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死なせて意味あんのか?

 伊能は自身の目論見を崩しかねない最悪の想定として、枯賀末理と野狐禅の結託について考えていた。すると野狐禅の襲撃から日が経った頃、戦闘局員の水社一心が説明にやってきたのだ。


 枯賀末理は戦闘中、自分の血を経由し野狐禅の霊力をその刀に流すことで、野狐禅の術を封じた。


 水社一心はそう言ったが、調査局の局長として、自分より階級の低い人間の言葉をうのみにすることは、個人としては問題ないが組織の人間としては許されない。


 枯賀末理が意図的にこちらを騙している可能性、潔白である可能性、そして枯賀末理本人ですら意図せず操られている可能性のすべてを並列で処理していかなくてはならない。


 そんな伊能の立場を見据えるようにして、水社一心は告げたのだ。


 ──枯賀二等兵がもし操られていたら、刺し違えます。


 迷いない宣誓が信頼か別の感情か判断する術を持たない伊能はその覚悟を認めたものとして、枯賀末理の刀を調べた。


 結果、野狐禅の霊力および、微量ながらに枯賀末理とみられる人間の霊力を捕捉した。


 伊能は枯賀末理の刀が霊力を吸うものという立証を得たとともに、新たな疑問を得た。


 元来、あやかしに食われ、殺された人々の無念や苦痛の念がそのまま、あやかしの糧となってしまい、あやかしの放つ霊力となり、最終的に人やその地を蝕む。


 しかし野狐禅の霊力は、のちに忌み地を生むようなものではなく、それこそ霊域が纏う質のもの。


 野狐禅がむやみやたらに人を殺していないのか、あやかしによって霊力に差があるのか、なんなのか──伊能は考えるも、調べるすべがなかった。


 あやかしは倒すもの。


 生きて捕らえ、万が一逃がして、一般市民に犠牲でも出したら。


 それを未来のために必要な犠牲だとは思えない。思ってしまったら最後だと、伊能に教えてくれた人がいる。


 伊能は効率に背を向け、出来ることだけに目を向けてきた。


 どんなに辛い道であろうと自分以外に犠牲を求めたら終わりだと、暗い一本道を歩みながら。


 しかし。


「貴方は、先ほどあやかしの世界を管理して、貴方より先に存在していた者について、話をしていましたよね。その者から導きを受けたりは」


「俺は、誰にも従わねえ。俺は野狐禅と違って、自分で願いをかなえる」


 目の前の、意思疎通可能なあやかしは、あやかしを観測してから誰も知りえることが出来なかった情報を、瞬く間に更新していく。


 この道を歩み続けたところで、報われる保証はないと考えていた暗い道が、急激に開けていく。


「願いとは」


「強い奴と戦うことだよ」


「それは、あやかしが皆持ってる願い……ですか?」


「いや? 会ったことねえな。っつうか、普通に喋れる奴が少ねえんだよ。元居たやつと、俺と野狐禅と、猫又。ほかにもいるかもしれねえし、探してるけどいねえな」


「なるほど。猫又は、もういないようですし、野狐禅も好戦的には見えません。大変じゃないですか?」


「まぁあいつらと戦いてえとは思わねえからな」


 酒呑童子は首をかしげる。


 やはり、同族殺しは気が引けるかと伊能は酒呑童子と話しながら計画していた案を一つ潰した。


「同じ種族ですもんね」


「いや、種族なんざ関係ねえ。俺より強くねえ相手と戦っても、何にも楽しくねえ。猫又は俺見ると逃げるし」


「貴方は野狐禅よりも強いんですか?」


「お前さっきも言っただろうが。俺は三妖士最強だ。野狐禅に負けるわけねえだろ」


「吹き飛ばされてましたけど?」


 金槌山にて、酒呑童子は野狐禅に吹き飛ばされていた。伊能の指摘に酒呑童子は「あんなんしてくるとは思わなかったんだよ」と冷静に告げる。


「予想外だったということですか?」


「ああ。あいつはあんなよく分かんねえ攻撃なんざしねえはずなんだよ。あいつならこう、ドゥルドゥルドゥル……ブワァって、フワフワ~ってさせて、気付けばあいつがいねえみたいになってんだ。うるせえなぁと思ってバン吹き飛ばしてさ、死なない程度にするのは俺のやり方だ」


「……死なない程度に吹き飛ばす? なぜ? 死なない程度なんですか? なんの意味が」


「あ? 死なせて意味あんのか?」


 酒呑童子は怒りを滲ませながら伊能を見返す。


 伊能は酒呑童子を見返した。その瞳に嘘がないか神経を集中させながら、この場に水社一心がいないことに安堵した。


 調査局で人を前に交渉を行い、組織戦略の計算をし、やりたいことからは離れていく。全ては伊能の理想の為だが、いっそのこと全て忘れて何もかも破壊してしまえばと過る瞬間は少なくない。


 それが出来る手段を、伊能は持っている。それを周囲に知らしめることには権威で人々を屈服させるのと変わらない。伊能が最も忌むのが強者の権威誇示だ。にもかかわらず自らの手の内を明かしていたのは警告だった。


 もしも、だったら。


 もしも、自分の気に入らない人間全員死んでくれる世界だったら。


 そういうことを願う人間です。危険な人間ですと伝えておく。もう言ったからそれ以上の責任は取らない。だからどうか自分に構わないでください。


 一方で、暗い道の先に、確かに今までそこを歩いていた意味があったのだと欲しかった。


「死なせて、意味、ないんですか」


 伊能は確かめる為だけに酒呑童子に問う。


「意味ないだろ。つうか、死んだら戦えねえ、そいつが強くなる可能性まで潰しちまう。雑魚殺すことに価意味なんざあってたまっかよ」


 酒呑童子は伊能を睨み返す。


「なるほど……貴重なお話をありがとうございました。大変恐れ入りますが、あやかしの世界に行くことは、現在、軍のほうでも調査中です。お出しできる情報は無いと思います」


「んだよ」


 酒呑童子は眉間にしわを寄せ、出ていこうとする。伊能は「でも」と続けた。


「上層部が把握している情報があるかもしれません。その確認をするので、しばらくの間、屯所にいて頂けませんか」


「あ?」


「強い奴、と戦いたいんですよね?」


 伊能は前を見据え、表情を消すことに努める。


「まぁな」


「なら、こちらの局員はいかがですか」


 伊能は富山たちを示す。しかし酒呑童子はじっと値踏みするように部屋にいる人間を見渡すと、首をひねった。


「戦いたかねえなぁ」


「でも、彼らも枯賀さんを助けに行きたいと思ってるんですよ。軍であやかしの世界に向かう方法を見つけたとしても、彼らの同行無しに、貴方に伝えることはできません」


「雑魚なんか連れてけるかよ。あやかしの世界はなぁ……あやかしがいんだぞ」


 酒呑童子が改めて言う。


 あやかしの世界にあやかしがいる。


 それは周知の事実だ。


「危険だろうが、他人の明日の為に戦うのが帝都退妖軍。その他人は、同じ軍人の枯賀も該当する」


 声の主に伊能は振り向く。管理局員たちの後方から、二人の人影が現れた。一人は戦闘局の郷田だ。


「誰だお前」


 酒呑童子はもう一人の人影を射貫く。


「帝都退妖軍退妖対実地戦闘局少尉、水社一心だ」



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― 新着の感想 ―
 「──枯賀二等兵がもし操られていたら、刺し違えます。」一心ぐん!! 「 元来、あやかしに食われ、殺された人々の〜伊能は考えるも、調べるすべがなかった。」枯賀父女は人数少なかったからあんまり影響なかっ…
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