水社一心の正規の死因
鵺というのは、本来、顔は猿、胴は狸、四肢は虎、尻尾は蛇というアニマルキメラだ。
千年桜は恋と咲くにおいて、強力な人型あやかしの元ネタはみんな妖怪になっているが、鵺は妖怪モチーフを持ちながら人型ではなく、純然たるバケモノとして君臨している。
理由は強すぎるから。
あやかしの祖であるドブ煮込みは、あやかしプロトタイプで三百年前のお姉様を殺してしまったが、「じゃあもうこんな研究はやめよう」じゃなく、「俺は悪くない」と自己正当化に励んだ。
あやかしを生み出すことも実験もやめなかった。
それらをやめることは、お姉様を殺した罪を認めることになるからだ。
──やめる。
──なんでやめる?
──悪いと思ったから?
──悪いことはやめなくてはならないが、別にこれは悪いことではない。
こういう思考なのだ。ドブ煮込みは。
結果、「俺は悪くない」「そんなつもりなかった」を繰り返しながら三百年の間、あやかしを生み出し続けた。当然、全国津々浦々、あやかしが出没するようになる。あやかしの出没は全部あいつの自己保身のせいだ。オー
なのであやかしは、生まれ方にも種類がある。
まず、ドブ煮込みの中のお姉様の執着が具現化したあやかし。
これは雑魚あやかしモブあやかしに多い。たまに人型になれる強力なあやかしが発生することがあるが、ベースは雑魚モブ。つまり身近なあやかしは、ドブ煮込みのお姉様への執着、皇龍清明様に負けたという苦しみ、自己保身の象徴である。キショいですね。
次に、ドブ煮込みが作ろうと考えて作ったあやかしだ。
いわば企画・制作ドブ煮込み。
三妖士がそれに該当する。
そしてドブ煮込みと一切関係なく、自発的に発生したあやかしもいる。
たとえば、富山局長の娘さん。精神的な乱れとドブ煮込みのキショパワーの共鳴が発生した事故によるあやかし化。
酒呑童子が私をあやかしにしようとするみたいに、他のあやかしの手であやかしにされるパターンもある。
そして、ドブ煮込みが作ろうと考えて作ったあやかし──三妖士など人型の強力なあやかしの製造過程で、失敗が発生する。あやかしとはいえ失敗とは言いたくないが、ドブ煮込みのイメージする「完成形」にならなかったあやかしだ。
空飛ぶあやかしを作りました。飛びませんでした。
泳ぐあやかしを作りました。泳げませんでした。
そうしたあやかしが出来上がった時、ドブ煮込みは研究者ぶるくせに失敗を認められない。
失敗に価値を見出すことができないカスの結果主義。
自分の思い通りにならなかったあやかしを「これは失敗じゃない」「研究に必要」と合体させ続け、鵺が生まれたのだ。
『心を読んだところでどうにもならない、それこそなんの思考もせずただ人を殺すだけの化け物だって今後出てくることもあるでしょうし』
以前、伊能局長が水社一心の読心術を野狐禅に看破されたことを、こうしてフォローしていた。
あれは素晴らしいフォローだった。水社一心がそばにいる手前、ファンタスティックとは言えなかったが、水社一心は気にしすぎるあまり拗らせねじ切れひねくれモラハラ化した可能性があるから。
同時に危なかった
私が鵺について考えてしまうところだった。
伊能局長が言っていた、何の思考もせずただ人を殺すだけの化け物──それがまさにそれが鵺だ。
雑魚あやかしも何の思考も無いように見えるが、鵺は違う。
食う喰わない以前に、目覚めたら最後、お姉様の霊力を辿り執拗に追い続けるのだ。雑魚あやかしは、術で人間が姿をくらませば追いかけてこないが、鵺はどこまででも追ってくる。
しかも大きさは現代でいう戸建て。小規模コンビニエンスストアくらいある。
千年桜は恋と咲くにおいて、冬──丁度、今年の冬に、お姉様の覚醒関係なく鵺は登場する。水社一心に保護されてから、その異能で心を読まれてはならないと、ずーっと考えないようにしていたが、鵺が水社一心を殺す。
正しくは鵺の攻撃からお姉様を庇い水社一心は死んでしまう。
水社一心がそばにいたことで、思考できなかった千年桜は恋と咲く第一巻の、最終シナリオライン。
