野狐禅のお仕置き
輝宮寺を生き返らせたいという動機は理解できるが──その動機をドブ煮込みが利用する可能性も否定できない。野狐禅の思惑がどこまでドブ煮込みに絡んでいるか分からない以上、協力も出来ない。
私は刀の刃に手を当てながら構えた。
「また同じことをするつもり? 芸が無いのね」
野狐禅は挑発的な笑みを浮かべ、自分の顎を人差し指でゆっくりとなぞる。一瞬にして霊力の圧がかかった。全身が見えない風圧で押さえつけられるが、威嚇目的で威力を制限してるのか、地に伏せることはない。以前野狐禅が同じ攻撃をしてきたとき、刀に自分の血を吸わせることで野狐禅の霊力を受け流し、金縛りから逃れた。
同じこと、はこっちの台詞だ。
私は刀に野狐禅の霊力を吸わせ、金縛りを解いた。
「じっとしていてくれたらよかったのに。ここがあやかしの世界であることは、もう分かっているでしょう? 時が来るまで、箱の中でじっとしている以外に、貴女が出来ることはない」
残念ながら、私は待つのが大嫌い。
前世の死因も見ただろうに。私は見返すと、ある程度、態度で意思が通じたのか、野狐禅は笑みを深めた。
「少しお仕置きが必要みたいね」
ふわっと野狐禅の背から九尾の尾が現れた。
野狐禅の身の丈を越すほどに巨大化したかと思えば、こちらに迫ってくる。
私は縁側から庭に飛び降りた。思えば、靴は帝都退妖軍の支給ブーツのままだ。
「よそ見をしている暇なんてある?」
野狐禅は自らの尾をこちらに振り下ろした。鋼鉄の落下音が響いた。蠢く尻尾は見た目こそふわふわしているが、任意のタイミングで硬化するらしい。最悪仕様だ。
尻尾だけがタコの足のように縦横無尽に暴れまわり、こちらに迫ってくる。
一方で野狐禅は縁側に立ち、私を眺めるだけだ。
千年桜は恋と咲くで、野狐禅の戦闘場面はほとんどない。基本的に心理操作・支配が多く、雑魚の召喚もしくは自分が攻撃するにせよ霊力を当てる遠隔攻撃がメイン。こんな尻尾打撃なんてほとんどなかった。
私は野狐禅の尻尾を刀で受け止める。ガキンッと動物のものとは思えぬ音と共に、岩石を打つ感触を覚える。刀で傷をつけるどころかへし折られるのが先だ。
私はすぐに飛びのき、攻撃の受け流しに転じる。
野狐禅は九尾でこちらを翻弄しながら、霊力を込めた球体の波動を放つ。
戦い方がドブ煮込みに似てる。
あいつも最終決戦で訳の分からないトンチンカン触手で攻撃しながら、霊力の波動を流星群みたいに降らしていた。
「前はこっちへ来てくれたのに酒呑童子の入れ知恵かしら。戦い方が変わってしまって……とても残念」
酒呑童子の稽古の成果──捨て身戦法の排除だ。
──捨て身は技じゃない。お前にはちゃんと捨て身以外の技があるはずだ。それを見つけず捨て身に逃げるのは雑魚の怠慢‼ 根性で見つけるぞ‼
──お前は、捨て身わけわかんねえ戦い方するから、隙見つけて最大火力でどうにかできる奴がいたら、いけなくもねえな。まぁ捨て身は技じゃねえけどな。ただお前が、ずーっとド根性で猫又の攻撃躱すだけでも勝てたはずだし、特に力で叩き潰す奴は、一発どうにもできなかったときが危ない、お前が捨て身で死んでたら、そいつが一発外した瞬間にそいつも死ぬぜ。
その通りだ。猫又の時、私は猫又に攻撃をかわされた。そして傍にいた真原さんに危機が訪れた。
──気が先走りすぎているね。相手を倒そうという気持ちは大事だけど、隙が多い。それじゃあ捨て身だ。最後の攻撃ならまだしも、最初からその戦法はいけない。
──打ち負かそうと思わなくていい。むしろ、勝とうと思うと勝てなくなる。論理と同じだ。結局のところ目先の勝ち負けはどうでもいいんだ。最終的な目的を果たせれば何でもいい。見るのは必ず、勝ち負けのその先。そうすれば──大切なものは、自然とその手に収まっている。
軍に入る前、水社一心の父親に、注意されていたのに。
勝ち負けのその先。
鵺に勝った後の、その先。
──お前のまわりの人間は、そんなこと思わないよ。お前が捨て身で行くのを、戦略的だな、効率的だな、合理的だななんて思わない。今、お前が富山局長に感じている想いと、多分同じことを想うよ。管理局の人たちや、お前のお姉様が、みんなを守りたいって想う、優しい人たちなら。
相変わらず、記憶の中の水社一心の言葉はうるさい。
そして、私が勝手な行動をするたびに怒っていた富山局長や福野さんや真原さん、私を心配そうに見る水社家やお姉様の顔がよぎる。
──冬に、帰ってきて、くれる?
