とびこみ酒呑童子
酒呑童子が管理局に現われ、真原と富山はあやかしである酒呑童子に背を向けながら声を潜め会話をしていた。
「これで、ほんまにええんです? あやかしですよね、強力な」
「人型、だしね……」
酒呑童子は現在、二人の後ろで空の木箱の上にどっかりと座っている。従来、帝都退妖軍各局の本部は、来客用のソファやローテーブル、いくつかの調度品が揃っているが管理局にはない。
管理局は、軍内部の武具・装具を管理する。
相手にするのは軍人だ。軍人が椅子に座って管理局と歓談するようなことはない。管理局に用があっても、出入り口そばで簡単に一言二言を発しやりとりが終わる。外部からの来客を相手にする機会自体なく、家具の予算は悉く削られていた。
いつか来客が来た時に困るのではないか。
管理局員の身内がやってきたら。
過去真原は訴えたが、そう言う真原の身内が軍に訪れることはない。
富山も自身の娘を男ばかりの職場に近づけたいとは思わない。
福野は家族そのものに距離を置いている。
結局のところ、来客用家具について誰も積極的に動かなかった。
三人がそれを悔いたのは、枯賀末理の姉、枯賀花宵がやって来てからだ。
座る椅子がなく立ち話に終わった。枯賀末姉妹が管理局を後にして、今後のこともあり、おいおい揃えていこうと三人で話をした矢先──枯賀末理が野狐禅に連れ去られたのだ。
それから、誰も来客用家具に関して触れない日々が続いたが──こうして予期せぬ来訪者が現れた。
富山と真原はとりあえず調査局長の伊能を呼んでくるよう福野に指示を出し、二人で酒呑童子を相手にすることにした。酒呑童子は現在戦う気はないようだが、こういう状況を意図せずひっくり返すのが、発言の読めない福野である。同時に枯賀末理の消息を知っているかもしれず、普段、調査局の管轄として尋問を行う伊能を呼ぶことにしたのだ。
酒呑童子の座る椅子がなく──木箱を用意しながら。
「早速で悪いけどよ、あやかしの世界の行き方知らねえ?」
「え……」
酒呑童子言葉に、真原が目を丸くした。
「あ、あやかしの世界て……あやかししか行けないもんちゃいますの?」
「行けねえんだよな。野狐禅がさぁ、雑魚……枯賀末理連れ去っただろ、修行中だったし、大事な話してたとこだったんだよ。だからさっさと連れ戻してえのにさ、行けねえからさ」
ダンダン、と酒呑童子は子供が駄々をこねるように足を鳴らす。
「毎朝してたんだよ。稽古をよお。お前ら軍人のねぐら、全部同じだろ扉。だから、毎朝、ひとつひとつ丁寧に開けてよお、こうやって、枯賀末理いねえ、枯賀末理ここか、いねえ‼ って」
酒呑童子は扉を開くそぶりをする。しかしその動作に、閉じる所作は含まれていない。
「扉、全開なん……建付けやのうてこいつやないですか」
真原は酒呑童子に聞かれぬよう声を潜めながら富山に問う。
富山は小さく頷いた。
「だんだんこう……あいつもさぁ、捨て身の馬鹿みてえな戦い方から、躱すということを覚え、俺は感動して……あいつ、初めて会ったころ……あんな雑魚のくせに、自分より大きい雑魚相手にしようとしててさ、おもしれえなと思ってさぁ……戦うのが一番いいけどよ、こうやって雑魚育てんのも悪かねえかなぁなんて思ってたら、連れ去られちまって……クソ……野狐禅……ぜってえ許さねえ」
酒呑童子はダンッと自分の膝を拳で殴りつけた。
その様子に真原も富山も戸惑う。
目の前のあやかしは、強力なはず。音も立てず気配も察知させず、管理局までやってきた。野狐禅のように従来どんなやかしも屯所内に侵入があれば警報が鳴る。
しかし酒呑童子は霊力を一切発さず現れた。姿こそ人間だが、人ならざる者ということが体感で分かる。二人はそれぞれ、皇龍清明を連想した。
高貴な雰囲気を纏い他者を寄せ付けない風格を滲ませる皇龍清明に対し、目の前の異端は大幅に庶民じみているが。
「ここさあ、武器とかあんだろ? あやかしの世界に行く道具みたいなの無いか? 借りたいんだよ」
「え」
真原は言葉にならない声を漏らす。酒呑童子はあやかしの世界に行けないのか。酒呑童子はあやかしではないのか。疑問を抱くが訊ねる前に酒呑童子はどんどん喋り出す。
「お前ら軍人、あやかしと戦うだろ、なんか知ってんじゃねえかと思ってよ」
「いや……そんなん言われても、あ、あやかしの世界て、あるんですか……ね?」
「あるある。あ、お前ら知らねえのか?」
「あ、はい」
「あるぞ。野狐禅に吹き飛ばされてから何でか行けなくなっちまったけどよ。こんだけ行けねえってことは、野狐禅、枯賀末理をあやかしの世界に持って帰ってんだよ。俺はかしこいから分かる」
「その……こちらも、枯賀さんを探してて、あやかしの世界に行く方法というか、枯賀さんがいるところに行きたいと考えていて」
富山が酒呑童子の様子をうかがう。酒呑童子は「お前ら枯賀末理と仲良しか」と、まるで人間が世間話をするかのように問う。
「あの、同じ局……同じ場所で働いていて」
「じゃああいつ、軍で武器扱う所で働いてんのか。へー知らなかった。なるほど、だから霊力回路がぶっ壊れても軍人になれたのか。なるほどなるほど、分かったわかった」
酒呑童子はひとりでに頷く。
「え、霊力回路が、壊れてる?」
富山が表情を険しくする。酒呑童子は「あぁお前ら、雑魚だから分かんねえか」とあっけらかんと返す。
「あいつバカだからよ、霊力無理やり捨てちまってみたいでさ、挙句の果てに、多分どっかから霊力供給されそうになったのを、うるせえって拒否して、ぶっ壊した感じあるんだよ。多分、3……4年くらい前だなありゃ、生まれつきの感じじゃねえし最近でもねえ」
「4年前って、水社に引き取られてすぐやないですか、書類にあった」
真原が富山に耳打ちする。富山は静かに頷いた。
「ああ~くそ、こんなことになるならさっさとあやかしにしときゃよかった。野狐禅の奴、枯賀末理殺してたら、許せる許せないじゃねえぞ……本当によお」
酒呑童子は自分の頭をわしゃわしゃとかきむしった後、瞳孔を開いたような目つきで一点を見つめた。その鬼気迫る表情に富山も真原も息を呑む。
「生きててくんねえかなあ……」
しかし次に紡がれた言葉は切実で、富山と真原は顔を見合わせた。




