末理の脱出系ホラー万年ひな祭りーナルシストオブジェを添えてー
私はひとまず辺りを警戒しながら床の間を出た。ここはあやかしの世界だ。人間が見つかったら食われるだろう。今だって、なんであやかしが人間の匂いを嗅ぎつけ飛んでこないか不思議なくらいだ。野狐禅の着物が匂い消しになっているのだろうか。野狐禅の話からして、ここでなにか……してもらいたいことがあるのだろうし。あやかしに襲われないよう、対策は施しているはずだ。
野狐禅のしてもらいたいことが終われば、どうなるか分からないけど。
一体何なんだろう。野狐禅は私の血を舐めて千年桜は恋と咲くについて知識を得たようだが、死者蘇生は絶対無理だ。それが出来たら三百年前お姉様を失ったドブ煮込みがしてる。死者蘇生に関してはドブ煮込みのが詳しいくらいだ。
それに千年桜は恋と咲くの不文律に、生まれ変わりがあるが、死者は生き返らないというものがある。登場する敵陣営はあやかしだけでなく人間だったり犯罪組織だったりバリエーション豊かだが、あやかしでない場合、大抵「大事な人を失ったので、その人を生き返らせたい」という願いの元、悪事を働くのだ。いわゆる富山局長の娘さんパターン。本来ならば富山局長は死ぬはずで、娘さんがその死を受け入れられずあやかしになり皇龍清明様に倒されるが、そういうパターンが死ぬほど多い。
逆に敵陣営で、権力、国家掌握、世界征服、新世界創造を願うホモサピエンスは少ない。
私利私欲の塊代表者が枯賀家だったので、キャラ被りもあったのだろう。
だからこそ──私の記憶を読み取っていれば、死者は生き返らないとわかるはずなのに。
あやかしならではの知見から、死者蘇生の方法を見つけたとか?
帝でも無理なはずなのに。
それに記憶を読み取っていれば、千年桜は恋と咲くの枯賀末理があやかしに食い殺されることも知ったはず。お姉様を攫わないのはなんで?
すごく嫌な発想だけど、私よりお姉様のほうが攫いやすいのでは?
水社家の加護があれど、その異能を無効化するすべを野狐禅は持ってる。
なのに酒呑童子に攻撃してまで私を攫った。
物語と異なり対立が発生したのは、輝宮寺啓介が原因だろう。輝宮寺啓介の為に私の力を借りたいっぽい野狐禅と、それが許せなかった酒呑童子。
酒呑童子来てくれないかな。
酒呑童子ならほぼ実家だ。
水社一心待たずとも酒呑童子見つければ帰れる。
ここで修行して酒呑童子見つけて帰ればいい。
そうすれば、水社一心に助けに来てもらう必要がなくなる。危ないし、あやかしの世界に来てもらいたくない。
待ってろとか言ってたけど、来ないでほしい。来ないでほしいと思うと、来ることを期待しているみたいで気持ち悪いなと我ながら思えど、あいつは来ようとする。察しが付く。これまでのあいつの言動と行動が、私の中の強固な「どうせ」をグチャグチャにしてくるから。グチャグチャ一心。
だから酒呑童子に来てもらいたい。一番それが、ハッピー。
酒呑童子と会う計画を立てようとして──思い出した。
野狐禅に攫われる前、酒呑童子と行った問答の数々を。
──お前、あやかしになればいいんだよ‼ そうだ、枯賀快炎はあやかしに食われてもうっすら自我あったし、俺が上手くやれば、多分、お前はお前のまま、そのままであやかしになれるはずだ‼ そのままのお前でいいんだ、大丈夫‼
朗らかに言ってのけた酒呑童子の姿が目に浮かぶ。
善意100%だろうが悪質さではマルチ商法やカルトとどっこいどっこい。
あやかしにされるじゃん。
酒呑童子にこんなところで会ったら。
酒呑童子のことだ。「これでずっと戦える‼」「ずっとここにいろ」と言い出しかねない。
結局私は、「輝宮寺啓介のために何かしようとしているがその何かが分からない野狐禅」と「見つけたらあやかしにしてきそうな酒呑童子」から逃げつつ水社一心を待つ、もしくは脱出方法を探さなくてはならない。
なに?
脱出系ホラー映画の世界?
和風御殿に閉じ込められて謎を解き明かし脱出するタイプのゲーム?
あやかしってある意味ホラー寄りだけど……。
考えながら歩いていると、刀が微弱に振動した。
ホラー演出のとき、座席が揺れるタイプの映画上映があるらしいが、こんな感じなのだろうか。
警告なのか誘導なのか分からないので、一応振動する方向を探り、屋敷の奥に進んでいく。やがて障子張りの部屋に行きついた。
外から様子をうかがう。
中に誰かいる気配はないが、霊力や術で遮断されている可能性もあるし、罠も否定できない。このまま廊下に突っ立っていても野狐禅や酒呑童子がこんにちはする場合もある。八方ふさがりを打開するには開けるしかない。私は障子に手をかけた。
八畳ほどの室内の中央には、ひな祭りの雛飾りが鎮座していた。
質はよく、細部にわたって丁寧にしつらえてあるが、お姉様を模したお雛様と、ドブ煮込みを模したお内裏様が並んでいる。二百万点減点です。お姉様を模したものに対する敬意より、ドブ煮込みの執着への嫌悪が勝る。「エンタメの為に人を殺しました」「その経験を生かした映画です」とお出しされても、もうその作品に価値なんてないし、それは作品ですらない。いくら収益を上げようが、価値が無い。面白ければ何でもありと馬鹿みたいな人間は言うけれど、クオリティ以外の面で最低限守らなければいけないラインがあり、面白いか面白くないかは、そこを守った後。
だからこのお姉様を模したお雛様は、いくらお姉様を模したものといえども忌むべきものであった。
ドブ煮込みお内裏様は、ナルシストオブジェ。
下段はあやかし三妖士が並び、隙間を埋めるようにあやかしフィギュアが並んでいる。三人官女や五人囃子の概念が無い。伝統工芸や侘び寂び、日本の文化を大事にしている人間が見たら卒倒する仕上がりだ。
あいつ300年以上この世界にいるってのに。頭おかしいんじゃねえか。
そして本来御所車を置き、低コスト雛飾りの場合はカットされがちな最下段には、それはそれは気味な四足歩行のバケモノフィギュアが鎮座していた。
鋭い目をした、クトゥルフ神話寄りの猿の頭。
狸……というか毛むくじゃらの黒い胴。
鋭い爪のついた、現実ではなく「ゲームに出てきそうな虎モンスター」っぽい四肢。
触手みたいな尻尾。
最悪仕様の鵺である。
その背に人間の上半身らしきものが生えており、その上半身らしきものの頭部は能面が360度ぐるりと何枚も何枚も重ねられ、その背中からは千手観音らしき手が無数に生えている。
らしきもので構成された最悪の塊。
これが、千年桜は恋と咲くに登場し──ノベル1巻の最終章に登場する、帝都を襲う大バケモノ。
そして、私がこの命諸共葬ろうとした──今世で、私の死因として定め──水社一心の死因ともなる存在だ。




