鵺
暗天妖王は、自らの企画の元あやかしの生成し、それに失敗するたび、その失敗作を合体させていた。
そもそも暗天妖王の感覚としては、自分の想い人への執着で自発的に発生した天然物のあやかしは、自分が生んだわけではないので、どれだけ出来損ないであろうが、自分は関係ない、どうでもいいの認識だ。
その一方、自分の研究で生み出したあやかしの場合、気に入らないものは処分してしまうのだ。
暗天妖王は自分の作ったものは、全部成功でありたいからだ。
その気に入らない、の基準は暗天妖王の中の「気に入らない」だ。
酒呑童子のような、明らかに自分の言うことを聞かないあやかしでも、強ければよしとする。
理由は本当に「強ければアリ」と考えているのではなく「そういうあやかしも許さないと男としてダサい」という価値観に縋っているから。
結果、暗天妖王はあやかしの世界、自分が居を構える大寝殿の離れに「暗天妖王の考える失敗作」の隠し場所を設けている。
子供が親に見られたく無いものを子供部屋のどこかに隠しているのと同じだ。さらにほかの存在から認識されたくないもあるし、自分が見たくないというのもある。
なのであやかしの失敗作が出来上がる度、離れで合体させてるが、無理が出てくる。
やがて自分ですらどうにもならなくなった鵺を、人間界に捨てるのだ。お姉様が巻き込まれたら、ということは考えない。愚かだから。実際お姉様は大巻き込まれするわけだが、それも「あれは仕方がないことだった」と自己保身する。おしまいである。
なので、港の上空に裂け目が発生、鵺と共にあやかしの軍勢がドシャァと湧き出てくるシナリオというのは、元はといえば海への不法投棄なのである。
海洋汚染だ。
人間が二人も並んで歩けない狭さの回廊の奥へと突き進む。
鵺の倒し方は分からない。
秘策も無い。
しかし考えはある。
とりあえず鵺に、酒呑童子を操る予定の呪具を食わせる。
呪具は装着対象を強化するものではない。あくまで支配だ。そもそもヒロイン補正のかかったお姉様を支配するために全身全霊を注いだ呪具だからこそ、酒呑童子が操られた。キモすぎるものの、ここに勝機がある。
鵺は暴走機関車。
暗天妖王すら支配できず海に捨て港に大損害を与えたので、鵺に呪具を喰わせて暗天妖王に支配させるのだ。お姉様が未覚醒で暗天妖王がお姉様の痕跡を追えない。暗天妖王は鵺が支配できればこれ幸いと大改造を行う可能性もあるし、暗天妖王がコントローラーを握り最強の鵺が爆誕する可能性があるが、暗天妖王の考えは私が読める。WEB版も作者のブログも商業ノベルも設定も全部読んでるから。そして今ならお姉様が未覚醒。暗天妖王はお姉様に鵺を寄こすことはない。少なくとも呪具を鵺に食わせば、酒呑童子は操られない。強いものと戦いたい酒呑童子に鵺をぶつければいい。酒呑童子が暗天妖王を攻撃する、お姉様と仲良くなるならまだしも、失敗作の鵺の処理を裏切りと考えることはないだろうし。
今だからこそ出来る技だ。
まさに期間限定。
それに──この刀もある。
私は携えている刀を見る。
この刀の登場は酒呑童子とほぼ同時期。いわば二巻の「敵」ともいえる。基本どんな作品も一巻の敵より二巻の敵のほうが強い。逆に巻を増すごとに敵が弱くなってきたら流石にバトルメインではない千年桜は恋と咲くでも炎上する。
鵺よりこいつのが強い……はず。
でも、私に折られている。折られてもすぐ復活するという利点はあるけど若干不安が残る。いやでも、巨大あやかしや大型あやかしの時は、一切折れなかった。耐久どころのレベルではない。
怖くなってきた。
炉にくべても戻ってくる殺人人形と同じでは。
喋らないし。思い返せば管理局の面々は喋らない私とこのよく分からない刀と一緒に修理に励んでいたわけで。今までも申し訳なさを覚えていたけど、さらに申し訳なくなった。
もし生きて、退役になった時この刀どうするんだろう。
退役してもこの刀、飛んでくるのでは。
ヴゥンッ
刀が震えた。怖すぎて考えるのをやめた。
私はそのまま暗天妖王の大寝殿を突き進んでいく。
やがて鵺の潜む大扉が見えた。扉の四つ角からは神社のしめ縄ほどの鎖が伸び、中央に南京錠とも言えない六角形の鍵で結ばれている。そして──、
ドンッ
ドンッ
部屋の内側から巨大な塊が扉に身体を叩きつけている。扉は大きく揺れ、扉を縛り付けている鎖も連動してガシャガシャ揺れていた。
これがぼちぼち壊れて、この扉を飛び出し大冒険と言わんばかりに暗天妖王大寝殿で大暴れ、暗天妖王が海に不法投棄を行うのである。
壊れる前に呪具を盗んで、鵺に食べさせよう。
私は鵺の扉を通り過ぎ、暗天妖王が呪具など数多の発明品を保管している小部屋に向かう。暗天妖王の大事にしているような場所の間取りは全部分かる。なぜならコミカライズの巻末ページに漫画家が作画にあたっての間取りをのせていたからだ。そしてコミカライズに登場するのは、漫画の場面で必要な部屋──つまり暗天妖王にとって大事な部屋であればあるほど、コミカライズやアニメで詳細に描写される。さらに千年桜は恋と咲くはアニメにもなり、より深く暗天妖王の大事な部屋やどこに何を置いてあるかがハッキリした。
