酒呑童子の間違い
「ほお、中々の霊力だ。なんかあれだな、人間じゃねえ霊力も重なってんなぁ……地蔵に毎日拝んでるって量でもねえか……? うう~ん……戦うって感じの奴じゃねえだろ」
酒呑童子は目を細める。水社一心は臆することなくそのまま酒呑童子の前に立った。
「酒呑童子、頼みがある」
「自分の願いは自分で叶えろ、人任せにすんじゃねえ」
「俺をあやかしにしてほしい。野狐禅は、お前だけをあやかしの世界に入れないようにしている可能性がある。俺があやかしになって、あやかしの世界を開く。そうすればお前も戻れるだろう」
水社一心は躊躇いなく告げた。富山がすぐに「水社くん」と声を荒げ、真原が「そんなん枯賀が望むわけないやろ」と目の色を変えた。
「逆だったら、あいつは確実にあやかしになります」
水社一心は即答した。その言葉に、管理局の誰もが返事を出来なかった。
「人間に戻せって言われても無理だぞ」
酒呑童子が品定めをするように水社一心を見据える。
水社一心は黙ったまま酒呑童子を見返した。
「……ふうん」
酒呑童子は椅子から立ち上がり、水社一心に近づくと──、
「嫌だね」
笑ってみせた。
「残念だな。あともうちょっと早ければあやかしにしてやっても良かったが、俺は今どうしてもあやかしにしたい奴がいる」
「枯賀末理……」
「ああ。枯賀末理をあやかしにする前にお前をあやかしにしようもんなら、どうしたってお前を枯賀末理の練習台にしてるみたいじゃねえか。お前にも枯賀末理にもちげえだろ、そういうのは」
酒呑童子は「まぁ、根性は気に入った」と水社一心の肩を叩こうとし──「ああ人間は脆いんだったな」と取りやめる。
「人間のわりに霊力も多いし、霊力多いわりに謙虚そうだ。謙虚な男強くなるぞ。俺が証明だ。あやかしにはしねえが稽古はつけてやる。どっかに確認行くんだろ? お前」
酒呑童子は伊能を見た。伊能は頷く。
「ええ」
「なら、その間。ただし、強くなった後、もし雑魚に手出すような真似したら──殺すから」
先ほどまで上機嫌な酒呑童子の纏う空気が、一瞬にして殺気立ったものに変わる。
伊能はその様子を注意深く観察しながら、その場を他に任せ部屋を後にした。
「じゃあ稽古すっか、とりあえずお前ら全員かかってこい」
帝都退妖軍の敷地内には、いくつか訓練場が設けられている。
その中でも約三十畳と大きな公園くらいの広さを持つ屋外訓練場にて、酒呑童子は大きく伸びをした。呑気な様子の酒呑童子とは対照的に、管理局三者と水社、郷田は神妙な面持ちで異端のあやかしと相対する。ほかに人はいない。
「かかってこいって言われても……」
富山が躊躇う。
「何言ってんだお前、あやかし前にしてそんなこと言ってたら食われるだろ、おら」
「そもそも何で君は、探知に引っかからないの? 軍では、一応あやかしの侵入の対策もしてたしさ、君、毎朝来てたみたいな話もしてたけど……」
「消してるからな」
酒呑童子はあっけらかんと答えるが、あやかしが探知に引っかからないというのは軍にとって由々しき事態だ。
「ど、どうやって……?」
「暮日村の婆に言われたんだよ。熊相手にはいいけど街で出すもんじゃねえって」
富山はどうやって気配を消したか尋ねたつもりだが、酒呑童子はなぜ気配を消そうと思ったのかを答え始める。酒呑童子にとって気配を消すことは造作もない。同時に人間があやかしの気配を出すことは出来ないし、消し方を教えたところで消すものが無い。酒呑童子にとっては端的な考えだった。