お姉様と皇龍清明様は政略結婚を行い仲を深めていく。お姉様はやがて覚醒していくわけだが、第一巻では完全覚醒しない。三百年前の諸々の描写はほぼない。第一巻では元々虐げられていた令嬢が政略結婚をして、最初はすれ違いがあれど、旦那こと皇龍清明様の優しい一面を知っていき交流を深めていくのみである。皇龍清明様は三百年前からお姉様を見てる、ややこしうじうじシャイボーイだとは明かされず「口数が少なく感情が無い貴族です」というテイで登場される。どんなに読者に読解力や推理力があろうと、皇龍清明様が「自分がいかに馴れ馴れしく見られず、害を与えず、不愉快に思われないかに命を懸けている三百年熟成済み陰キャコミュ障」だとは見破れない。
ただただ、クールな貴族様とピュアなお姉様のささやかな交流が続く中、ちょこちょこお姉様を冷遇していた実家および幼馴染たちが破滅していき、お姉様と皇龍清明様の手探り夫婦生活とカスのざまぁの往復の果て、異世界恋愛あるある、ヒロイン誘拐が発生する。
「お姉様が幸せになるなんて許せない‼ そんな結婚を台無しにしてやる‼」
枯賀末理の言霊により、誘拐現場──おそらくコミカライズの背景的に屯所付近の港の倉庫が火の海になるわけだが、皇龍清明様が助けに来る。
そして枯賀末理および枯賀末理の用意した誘拐犯たちを成敗するが、同時期、港の上空に裂け目が発生、鵺と共にあやかしの軍勢がドシャァと湧き出てくるのだ。
枯賀末理は自分の雇った誘拐犯を見捨て、霊力を用いて逃亡を図るが、枯賀家の実家ももれなくあやかしの襲撃に見舞われており、それまでさんざんお姉様への侮辱で異能を使い続けていた為、父親と母親……正妻気取りの遠縁の女に、なんで肝心な時に異能が使えないのかと責められ揉めながらあやかしに食い殺され死ぬ。
港ではお姉様を守りながら皇龍清明様が戦うわけだが、お姉様以外にも、あやかしに襲われる人間はいるわけで。赤子を抱いた母親があやかしに襲われそうになっているのを、お姉様は助けようとしてしまう。三百年前のお姉様の死に方が繰り返されそうになるが、そこは皇龍清明様の出番。さくっとあやかしを倒すも、その隙を鵺に突かれる。
鵺がお姉様を殺そうとするが──水社一心が庇うのだ。
水社一心は枯賀末理がお姉様を誘拐したと聞き、ただお姉様を助けるために向かうが、間に合わなかった。しかし、お姉様を鵺から庇う瞬間には、間に合った。
死にゆく水社一心はお姉様に伝えたのだ。
ずっとお姉様の心に惚れていたこと。
異能なんて無くても、霊力が無くても、関係なんてなかったこと。
その心を読んでいて、お姉様の求める言葉も知っていたのに、それを伝えることはずるいことで、自分の言葉で気持ちを伝えなければと思っても、どうしていいか分からなかったこと。
自分の異能は誰かの心を読むという、気持ち悪いものなのに、普通に接してくれて嬉しかったこと。
水社という血を引いて、水社という名で尊敬され、誰も自分なんて見てくれないと思っていた中でお姉様だけは自分を見てくれていたこと。
それらすべてにどれほど救われていたか。
なのに何も返せなくて、それどころか傷つけてばかりで、取り返しのつかないことを何度も言ってしまったと、詫びた。
お姉様は泣いていて、水社一心は少しだけ満足そうに死んでいった。
レビューは荒れた。
あれだけ取り返しのつかないことをしたのだから苦しんで死ぬべきだったとか、いい話風にまとめたいのでしょうがモラハラの肯定になってますよとか。
千年桜は恋と咲くの水社一心はモラハラ前科があるため、救いは必要ない思う。
でも死に方でモラハラの肯定は無理があるだろとか、苦しんで死ぬにせよレーティングもあるし、お姉様は自分の気に入らない相手が死んで「犯罪者ざまぁみろあっはっはっは」と笑いだすタイプではない。「なんなんだこのクソモラハラ」というレビューには「だよね」と思っていたが、そういうのは、お姉様はそういう人じゃないんだよなと、個人的に細々お姉様への解釈違いが発生した。
ひとまずこんな感じで水社一心は鵺により殺される。鵺はその性質上、お姉様の覚醒とは関係なく、「冬だから出ますタイプ」だ。実験に失敗するたび合体させて限界が来て人間世界に飛び出たタイプだから。そのため、水社一心および水社家に保護された私は、水社一心生存ルート開拓の選択肢について色々、どうやったらいいんだろうと模索していたが──ミヤシロ様に霊力を全部譲ったことで、選択肢が自然と一つに絞られた。
異能により、この命もろとも鵺を焼き尽くす。