物語において主要であればあるほど、プライベートなんて無いも同然。
千年桜は恋と咲くにおいてノベル一行未満で死んだ管理局面々の部屋の間取りは、半年以上接していても未だに分からないけれど、暗天妖王の部屋はルームツアーなんてしなくてもよく分かる。
中に部屋がいないか確認して突入すると、ここもここで白檀の香りがした。最悪。
三百年前のお姉様の好きな香りだ。今、お姉様の好きな香りは分からない。お姉様が現段階でいい香りと言ったのは水社家のヒノキ風呂、水社ママの揚げた天ぷらやコロッケ、それにかけるすだち、ミヤシロ様を水洗いする桶をカビから守るための塩素水だ。水社家の意向というか、水社パパママに染まってるふしがある。
暗天妖王の研究部屋の中は、石床の陶芸室のようだった。壁に沿って棚が並び、未知の首飾り、謎の水晶、用途不明の青銅鏡と完成してるのか研究中か分からない品々や書物が並ぶ。三百年前の文字なので、ほぼ古文だ。崩し字なので何がなんだかサッパリわからない。「歴史や考古学を学んでいました!」 みたいな人間だったらある意味現代知識で成り上がり大活躍パートだったのだろうが、学びがない。
「それは三百年前の恋の歌だよ」
振り返ると暗天妖王が立っていた。
殺す。
「人間ならもう少し、武器に興味を示せばいいのに。見知らぬ土地に来て学びから始めようだなんて──」
暗天妖王は笑みを浮かべ、私の持っていた書物を手に取る。
「この恋の歌を捧げた相手も、そういう人だった。戦いより、知ることを選ぶ。霊力は誰より強く、澄み渡って美しいものだった」
なら、この謎絵巻物は、暗天妖王からお姉様への恋文だったということ?
燃やしておけばよかった。
「君には霊力がないみたいだから、澄んだ霊力も分からないだろうけどね。かわいそうに。ここにある道具も、霊力さえあればの価値が分かるだろうけど──ああ、だから、情報を手に取ったのか」
暗天妖王は自ら執筆したらしい恋文を棚に戻した。
「この首飾りは霊力のある人間が身につけると、対象の相手に居場所を知らせることが出来る。水晶は、霊力がある人間に触れさせ話をさせるものだ。嘘をつけば曇る。青銅鏡は、霊力を跳ね返す」
酒呑童子を操る口枷問わず、全部鵺に呪具食べさせようと思ったけど、相手の位置を知らせて嘘つきが分かる霊力跳ね返しミラー鵺が爆弾するということか。
「どうして、全部霊力に関わるものなんだと思う?」
酒呑童子は質問してきた。
知りたいと思わない。どうせお姉様絡みだから。
「霊力のない存在は、眼中にないからだよ。霊力のある人間は──いや、あやかしは皆あるけれど、邪魔になるときは本当に邪魔だからね」
そういって暗天妖王は視線をよそに向ける。私も暗天妖王の視線を追った。確かこの先には酒呑童子を操った口枷がある。どう考えても暗天妖王は現在私を害する気はない──というかほぼ眼中にないので、隙を狙い鵺に食べさせる。しかし──、
無かった。
酒呑童子を支配する口枷がない。
まだできてないことはあり得ない。あれは暗天妖王のセリフで「何十年と前に出来て置いていたけど、こういう使い道もあったんだね」とあった。もう出来ているはずだ
呪具はどこに?
「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
鮮烈な雄叫びと共に、突風が吹き荒れた。巨大な何かが部屋の壁を突き破りながら現れる。
鵺だ。
暗天妖王が紫の結界を張り、
殺意をむき出しにした猿の頭。
巨体としか形容できない毛を逆立てた胴。
すこし掠めただけでも致命傷を負うであろう鋭い爪を持つ四肢。
数十本の蛇が触手のように蠢く尻尾。
最悪仕様の鵺。
背には人間の上半身らしきものが生えて、その背には千手観音のような手が翼のように轟いている。
「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
暗天妖王の結界に衝突した鵺は首をぐるりと回し、再度咆哮を上げると、鵺から逃げるように壁に大穴を開け、外へと逃げていく。
このまま人間界に戻られても困る。
私は抜刀しすぐに鵺の討伐に向かうが──、
「霊力も無いのに戦うつもりなのか?」
暗天妖王が声をかけてきた。
お前の作ったキメラだろうが。そもそもお前がなんとかしろよ。なんだその他人事。
怒鳴って諸共吹き飛ばそうかと思ったけど、耐えた。今の私では暗天妖王に勝てないし、今私が生きているのも暗天妖王の気まぐれでしかない。私は聞こえないふりをして、鵺が突き破った壁の穴から出ていく。鵺はあやかしの群れと共に、どこかへ向かおうとしていた。おそらく人間の世界を目指しているのだ。鵺を追えば元の世界に戻れるだろうし、その前に鵺は殺す。
水社一心を守るために。
「おらあああああああああああああああ枯賀末理どこだあああああああああああああ」
は?
頭上から響く絶叫に、顔を上げる。
暗雲立ち込める空の切れ間から、酒呑童子が降って来た。




