空から酒呑童子
空から酒呑童子が降ってきたとき、酒呑童子の真下にいたらどうなるか。
選択肢は三つ。バカだから下を見ない。どこにいようが着地可能な脚力を持つので下を見ない。ド根性精神で俯かないので下を見ない。
答えは全部。私は酒呑童子に下敷きにされた。私がヒロインならば押し倒されたりして漫画広告に切り抜かれるようなひと場面になっていただろうが、私はヒロインではないので、うつ伏せ行き倒れ状態。そんな私の背中に酒呑童子が座って着地していた。
「お! お前! 変な出迎え方だなぁ‼ 元気そうで良かった良かった!」
何一つ良くない。しかも出迎えてない。空から酒呑童子が降って来ただけだ。明日は雨が降るでしょうという天気予報のノリで空から酒呑童子が降って来た。
「それにあやかしにもされてねえみたいだな。良かった! とりあえず、人間のいるところ戻るぞ。ここにいたらお前を狙う奴がいっぱいいて、おちおちお前をあやかしにも出来ねえ」
帰りたくないよーあやかしにされちゃうよー逆だよーあやかしの世界に連れていかれてあやかしになっちゃうんじゃなくて人間の世界に連れていかれてあやかしにされるの何?
私は首をぶんぶん振る。断固拒否の意思表示だ。
「お前が野狐禅に連れてかれたあと色々あったんだよ。なんか、あやかしになりてえって奴がいてさ」
新キャラ?
新キャラの可能性と、考えうる限り考えたくもない可能性の二つがある。
「でもお前を、あやかしにする前にそいつをあやかしにしたら練習みたいになっちまうからな。断ったんだ。お前をあやかしにしてから、そいつ、って俺様はこう見えて義理堅いんだぜ」
やめてくれ。心の底から。やめてくれ。本当に嫌だ。その義理堅さは他で発揮してほしいし、酒呑童子のあやかし計画に私を組み込まないでほしい。一応酒呑童子は敵幹部キャラ、あやかしを増やすというのは、暗天妖王的にも敵の動きとしても真っ当だけど……。
っていうかこう見えてって何。
ドスケベインナー着用はレビュー評にすぎず、本人の自覚はないはずだ。
酒呑童子って自己認識どうなってる?
そもそもだけど、三妖士着用の服って何?
鵺なんか……バケモノなので全裸だけど……コスチュームって小説家、イラストレーター、漫画家の誰かのセンスと言えど、その三人の誰かが、「暗天妖王はこういうセンスをする」との認識があったわけで。
暗天妖王はドスケベインナーをカッコイイと思ってる、もしくは、酒呑童子にドスケベインナーが似合うと思っている、ドスケベインナーの性癖があるの三つの選択肢が浮上する。
暗天妖王は異性愛者であることが確定している。
何故なら女しか食い漁ってないし、公式が名言済みだから。
三百年前はおそらく男色文化もありけり状態だろうけど、実際、コミカライズ連載中に女性向けとボーイズラブの議論が行われたことや、イラストレーターや漫画家もボーイズラブの商業経験があったことから、千年桜は恋と咲くにおいてボーイズラブは存在するのか、という議論が発生したのだ。
そこで一番節操無さそうかつ、大量に「夢女子層」を取り込んでいた暗天妖王の「数多の人間と関係を一夜を共にしたけれど、どれも空しいだけだった」という発言が注目を浴び、実際質問コーナーで質問が行われ、異性愛者であるとの公式回答があった。さらにその公式回答に対して同性愛差別ではないかとまた議論になり、小規模の炎上に至った。
男が好きな男は男にドスケベインナーを着せるというのは偏見極まりないが、その選択肢がはずれるとなると、このドスケベインナーの着用過程は何? となる。
酒呑童子はこのドスケベインナーをどう思ってる?
しかし、喋るわけにもいかないので意思疎通ができない。
「で、他にもお前を心配して、あやかしの世界だってのに突っ込んでくるお前みたいなバカと来たんだが、降り切っちまったみたいだな」
ハハハ、と酒呑童子は快活に笑う。笑い事ではない。「お前みたいなバカ」の単語で「考え得る限り考えたくもない可能性」がより高まり嫌な気持ちになった。
「道中にも雑魚人間狙う雑魚あやかしがいてよ、面倒くせえから先陣きって処刑してたら、置いてきちまった。まぁ根性でついてくるか、根性あるし。つうかお前なんでそんなおべべ着てるんだよ」
おべべ……服を示す言葉だ。子供に言うようなものだが、なんなんだろう。暮日村の村民と関わってたっぽいしそこから学んだのだろうか?
