残された管理局
帝都退妖軍退妖武具・装具管理局。
室内では、管理局・局長の富山と局員の真原、真原が他局から依頼されていた武具の修理をそれぞれ行っていた。
「水社少尉、あかんのちゃいますか」
真原が呟くと、先ほどから修理を中断し書類に目を通していた富山の手が止まる。
沈黙が続き、「僕に言ってる?」と富山は顔を上げた。
「水社少尉は相模局長の管轄ですからねえ、相模局長と付き合い長いんが局長やから」
「いや……戦闘局にいたころ、上にいただけだし。相模くんと付き合い長いのは伊能くんだしね」
「でも僕と福野よりはあるでしょう。なんか聞いとらんのですか、様子でも、枯賀の……情報でも」
管理局・局員の枯賀末理が連れ去られ半月。
調査局の調査は続いていたが、その甲斐も空しく続報も進展もないままだった。
「あったら言ってる」
富山は枯賀末理の座っていた座席を見る。
四月に女性局員で気を遣うだろうと離れ小島のような位置にして、その後、局員全員がきちんとまとまるよう整えたが──座席そのものを撤去することになる結末を想定せざるをえない状態になってしまった。
「僕らが出来ることは、現状、武具・装具の修理だよ」
「それはそうですけどねぇ、局長、なんか変なことされてません?」
「……」
「式神召喚の札の消耗が激しいんですわ。在庫見たらあんだけ邪魔やった札がほぼ空んなっててなぁ」
真原の追及に富山は視線を逸らす。
富山は式神を召喚する異能を持つ。霊力と札さえあれば、その札をそのまま動かすような式の術を使えるが、完全に異形のものを生み出す異能は極めて稀だ。何より、富山の異能は身体強化、血筋もそうであったが、軍に入り道半ばで異能が変質した。
式が全て、式神らしきものに変わる。
神との深い絆を持ち、札を通じて神を呼びだせる人間はいるが、それはもはや神の使いだ。一介の軍人が為せることではない。ゆえに富山の召喚する式神は、公的な書類上「式神に酷似した」「式神のような異形」と称される。
式神ではないから。
かつての仲間を異形にして呼んでしまっているから。
異能の変質の自覚および、かつての仲間を召喚したのは、伊能と相模と共にあやかし討伐に出て、窮地に陥った時だ。
伊能と相模だけでも逃がそうと札を手にして──子供が好みそうな虎が現れた。
かつての仲間が、富山の娘をあやして描いた絵と同じ虎だ。
その虎はかつての仲間と同じ異能を用いた。
霊力は仲間のもの。
助けに来てくれたと思ったのは最初だけ、まさかと思い召喚を繰り返し、かつての仲間をほうふつとさせる異形たちを前に、富山は気付いた。
今自分は自分の異能を確かめるためにあやかしを召喚しているのか。
かつての仲間と会いたさに召喚しているのか。
どちらか自分では、一切分からないということに。
以降、富山は自分の異能と距離を置くようになった。式を操れない軍人として落ちぶれていく道を選んだ。それらを後押しするように進退の話が出て逃げるように管理局にやってきた。
戦うための戦闘局で、異能を満足に発揮できない自分は邪魔。
異能を使う時、本当に異能が必要で使っているのか、仲間が恋しくてか分からない。
人が死んだら、あの世に向かう。なのに自分の執着で引き止めたくない。
それに仲間を見送ることも、自分より若い人間が死んでいくのを見るのも限界だった。
出世したくないわけではない。ある程度の地位は欲しい。
男社会をより濃くした上下優劣の激しい、執拗に男らしさを求められる時代、戦闘局・局長というのはまさしく花形の代表だった。男なら誰しも憧れ、この国のどんな創作の小説でも登場する、男としての象徴名誉職。
それが富山には途方もなく重かった。
男らしくがなければ相手にすらされない。ないがしろにされていい無能になれば、もうどうにもならない。これが出来ればあれが出来ると求められ一つできなければ全て無かったことにされかねない、
その中で、求められる正しい男らしさとは対極の、未練がましい異能を得た。
仲間の死を引きずり、世の理を捻じ曲げてしまう。
富山は自分の異能を受け入れられなかった。
それでも仕事で使う時は使う。
中途半端さを自覚しながら、富山は周囲に自分の呼び出すものがなんたるかを言わなかったが、枯賀末理には話をした。
異能に触れる以上、必要だと感じたからだ。
助けたかったが、言葉が見つからず自己開示に逃げたともいえる。
手ごたえはまるで感じなかったが、これからがあると信じていた席に、今は誰も座っていない。
