裏切者×裏切者×裏切者 前編
野狐禅の港襲撃は、大規模なあやかしの襲撃があったにもかかわらず、死傷者0、重傷者0、避難中の転倒といった二次被害による軽症者が多数を占めるという、あやかしの襲撃があったとは思えない結果に収まった。これではただの過失事故の数字みたいだと言った人間が周囲に咎められるなど、軍は荒れている。
なにより──、
「なんだこの部屋」
あやかし被害を最小限に抑えた立役者でもあり、あやかしそのものでもある酒呑童子が辺りを見渡す。
白亜の室内に、同色の机と椅子。屯所六階、調査局で重要参考人を取り調べるための部屋だ。
相手の一挙一動に集中できるよう、色を排除された部屋。人間がどう過ごすかではなく、思考の材料にするために「置く」部屋でもある。
「すげえ明るいな、地下どうしたよ、じめじめしてるし、なんだあの部屋」
そんな部屋で平然としている酒呑童子を前に、机をはさみ足を組んで座っていた伊能は、「まぁあそこは、能力に問題がある人間が集まるので、霊力が無かったりとか」と短く告げた。
「枯賀末理かぁ、霊力回路ぶっ壊れてんもんなあいつ」
「はい。だからここは──接待みたいな部屋ですよ。強者の部屋です」
「そうか‼ じゃあ地下の奴らも来れるといいな‼」
酒呑童子は歯を見せて笑う。
その歯は人間のものと異なり、鋭い。酒呑童子のあらゆる要素が、人ならざるものであることを示している。
ゆえに、野狐禅襲撃の増援のため相模およびほかの軍人たちが現れ、伊能は一芝居うったのだ。
強者は戦った後、事情を話すために行かなければいけないところがある。
最強であるならなおさら。
嘘だった。
ほかの軍人には「取り押さえたいが強力すぎて多くの霊力や人員が必要」と伝え、ひとまず調査局の取調室にかくまったが──いつまでもこうしているわけにもいかない。
当然、軍は酒呑童子討伐に動く。
しかし、酒呑童子に勝つことはどう考えても無理だった。
伊能は酒呑童子があやかしと戦う様を見たが、人知を越えていた。それこそ皇龍清明でもないかぎり、酒呑童子に太刀打ちできない。
死人を増やすだけだ。
相模に相打ちをさせ、弱ったところを皇龍清明に討たせる。最善がそれだが、そこまでして酒呑童子に勝てる可能性は三割を下回る。酒呑童子を殺したところで他のあやかしが絶滅するわけでもない。相模の捨て身に意味がない。
西方、皇都の要人を出すにせよ、酒呑童子に適うか怪しく、何より相性が悪い。皇都の人間は接近ではなく遠隔からの攻撃を得意とし、酒呑童子のような、大型のあやかしと比べれば小さく、ほうぼうのあやかしのような霊力を用いた攻撃ではなく人のように攻め入ってくる存在と、相性が悪い。
それに、酒呑童子は利用価値がある。
討伐させるわけにはいかない。
「そういえば感謝していましたよ。村人たち」
伊能はさりげなく話題を変えた。
熊の出没する土地では、例年被害は二桁に上る。そして悪質なのが、あやかしよりも危機感を持ちづらいことだ。あやかしが出れば地域部に通報が入るが、熊は自力でなんとかしてしまおうとする。自分たちは霊力や異能がないからあやかしはどうにもできないけど、熊は何とか……そんな思いで猟銃を片手に立ち向かおうとする猟師がいるが、ただの熊でもその猛威は災害に近い。
そんな熊を、酒呑童子は一瞬にして屠ったと村人は地域部に話をした。
「ほおん」
しかし酒呑童子は村人の感謝に興味がなさそうだった。
「どうやって熊と戦ったんですか」
「ウッって」
酒呑童子は何かを掴んで引っ張る動作をする。
村人の話をまとめた調査記録によれば、酒呑童子は熊の首を素手で引き千切っていたらしい。
「一体だけ、心臓を狙ったそうですけど、何故ですか」
しかし、一体だけほかの熊と異なり心臓に大穴を開けられた熊がいた。
「俺の肘に近いのは心臓だろ。腕ほら、ブンッて、一番、はやい」
酒呑童子は目の前に拳を突き出す。
「確かに」
「でも、ガキ食ってるかもしれねえしなこいつって思い出して、そっから頭だな。まぁ、間に合わなかったみてえだけどよ」
酒呑童子は平然と話す。
「つまり、ご遺体の損傷を防ごうとしたということですか」
「ごいたいってなんだ」
「人の死体です。死んだ人間の身体を、人間はご遺体と呼びます」
「じゃあそれ」
「何故」
「何でって言われても、嫌じゃねえか?」
「なんで嫌だと思うんですか」
「分かんねえよ。嫌なもんは嫌だ」
悲しみも怒りも滲んでいないが、伊能の目には酒呑童子が何も感じていないようにも見えなかった。
「理由は」
「理由なんかなくたってそう思うからそう思うんだよ。うるせえな。お前理由がないと無かったことになんのかよ。理由なんかねえ、ヤダ、おわり‼」
酒呑童子は手をぶんぶん振り拒絶を示す。
「理由が知りたくて」
「理由がないってことが知れただろうが。それで満足しろ」
「……死なせて意味ないって言ってましたよね」
「お前、さっきからずーっと何で何で言って同じこと聞いてくんな。俺は頭がいいから、バカに合わそうって気にはなるけどよ、物覚え悪いバカ同士だと喧嘩になるぜ」
酒呑童子は注意を行う。
伊能は一度目を通した資料の文言や、人間が発した言葉は全て覚えている。
論理の穴を突かなければ、自分の身を揺るがされることの多い立場ゆえだ。忘れられないようになってしまった。
「すいません」
流れのままに詫びた。
「すぐ詫びるな。別に覚えが悪いだけでお前が悪いわけでもねえだろ。舐めて覚えねえならお前も悪いけどよ」
はんっと酒呑童子は笑う。
「……貴方は殺すことを、悪いことだと考えているのですか」
「おお。意味ねえから。雑魚でも生かしておけば、いつか強くなるかもしれない。俺を越すかもしれない。そうしたら俺は戦う。むやみやたらに殺すことなんて馬鹿のすることだ」
「なら罪を犯した人間が死ぬことはどうなんですか」
「罪ってなんだよ」
「人間の世界では、人が人を殺すことは罪です。あと、あやかしと結託して軍に背いたら死刑になります。凄く重い刑です」
ゆえに枯賀末理の刀の調査には、慎重を喫する必要があった。
霊力を吸わない刀が、どうやって枯賀末理を野狐禅の霊力の呪縛から救ったのか。
自分が放置していれば、上層部が探り始める。
枯賀末理があやかしと結託したのではないかという線で、調査局である伊能及び、軍内部の不正を調べ処分の執行までを行う帝都退妖軍対人監査執行局が枯賀末理やその周囲を狙うようになる。
監査執行局が出る前に伊能が動くことになるが、伊能が富山の部下であった事実を上層部は当然把握している。調査には中立を強いられるが、上層部の考える中立と、実際の中立は異なる。
中立に調査を行い、たとえ枯賀末理、富山に有利になりうる結果が出たとしても、それは「中立ではない」「忖度である」と認定される。
許される真実は、枯賀末理が黒であることのみ。
実体のないものであっても、それを無理やり掴むことで伊能の中立は承認されるのだ。




