躱すと野狐禅の霊力の波動が全部こっちに来る最悪仕様だ。
ほかの軍人たちに当たってしまう──と懸念しながら気付いた。
野狐禅は酒呑童子を狙っている。
酒呑童子を誘導して野狐禅の攻撃を、全弾鵺に当てられないか?
思いついてすぐ、私の心を読んでいた水社一心が叫んだ。
「酒呑童子‼ 右だッ」
「戦いの最中に雑魚が俺に口出すなアアアアアアアアアアアアアアアアしかもお前俺のこと庇った雑魚じゃねえかアアアアアアアアアお前の言うことは二度と聞かねええええぐえええええええええええっ」
酒呑童子は左に動き、野狐禅の霊力が直撃した。
「バカなの?」
野狐禅が目をすがめる。
「うるせええええええあの雑魚がもし俺を庇おうと右って言ってたらって可能性を考えてんだよ俺はああああああああバカじゃないからなあああああああああああああ‼」
酒呑童子は叫ぶ。野狐禅の攻撃が直撃したことでボロボロだが元気そうだった。
そうだ。酒呑童子はボロボロになればなるほど、ボルテージの上がるタイプ。
何故なら戦いが好きだから。
そして酒呑童子の思考回路は読める。
今は──天邪鬼。
野狐禅は「もう終わりにしましょうかしら」と霊力で形成した塊を自らをぐるりと囲むように数十個と生み出し、一斉に酒呑童子に放射する。
「酒呑童子左だッ」
野狐禅が追撃を放とうとすると、水社一心が叫んだ。
酒呑童子は「だまれええええええええええええええ」と叫返し、右に避ける。
野狐禅の放った霊力が全弾鵺に直撃した。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
鵺がうめき声を上げている。
勝手に失敗作扱いされて、捨てられを繰り返した鵺。最終的になりふり構わずお姉様に突撃するだけとなった、想いの成れの果て。
お姉様を狙うなら生きてる価値なんてないと思えど、そこに至る経緯については思うところがなくはない。作り手に失敗作、いらないって言われて、粘土みたいに丸められ続ければ、理性なんて消える。
全部ドブ煮込みのせいである。
一思いに終わらせてやる。
後始末頼んだぞ。
私は水社一心に振り返りこれからの作戦を共有すると、そのまま結界で作った螺旋階段の最上から鵺目がけ飛び降りた。管理局の面々が処分に困っていた御符を全て取り出す。
小規模な発火や、軽く風圧を起こし相手を威嚇する──戦闘には心もとないことから保管されていた全部を使って、刀の威力を上げていく。大盤振る舞いだ。
私は鵺の背中に思い切り刀を突き立た瞬間、激しい閃光に包まれた。
刀が……鵺を吸収しているらしい。ガタガタと震え、私は柄を思い切り握りしめ押さえつけていると……やがて鵺はふわりとシャボン玉が弾けるみたいに霧散した。
つまり、一戸建てくらいの高さで留まっていた私は、一戸建てくらいの高さから落下するわけで。
「させるか」
いつぞやの合同演習よろしく、水社一心が私の確保に入った。
「後始末頼まれてたからな」
そう。後始末を頼み──ようするに作戦を事前に共有すれば、私を最後に確保しなければと、水社一心の動きを封じることが出来る。うかつに動けないどころか水社一心はわざわざ自分のことを殺す鵺に近づかなくていいわけだ。
「お前あやかしの世界に来て悪質さが増したんじゃないか?」
水社一心が怪訝な顔で私を見た。私は白目を返し応戦する。
というかこの刀すごいな。鵺も吸収して。この刀ならば、私の異能を合わせれば暗天妖王も──、
「──やっぱり、俺のこと、裏切ったんだね」
周囲はあやかしとの戦闘で騒乱としているのに、やけに甘ったるい喋り声が響く。
野狐禅が纏うような瘴気とは比べ物にならないほど、禍々しい紫の瘴気が上空に現われた。
紫の中央から現れたのは──暗天妖王だ。
「あいつは」
水社一心が呟く。
あいつがあやかしの祖であり、バカみたいな説明をすれば一番強くて、一番、何者かの命を奪う敵だ。人でも神でも、種族なんて関係なく、数多の命を奪い続ける。最悪の塊。
暗天妖王は酒呑童子と野狐禅のほうへ視線を向けた。
「最初に言ったはずだ。俺はただ、三百年前に失ったものを取り戻すために存在している。世界なんてどうでもいい。お前の存在でなにか変わるのであれば、それに越したことはないと──」
確かに暗天妖王は言った。
私もそれを聞いている。
酒呑童子にも──三妖士が生まれてすぐの頃もそれを言ったのだろうか。
嫌な予感がする。
「……咎めるつもりはない。こちらの目的の邪魔さえしなければ、好きにしていい」
暗天妖王が言う。
それも聞いた。
私と一緒に聞いた相手は酒呑童子ではない。
思えばずっとおかしかった。
なんで暗天妖王に私を見つけた経緯について嘘を吐く必要があったのか。
なんで意識をうばった私が閉じ込められたのが鵺のすぐいる場所だったのか。
なんで私があやかしと誤認される霊力の術をかけられていたのか。
私の前世や千年桜は恋と咲くの知識があるのに、死者蘇生に夢を見て、私を攫ったのか。
破壊の私ではなく、ヒロインのお姉様を攫わなかったのか。
「野狐禅。やはり狐というものは、化かすもの、ということかな?」
暗天妖王が野狐禅に手をかざす。
野狐禅は嗤う。
「こん」
そして野狐禅の口に、酒呑童子を操る呪具の口枷がはめられた。