死者に干渉する力を、野狐禅は狙っている。
輝宮寺を召喚することは、おそらく無理だった。式神で召喚できるのは十二種のみ。葬式に出た回数は倍以上ある。富山の狙いはあやかし世界の干渉だ。暮日村には言い伝えがあり、あの世とこの世を繋ぐとされている。あの世は天国と地獄に分かれ、あやかしは地獄の世界からやってくると民間人は考えているが、実際のところあやかしの世界がどんなものか、どこにあるかはさっぱり分かっていない。この世界のどこかにあるのか、天国と地獄のように、どこか別の世界が存在して、そこがあやかしの世界になっているのか、富山は分からないながら自身の異能を利用し、あやかし世界に繋げないかと試行錯誤していた。
効果はない。
「金槌山ででかい鶏みたいなんが出たて、地域部に通報あったらしいんすわ」
「娘もいるし、身体を壊さない程度にはしてるよ」
「せやけど、局長死んだら娘さんにたんまり手当てが出るでしょ。ましてや局長階級なら娘さん、かなりの贅沢出来るんちゃいますか」
「詳しいね」
「盆暮れ正月めちゃめちゃ聞かれますからねえ、今年手当の増額あったんかって」
「ああ」
真原は軽く話すが、富山は相槌がうてなかった。
局員が死んだとき、遺族に手当てが出る。それ目当てで身内を軍に入れるものもいる。
「そんなもんですわ、まぁ、枯賀の家いうか、水社少尉の家は、違うでしょうけど、お姉さんとかもちゃうやろうし」
「お姉さん、異能が無いんだよね。霊力も。ずっと暮日村で奉公してたなら、余計、なんにもできないって思っちゃうかもね」
「まぁ、そこは、水社家の奥様がなんとかするでしょ。あん人、西でも有名でしたからね。問題は水社少尉ですわ。ああいう真面目そうなんが、いっちゃん、ぷっつーんいった時、危ないですやん。心一気に壊せんで、身体も丈夫なほうで、いける思うてたらある日突然なりますよ、ああいう子」
ある日突然。
富山には身に覚えがある。
軍に勤めていると、ある日突然、自分の心がこれまで以上に思うようにいかない人間が出てくる。そうならないよう環境や構造を思案するのが上司だと考えやってきた。
でも、それは同時に自分の振る舞いが相手の決定打になる恐怖と戦わなければいけないということだ。物事すべてが上手くいくわけではない。富山は他人の人生の害になりたくない。だから黙って、枯賀末理の救助方法を模索していた。
「まぁね、でも、そういうのは相模くんがいるし」
「相模局長いてはりますけど、富山局長が身体わぁてやったら拍車かけますからねえ、水社少尉、局長倒れてしもたわ……せやって」
「なんで僕が、同じ局でもないのに」
富山は静かに狼狽える。
「なんでとかないんですよ。人間おかしなるのなんか一瞬ですよ。それに、枯賀がそういう奴ですからね。僕らんことも、あんまり知らんなかで、刀バキバキに折ってたり、突拍子もないことしたでしょ、前にも言いましたけど、猫又ん時も酷かったんですから、僕の前に出て、庇うみたいにガンガン猫又と距離詰めて」
女学園で真原と枯賀末理が猫又に対峙した事件。
真原から、枯賀末理が刀と対峙した時と同じく猫又を前にして単独行動に出たと報告があった。
「猫又出たとき、ちらっと僕んこと見たんですわ。枯賀。猫又ぶっ殺してやろうって目つきもあったけど、僕んことも気遣うてた。そういう心を、水社少尉は読んでる可能性がある。僕んこと気にしてんのやったら、局長なんかもそうでしょ。それに、とんでもない顔してましたよ、枯賀」
「え」
「野狐禅が軍に来た時あったでしょ、警報がガンガン鳴って、局長が札ばあんやって、ぶっ倒れたとき、あん時、枯賀、傷ついてましたからね、水社少尉が枯賀のこと見てる顔からして、堪えてんねやろなって。自分がいっつもやってることやんかて、ちょっと思いましたけど」
枯賀末理は一言もしゃべらない。ゆえに扱いづらさ、意思疎通の難しさは、たびたび感じていた。しかし軍の中には、元からの体質、あやかしの呪い、植物の毒にやられて、何かしら身体に抱えている人間も多い。枯賀末理は自主選択かつ異能の範疇であるとあったが、どれほどか分からなかった。
それに、枯賀末理は感情が表情に出ない。今でこそ身振り手振りは大きく行うが、顔は常に真顔、初期に至っては気を遣っていたのか身振り手振りが控えめで、作業に支障はないまでも、何を考えているかはさっぱり分からなかった。
枯賀末理以外管理局員は全員男、自負の強い枯賀家の人間だったこともあり、局内では、仕事以外で関わらないことが正解としていた時期もある。