確かに今の私は野狐禅に着せられた着物を着ている。
「しかもなんか……野狐禅の霊力がまとわりついてんじゃねえか。こんなんつけてたら人間からすればあやかしに間違えられて斬られちまうぞ。俺はそういうの嫌いなんだ。間違えて戦うみたいな」
酒呑童子は排水溝の油汚れを見るみたいに私を見た後、手をかざした。ふわっと石鹸みたいな香りに包まれる。
何?
消臭?
消臭剤ぶっかけられたの?
「よし、綺麗になった」
酒呑童子は納得顔だ。やっぱりいま私、消臭剤ぶっかけられたのでは。
「そこらへんのあやかしだってお前があやかしか人間かの区別なんかできねえだろうしな、良かった良かった」
暗天妖王は私を人間だと識別できていた。
小型妖だって、いくつか私に襲いかかっていたし。
「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
鵺が咆哮を上げた。叫び声が近い──というかこちらに近づいてくる。
さっきまで外を目指していたのに。
「やっぱり、お前あやかしに間違えられてたぞ、ちゃんとお前に向かって来てるじゃねえか」
酒呑童子は鵺や……鵺の咆哮に呼び寄せられるように集まるあやかしの群れを示す。
だってさっき、鵺は……私と暗天妖王がいる場所に突っ込んできていたが。
どういうことだ。私は野狐禅によりあやかしと間違えられる着物を着ていた。暗天妖王は野狐禅を上回っているので、私が人間だと見破れた。
一部の小型あやかしは──それこそ野狐禅が使役しているあやかしは、私に襲い掛かってきていた。
鵺は今、私を人間と認識した。
でもその前に、暗天妖王と私に向かって来ていた。
鵺は暗天妖王を狙った?
でもすぐ逃げた。
「ちゃんと人間……雑魚って分かったうえで向かってくんのは……許されねえなぁ」
さっきまで明朗快活だった酒呑童子から表情が消えた。
酒呑童子の沸点が、ある程度の強さを持つ存在が、雑魚を狙うことなのだろう。
しかも怒った時、静かになるタイプ。
「丁度いいや。人間のいるところなら面倒くせえけどよ、ここならどう暴れたって構やしねえんだからさぁ……」
酒呑童子は片手だけで関節をバキバキ鳴らしたあと、雷を轟かせる。その手には棍棒が握られていた。
「処刑の時間だ」
酒呑童子は鵺に向かおうとするが──、
「あやかしを裏切って人間についたのね」
どこからか現れた瘴気から野狐禅が現れた。
「裏切るも何もねえ‼ 俺はどこにもつかねえ‼ 俺が行く、俺が立つところが、俺の居場所だ!」
酒呑童子は即座に言い返すが、完全にそれが隙になった。野狐禅はすぐさま霊力を込めたらしい巨大な尻尾を酒呑童子にうちこもうとする。この間、酒呑童子が吹き飛ばされた攻撃だ。私はすぐさま刀を構え、酒呑童子を庇った。ガキンッと動物の尻尾とぶつかって到底響かない音が辺りに反響する。
「雑魚が俺を庇うなあああああああああああああああああああああああああ」
酒呑童子が絶叫した。うるさ過ぎる。耳が潰れるかと思った。
というか野狐禅と鵺とあやかしの大群を相手にしなければならないのか。暗天妖王がいつ来るかも分からないのに。
こちらに襲い掛かろうとするあやかしの大群、そして野狐禅の次の攻撃を警戒していると、突然何十個と数えきれないほどの風船が出現した。
これは。
辺りを見渡すと、風船の隙間に郷田と伊能局長の姿が見えた。
「──郷田くんの生み出した風船は、爆弾だったかもしれない」
郷田の肩に触れた伊能局長が、口角を上げる。
その瞬間、風船が次々爆発し、あやかしに直撃していく。
怖い。
完全に悪役の笑い方だった。刑事ドラマに必ず出てくる愉快犯爆弾魔みたい。爆風の隙間から、ものすごい勢いで相模局長が現れ、周囲のあやかしを斬りつけていく。
「伊能おおおおおおおおおおおおおおおおおお……!」
相模局長が伊能局長に怒っている。さっきの酒呑童子の絶叫と声の大きさがほぼいっしょ。
伊能局長は好戦的に見返した。
「何か文句でもおありで?」
「戦いは退妖対実地戦闘局の管轄だ! 越権だこれはあああああああああああああああああ」
「風船で目くらましして自己犠牲おじさんが突撃する子供でも考えない作戦にそこまでの価値がおありで?」
「貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
相模局長は歯を食いしばった。
たぶん伊能局長は「あぶないぷい! 作戦ちゃんと考えるぷい!」で、相模局長は「僕が全部やりますぷい! ぷいぷい!」という争いだ。ぷいぷい争いだ。
