酒呑童子様の処刑時間
富山たちは港に向かっていた。始めこそ郷田と水社だけが港に向かおうとしていたが、酒呑童子が飛んでいった為、管理局も後を追わざるをえなかったのだ。
沿岸そばの海上には、黒い瘴気が渦巻いている。そこから延々と飛行型あやかしが湧き出ていた。深海魚のような見目をしながらも素早やく滑空し、人々に狙いを定める様子は恐ろしく、船から渡来品を運び、普段陽気に働く船乗りや運び屋たちは、顔面蒼白で押しのけ合うもの、叫びながら倉庫に逃げ込む者、喧々囂々と逃げまどっていた。
やがて瘴気の中心から、馬車二台ほどの大きさをした、能面を被ったような四つ足の大型あやかしが現れる。
港には、船を見に来た子供たちがいる。最も弱々しく食べやすい存在に、大型あやかしが襲い掛かろうとした。傍にいた船乗りが子供を庇おうとするが──
「どけどけどけーーーーーー酒呑童子様のお通りだ!」
子供たちの頭上に影が落ちる。
「いい根性だなぁ人間!」
船乗りに向かって笑みを浮かべる男──酒呑童子が、大型あやかしの元へ飛んだのだ。酒呑童子は大きく右腕を広げると、その手に雷が走り金棒が現れる。同時に隠れていた額の角が露になった。
「でえりゃああああああああ‼」
酒呑童子は金棒を握りしめると、そのまま大きく振りかぶり大型あやかしに振り下ろした。大型あやかしは一瞬にして体勢を崩し、酒呑童子は今度は下から棍棒を振り上げ、海へとあやかしを投げ飛ばす。
「雑魚狙う屑なんざなぁ……この酒呑童子様の視界にいらねえんだよ!」
酒呑童子はボチャンと石が落ちるように落下する大型あやかしを見届けた後、後方で縮こまる子供に振り返った。
「おら、逃げろ、さっさと、走れおら、邪魔だ! さっさと行け! 根性! おらっ根性!」
「ありがとうお兄ちゃん」
子供たちはキラキラした目で酒呑童子に礼を言う。船乗りは、あやかしらしき存在が自分や子供を庇ったことに驚いていた。
「おうおう、お兄ちゃんじゃねえぞ俺は、何年生きてると思ってんだ、おら、行け、ここは処刑場だもう、ガキは行け、死ぬぞガキ、さっさと行け、おら行け」
「……」
船乗りは子供を逃がそうとするが、酒呑童子があやかしであることから、酒呑童子の温情として、子供たちは助け自分は食う……という意味なのか悩む。そんな意図を読めない酒呑童子は怪訝な顔をした。
「なんだてめえ、止まってんじゃねえぞ、ガキ連れて行けさっさと」
「え」
「ここは処刑場にすんだから人間は邪魔だ。立ち入り禁止立ち入り禁止! ここは俺に任せろ、先、行け、おらおらーっ」
酒呑童子は手をぶんぶん振り、船乗りを逃がす。
子供たちは「ばいばーい」と逃げていった。
「しょ、処刑場って……」
子供たちと入れ替わりで港に到着した富山が問う。
「戦いもできねえ人間襲ってる時点で生きてる価値なんざねえだろ、根性の身につけようがねえ。だから戦いじゃなくて──処刑だ」
酒呑童子は瞬きもせず目を見開きながら暗い声で続けた。
「……楽しくもなんともねえ。さっさと終わらすぞ」
酒呑童子はサッと黒い瘴気──最もあやかしが湧き出ているところへ突っ込んでいく。
「むちゃむちゃまともなこと言いよるけど、あの目ぇ、完全にあかん奴のあれやないですか」
真原が首をひねり、散弾銃を構える。
「たまに真原さんああいう目しますよ」
子どもを狙い低めに飛ぶあやかしを福野が回し蹴りをし、そのまま踵落としで仕留めた。福野の膝と脚は強化用の装具がはめられている。
「お前喧嘩売っとんちゃうやろな」
「いや……」
福野は首を傾げた。民間人を避難させていた富山は見かねて「そういうところあるよ」と、控えめに入る。
「いつ」
「いつって言われても結構あるよ」
そのまま富山は、真原の追求から逃れるように民間人の避難に移行する。その周囲では、避難させやすいように郷田があやかしを斬り伏せていた。
「邪魔だ、下がってろ、民間人の避難させとけ」
郷田は傍にいた福野を睨むが、福野はボンヤリしながらあやかしを殴りつけ、背負っていた射撃銃を構えると「違うな」と首をひねり、狙撃銃で敵を殴り始める。
「富山局長がするんで」
「戦闘局の増員が来る」
「富山局長がするんで」
「戦闘局の役目だ」
「富山局長がするんで」
「お前なぁ!」
郷田は苛立つ。今度は郷田と福野のやり取りを見かねた富山が「あんまり使いたくないんだけどな」と札を取り出した。富山が霊力を込めると札は虹色に輝き、光の輪をいくつも発していった。
札の中心から、家庭用炊飯釜ほどの大きさをした猪が何十体どっと湧き出てくる。一匹、二匹、三匹と数えきれないほど湧き出る、ころころと張り子人形のような形状で、目はつぶら。ちょこんとした足に、逃げまどう人々は困惑するが──、
「えんやあ」
「あいよお」
「えんやあ」
「あいよお」
猪たちは鼻息荒く転がり民間人に突っ込む。複数体で集まりその背に民間人をのせたかと思えば、ごろごろと勝手に運んで逃げていく。
それらを福野は死んだ目で眺めていた。大きくため息を吐き、つまらなそうにあやかしをなぎ倒していく。
「足短いやつやで」
真原が福野の様子をうかがう。
「ですね」
「なんでそんな、終わった顔してん」
「枯賀いないし、新人いない中ではしゃげないでしょ」
「確かになぁ」
真原は散弾銃をあやかしに撃ちこむ。
そして酒呑童子を追うように水の霊力を飛ばし、その水流に乗る水社一心に視線を向けた。




