全部水社一心のせいだ
図らずとも昏睡状態に陥り無言を続け、温存し続けた言霊およびこの命をかければ、鵺は倒せる。
そうすれば水社一心は死なない。
それにただ水社一心だけを助けるだけじゃないのだ。
私が鵺を焼き殺すことは。
鵺はあらゆるあやかしの失敗作の複合体。
その屍は、数多の呪いと怨嗟に塗れている。
皇龍清明様のドラゴニックファイナルクラッシュは鵺を一撃で殺せるが、その呪いや怨嗟ごと葬る威力を出すには、民家が近すぎる。そのため、威力を調整せざるをえず……港は甚大な被害を受け、最終巻近くまで閉鎖された。
その間、港で働く人間や近くに住む人間がどうなったかは描写されなかったが……輝宮寺が舶来品の事業をしていたところを見るに、透明化されていただけで被害者は大勢いたはずだ。
だから、私もろとも焼き尽くす。
それが正しい。
それが最適解。
それが最も効率が良く、結果を生む。
軍に入ったのだって、皇龍清明様との接点形成や、強くなりたいからというのも勿論あるけど、すぐ港に行けるようにするためだ。水社家にいると港に行こうとした時点で止められそうだし。
だから管理局の人たちと交流する気もなかった。仲良くなれたとしても、どうせ私は冬に死ぬ。相手の心の傷になりたくない。
なのにまぁ、水社一心たるや、軍まで追いかけてきて。
そのせいで、嫌でも自分の死について考えられなかった。前の人生は死ぬことばかり考えていたのに。目の前のことに集中してないと、水社一心にバレてしまうから。
冬を、越えたら。
先のことを考えるのが、怖い。
起きもしてない不幸を考えるのは得意だけど、未来を考えることが怖い。
これで、生きることに前向きになった瞬間、それまで死にたいと思ってた分の罰が下るんじゃないか。そんな気がしていた矢先だった。こうして野狐禅に攫われたのは。
死ぬことを夢見ていた。
生きていることが怖かった。
生きようと思うことが、今は怖い。
生きたいと願った瞬間、途方もない不幸が降り注いでくる気がして。
死にたいと俯いていたほうが幸せだったと思うような出来事が起きる気がして。
お姉様のことが大切なのに、お姉様の為に死ぬ名誉とか言えなくなってしまった。
姉不幸な気がするけど水社一心が「お前が死ぬほうが不幸だろうが」とすぐ突っ込んできそう。
あいつも私の思考パターンが読めるのだろうが、私のほうも、小説で読んでるからとか関係なく、あいつの思考パターンに察しが付く。
あいつは、私の思考を読んでリアルタイムで返事をし続けた。膨大な会話記録が残ってる。
私には心が読めないので、全部は当然無理だろうけど、察しが付く。
それに言葉を交わさずとも、想像できるものもある。
お姉様の幸せだ。
正直、今でも幸せだろうと思う。そう思うと、皇龍清明様の存在を否定するようで、複雑だけど。
ずっと悩んでいた。皇龍清明様とお姉様が会えない問題について。
ファンの感情として、皇龍清明様がお姉様に会えないのは可哀そう。
利便性として、お姉様は色々ヒロイン補正で危ない目に遭うので、皇龍清明様に守ってほしい。
でも皇龍清明様に会わなければ、お姉様は覚醒せずに済む。
覚醒しなければドブ煮込みに追われない。
物語で不幸になる、本来お姉様や皇龍清明様に助けられる人々を見捨てたくない。
でも皇龍清明様やお姉様に、人々を救うことを強いることは嫌。
なら、私がするにしても、能力が足りない。
本来お姉様や皇龍清明様が助ける人を、私が助ける。
ドブ煮込みを私が倒す。
そこまで私は強くなれない。限界があるのだ。能力的にも時間的にも。
水社一心を助けるために、鵺を倒すから。
鵺を倒したとき、もう私は、そこにいない。未来にいない。
決めていたはずのことなのに、ここ最近、計算がうまくいかなかった。その終わりに至るまでの計算が。
お姉様と皇龍清明様の接点づくりに勤しむけど、お姉様を屯所に呼ばなかったのはそういう理由だ。
何をどう考えてもドブ煮込みが邪魔だが、ドブ煮込みを打ち倒す力が私には無い。
出来ないと決めつけるべきではなないと人は言うけれど、出来ないものもある。
一人一人の人生には、これですと与えられたカードがあって、そのカードでなんとかやりくりするものであって、他人のカードを奪うことはできないし、自分のカードを変えることは出来ない。
無理にやって、本来持っているカードまで捨てたくない。
私一人では、限界がある。
鵺を焼き尽くすのが、私の持ちうる手札すべてを使い切って出来る、最大限の、最大多数の幸福を守る最善手だ。
──根性でどうにもできなかったら、どうにかできる方法を考えろ‼ 無理だと思って諦めて死のうとしたり捨てるのは根性が足りねえ‼
鬱々としていると、酒呑童子の言葉が脳裏をよぎった。
根性。
根性論なんて大嫌いだし、それで何人死人出してるんだと思えど……「酒呑童子の根性論」は。一考の余地があるかもしれない。
あやかしになるのも……そうなるとアリだろうか。
いやでもお姉様が悲しみそうだし、水社家も捕まりかねない。
そもそも酒呑童子は持ってるカードも最強クラスにド根性努力カルト、戦いさえできればいいバトルジャン鬼。あいつがこちら側に来てくれればいいのに。なんで私があやかし側に行かなきゃいけないんだ。
そこまで考えてハッとした。
酒呑童子、鵺倒せるのでは?
多分、いや確実に倒せる。
でも倒してくださいって頼むと「根性が足りない」で拒否される。
普通に私がこの刀で鵺と戦えば、酒呑童子は加勢するのでは。
でも私がそこで死にかければ酒呑童子は私をあやかしにしてくるだろう。
というか皇龍清明様だって、人間世界でドラゴニックファイナルクラッシュを放つと、人間と民家のダメージが大きすぎるけど、あやかし世界ならノーダメージでは。
皇龍清明様がこの世界に来る……。
無理だ。皇龍清明様にはその力が無い。そんな力があればドブ煮込みを殺しに来ない理由が無いので、そういう設定は徹底されている。皇龍清明様はあやかしの世界への行き方を知らないし、三百年前の恋敵ことドブ煮込みがあやかしの祖であることも、三百年前のお姉様の死因が事故ではなくドブ煮込みであることも知らない。物語の終盤にドブ煮込みが招いて、皇龍清明様はあやかしの地を踏むのだ。
ともすれば、水社一心が来る前に異能を使わず鵺を倒すか、鵺を何かで封印するとか。
それか──ドブ煮込みが酒呑童子を乗っ取るときに使った呪具を破壊するとか。
せっかくあやかしの世界に来たわけだし、助けを待ちつつ、あやかしの世界でしか出来ないことを探す。
悪趣味雛飾り部屋を出ると──、
「お姉さんと違ってずいぶんお転婆ね」
廊下に野狐禅が立っていた。