水社一心あたりが見たら疲れそう。どうやら酒呑童子が言っていた私を助けに来ようとする私みたいなバカというのは、伊能局長たちを示していたらしい。良かった。水社一心なんかあやかしの世界に来ないほうがいいのだから。
とりあえず私は、鵺をぶっ殺す。
私は靴に隠していた御符に触れた。管理局の余りものである。入局当初から処分に困り、真原さんが目の敵にしていた御符だ。刀を使用禁止されていた武術大会ではこの御符を使って郷田をズタズタにする気だったが、呪具を鵺に食べさせられない、そして酒呑童子が現れた以上、管理局三名が作り、そして置き場に困っていた御符を使いながら、このよく分からない曰くつき謎刀で戦う。使えるものは何でも使う。
命以外。
私は御符を一度に五枚取り出す。ここから先はカードバトルです。御符の効果は簡単な結界。壁を作るものだがサイズに問題がある。面積が50センチ×50センチの下敷き程度。ゆえにあまりに余っていたが──細かく展開しておけば階段になる。飛べずとも空中戦を可能にする。
霊力がなくとも──飛べる。
私は靴に入れていた御符をドンドン取り出していく。
酒呑童子は野狐禅と交戦していた。野狐禅が放つ霊力の塊を酒呑童子が棍棒をバットのようにして打ち返しているが、そのうち返した霊力が地面をいくつもえぐっている。戦いが派手過ぎてこちらにも飛んできそうだし、実際足場が死ぬほど悪くなっていた。
私は鵺を囲むように御符の結界で生み出すらせん階段を形成していく。伊能局長たちはあやかしの大群の相手をしてもらう。こういう時、皇龍清明案件だろうが、原作で鵺が港に現われたときのあやかしの量よりマシだ。
マシと言えど、私を狙ってくるけれど。
「枯賀いた」
「局長枯賀おるおるおるおるおる」
「見えてる、見えてる。枯賀さーーーーーーん!」
水墨画に出てきそうな黒々とした龍に乗った局長と真原さん福野さんが現れた。
「二人は枯賀さんのまわりのあやかしを撃って、めちゃくちゃ狙われてるから──っていうか枯賀さん何してるの? それ管理局にあった御符だよね⁉」
局長が問いかけてくる。その通りだ。私はそばにいた飛行型のあやかしを斬りつけながら頷く。
丁度いいや。管理局の面々には飛行型あやかしの相手をしてもらう。私は鵺を殺す。
「てめええええええええええええええどこ行く気だぁあああああああああああ」
また酒呑童子の絶叫が響く。何かと思い振り返れば野狐禅が眼前に迫っていた。
出方を伺う私に対して、野狐禅は恍惚とした笑みを浮かべる。
まるで小説の挿絵やコミカライズのコマやアニメのワンシーンをなぞるみたいに。
思えば金槌山に現われてからずっとだった。
野狐禅は本来ならば、皇龍清明様にこういう顔をする。皇龍清明様の心の内を読み、お前はこちら側だと言う。長命の存在が短命の存在と共にあることは、緩やかな心の自死と変わらない。そばにある限り胸を焦がれ、残りゆく日々に切り裂かれる。
だからそんな女は手放して自分の元に来いと誘うのだ。
「貴女はこちら側にはなれない」
そんな野狐禅が私に示したのは別離と理解だった。
「長い時の中で、人の記憶をいくつも辿った。必ず貴女みたいな人がいるの。当然のように得られるものが、最初から存在しなかった人。それでいて、こちら側にも来れなかった人。来ないようにしてた人。一生懸命、抗って、健気で、かわいらしい」
野狐禅はひとりでに話す。水社一心と異なり私の心なんて読めないはずなのに、まるで私の記憶全てを見てきたかのようだった。
いや、見たのだ。
野狐禅は私の血を舐めている。
私の前世を──知っている。
「安心して、貴女はこちら側になれない。なろうと思ってもなれないわ……だからこそ──貴女は」
笑みの中に悲しみが滲む。
「私は地獄に行く。だから大丈夫よ。あなたは一人ぼっちじゃないわ。寂しくない」
地獄。
野狐禅は私の頬に手を伸ばす。口づけられるのだと悟り、私は刀を握りしめた。
「余計なお世話だ!」
ガッと後ろから首を絞めるみたいに掴まれた。これ完全にプロレス技のホールドだろと判定が下るようなことをしてきたのは水社一心だ。余計なお世話の権化のくせに何を言っているんだお前は。
「こいつの行先は俺が決める」
カーナビじゃん。
水社カーナビ一心は結婚してたら離婚協議の時に問題になることしか言わない。離婚裁判の最悪発言証拠リスト。弁護士大変だよ。睨み返すと「お前なぁ!」と怒ってくる。
やっぱり来たか。
水社一心。