それを打開したのが、水社一心だった。
水社一心が大きな声で枯賀末理に反応する。
枯賀末理の心を読みそれに返事をする水社一心の言葉で、枯賀末理の人物像を推察、把握の助けになっていた。
「合同演習の時も、枯賀、飛び込んでいこうとしてましたよ。こっち巻き込まないように、気遣いつつ」
福野が呟いた。「でもまぁ死なないと思いますけどね」と、平然と続けた。
「死なないて、なにを根拠に、あやかしの世界連れていかれてるかもしれへんのに」
「だって、まだあやかし出るじゃないですか」
福野はいつも通りの口調で空席を眺める。
「枯賀執着してんの、お姉さんと水社少尉だし、軍に入ったのって二人の為なら、あやかしのこと気に食わないわけで、二人を守るために死ぬことはあっても、二人置いたまま死なないと思うんですよね、あやかし置いたまま」
「な、なに? 何が言いたいん?」
真原が怪訝な顔で福野を見た。福野は怪訝な顔で見返す。
「いや普通に考えて、あやかしの世界で枯賀が死ぬ時って、あやかしがこっち来ないようにして死ぬ、みたいな感じでしょ、枯賀死んでたり危なかったら、多分あやかしの出現率に変化が起きるから」
「なんでお前そんな言い切っとるん。なんか知っとんのんか」
「いや普通に考えて」
「普通てなんやねん。あんま言いたないけど、お前が一番普通から遠いで」
「はっ、いや、真原さんより普通ですよ俺」
福野は真原の言葉を軽く笑い、取り合わずに首を傾げた。
「お前、前から思うてたけど僕んことちょっとあれやろ、下に見とらん?」
「それは被害妄想」
「被害妄想て出る時点で下やろ。上に見てる人間にそないなこと言えへんやろ」
「枯賀は言うと思いますけどね。見つけたら聞いてみたらいい」
「どこにおるかもわからんのに」
「帰ってきますよ。お姉さんと水社少尉がほったらかし状態なんですから。あやかし出なくなったとか、出没が減ったとかなら、危ないですけど、出没件数、例年通りだし、見てないんですか」
「その根拠はどこに来んねん」
「いや、だから……普通に、半年いたら、分かるでしょ」
「分かるて……お前心配みたいな気持ち、ある?」
「心配はしてますけどね、普通に」
「とてもそうは見えへんけどな」
「なんか……動物見て、癒されようって気は起きないし……行き方見つかったらすぐ行かなきゃいけないし、気忙しいというか……」
福野は自分の座席に並べている動物の置物をぼんやり眺めた。
「でもほら、捨て身やめろみたいなのは、わぁわぁ水社少尉も言ってたし、真原さんも怒ってたし、俺も言ったし、富山局長も注意して……もうそろそろ届いてそうな気がするっていうか」
「……」
真原は答えず、福野を見ている。福野は椅子の背もたれに身を預けながら置物に視線を外した。
「黙ってるから分かりづらいだけだと思います。水社少尉と枯賀のやり取りからして、こっちの話、理解してないわけじゃなさそうなんですよね」
福野は自分の二の腕をさすりながら言う。
「だから普通に、俺はあれこれするより、向こうが少しでも動くことがあればすぐ行けるようにってしてるだけです。あれこれ試行錯誤するのは、調査局とか、水社少尉もするでしょうしね。分担。全員動いたら、枯賀帰ってきたとき、がらんどうだし」
「お前なぁ」
真原が福野に呆れかけた矢先、真原は富山が一点を見つめていることに気付いた。
その視線の先を辿ると──
「辛気くせえ部屋だな。天井ぶち抜いてやろうか? 風通りも悪いし、ババアに聞いたことあるぞ、換気しねえとカビて腐るって、雑魚なんか死んじまうだろすぐ」
うっすらと色づく肌に、すらっとした屈強な肉体。
真っ赤に染まった夕焼けの終焉を思わせる赤煉瓦色の髪。
目つきは鋭くやや切れ長の好戦的な印象を受ける吊り目だ。
上半身の急所を全て露にするような衣装により、胸筋と腹筋に影が落ちているのがはっきりとわかる。王の威圧を感じさせるが、霊力はひとかけらも発していない。
「酒呑童子……」
突如管理局に現われた存在は、枯賀末理が野狐禅により連れ去られる際、野狐禅の攻撃により吹き飛ばされ、消息が掴めなくなっていたあやかしの姿と酷似している。ただし、角がない。
しかしながら、音もたてず誰にも気配を察知させず、軍人を伴うことなく管理局まで降りて来ることができる部外者など、ほぼ存在しない。
富山の恐る恐るの呼びかけに、予期せぬ来訪者は頷いた。
「おう、俺のこと知ってんのか、なら話早いな、良かった良かった」
それはそれは軽々と、気安い調子で。