お姉様の震え声。
返事は出来なかった。
出来ない約束はしたくない。嘘になる。
ただお姉様の望みを叶えることが、私のすべてでもある。
待ちながら、未来を見ればいいんだろ、水社一心め。
私は野狐禅に刀を向ける。
そして──その場から逃亡した。
◇◇◇
私は野狐禅から逃げた。
逃亡を覚えたのだ。先を見据えた一時撤退。
管理局の面々や水社一心にこの成果を見せたいところだが、そのためにはここを脱出しなくてはならない。しかしその方法は分からない。あやかしの世界にいるうちに鵺の倒し方、倒せないなら留め方を探すか、ドブ煮込みが酒呑童子を乗っ取るときに使った呪具の破壊など、ここにいないと出来ないことをしておきたい。
呪具の形状は、黒の半面のマスクだ。口を覆い隠す形状になっている。それがつけられた酒呑童子が登場した時、「ビジュ良すぎる」と話題になっていたが、死因になったので酒呑童子退場回では静まり返った。
効果は洗脳。相手を意のままに操る。
呪具は自然発生ではなく、ドブ煮込みが生み出したものだ。
考えたくもないが、ドブ煮込みはお姉様につける気だったのだろう。
あやかし封じではなく、三百年前のお姉様の霊力も何もかも支配する前提で設計されているので、酒呑童子が支配を打ち破ることは出来なかった。皇龍清明様が傷をつけ、覚醒お姉様が浄化したことで支配力に隙が生まれ、そこを手掛かりに酒呑童子が……ド根性で撃ち破ったわけだが、魂への損傷も激しかった。
そのため酒呑童子は、支配の面により命を失うのではなく、皇龍清明様に敗れる死を選んだのだ。
そのマスクを、潰しておく。あれは三百年かけて作ったものなので、そうやすやすと複製は出来ない。実際、登場も一回キリだった。今壊しても次に出来るのは三百年後。その前にドブ煮込みは皇龍清明様が倒す──はず。
そのマスクだが、置いてある部屋の内装は知ってる。あやかし世界のどこか……多分中心にあるドブ煮込み大寝殿の一画だ。内装だけ知ってる。コミカライズで見たから。内装だけ。
ここからの行き方はサッパリわからないけど。
こうして野狐禅の謎屋敷から出てきたのはいいものの、辺り一面、黒い木々に覆われている。
空の上は赤い月。
方角はサッパリわからない。
もう、ここはド根性だ。
ド根性です。
私はひとまず真っすぐ向かおうとするが……、
ガシッと刀の鞘に進行方向を塞がれた。
鞘はくるくるとバトンのように回転し、私の右を差す。
道案内のつもりだろうか。
この刀、私の心を読んでる?
まぁいいや。言うことを聞こう。今まで霊力吸ってると濡れ衣着せてたわけだし。
今別に、誰かが傍にいるわけじゃないし、裏切られても、そこまで大問題じゃない。自業自得で済む。
そう思っていれば刀の鞘が勝手に動き、肩を突こうとしてきた。なんだこの暴力刀。
私は鞘を鷲掴みにし、無理やり刀を納めつつ、鞘の示していた方向へ歩みを進めていった。