「話はいいか? お前らから来ないなら──俺からいくぜ‼」
酒呑童子はぶん、と腕を振る。その瞬間、無数の酒呑童子の分身が現れるとともに突風が吹き荒れた。目も開けられないほどの向かい風が局員たちに襲い掛かる。
「上から来るぞッ」
本体である酒呑童子が宣言し局員たちが見上げると、酒呑童子の分身が金棒を富山に振り下ろした。
富山は御符を使い半透明な板状の結界を張るが、空の光を反射し極光がかった結界はすぐにヒビが入り始める。
「お前も枯賀末理と変わらねえな。捨て身だ」
「はは……枯賀さんには劣るかな」
「いい勝負じゃねえか……ただ質が違う」
「質?」
「枯賀末理は捨て身で相手を討つ。お前は捨て身で守ろうとしてんな」
酒呑童子は戦いを眺めながらほくそ笑む。その視線が、僅かに分身の後ろに向いた。
「乱戦で挟み撃ちはあぶねえ」
富山と対峙する分身の背後に福野が周り、銃を撃ちこもうとする。しかし分身は銃口を掴むと、富山に向けた。
「こういう時に、避ける、掴むかはそれぞれ個性の範囲だ。このまま銃を曲げちまうのもありだが、雑魚から戦力奪うのは気が引ける。格の低いあやかしなら目の前の獲物にしか関心がねえからどうにかなるが、野狐禅はここでパッて消えんぞ‼」
分身は富山と福野に霊力の圧をかけ停止させる。
「なら──これはどうだ」
酒呑童子めがけ水社が霊力で作った水鳥を撃ちこんでいく。水鳥は酒呑童子に接近し、弾け、蜘蛛の巣のように酒呑童子を絡めとった。
さらに酒呑童子の分身の頭上に巨大な風船が現れる。郷田の異能だ。
「なるほど、物量攻撃は嫌いじゃねえ。どんと行きたいよなぁ‼」
酒呑童子は笑みを浮かべた。一方分身は激しい波動で水社一心の水鳥や郷田の異能を霊力で圧倒する。水鳥も風船も花が散るように霧散した。水社と郷田もその影響を受け膝を崩す。
しかし──、
「人型やったら掴んで終わりや」
破れゆく風船の影から真原が分身の頭部に手を伸ばすが、分身は腕相撲をするように真原の左手を握る。
「おー、凄い力出てそうだな。あれだろ、人間ってなんか能力があるんだろ。あやかしみたいに。お前何持ってんだよ」
「そんなん敵に言うわけないやろ」
「野狐禅知ってんぞ多分。あいつ血舐めて、記憶とか見れるみたいなこと言ってたし、あいつ枯賀末理舐めたかもしんねえし」
「え」
「まぁ、知らなくとも、お前ら全員死んでるぞ、この調子じゃ」
酒呑童子は真原をそのまま踊るように富山や福野のいるほうへ投げ飛ばした。力の差に愕然としながら局員たちは酒呑童子を見上げるが、酒呑童子は飄々としていた。
「元気出せ。俺は最強だ。だから俺に負けんのは当然だよ。だからこそ俺は、俺より強いやつがどっかにいるんじゃねえかっていう、間違いを探してる」
「え……?」
富山が眉間にしわを寄せる。
「俺が最強で、それは当たり前の常識ってわけだ。俺が正解。俺より強い奴なんかどこにもいねえ。でもそればっかじゃつまんねえ。天気だって晴れだの雨だの曇りだのあんだからよ。だから俺を負かす、この世界の間違いを探してんだ。それがお前らになるかもしれねえ。根性を鍛えればな‼ へへっ」
酒呑童子は「さて、鍛えるぞ」とこぶしを握り締め朗らかに笑う。
同時に──屯所内で警報が鳴り響いた。
『緊急‼ あやかし出現‼ 緊急‼ あやかし出現‼ 強大な霊力を持つ模様‼ 退妖対実地戦闘局員は速やかに現場に急行せよ‼』




