表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
110/162

水社一心という男

 十月。帝都退妖軍は揺れていた。


 夏にあやかしを実業家輝宮寺啓介と誤認し捕縛、輝宮寺啓介の名誉を棄損したことから始まり、その後、軍本部にあやかしが襲撃するという不祥事が続いた果て、広報局による再発防止の取り組みの話があって間もなく軍人一名があやかしに連れ去られた。


 それもすべて同一のあやかし──野狐禅によるものとのことは上層部のもみ消しも空しく大々的に新聞に取り上げられた。


 帝都は軍への不信感が高まってきているが、連れ去りから半月が経過してなお、該当局員の行方はおろか、野狐禅と局員がいるであろう『あやかしの世界』の行き方すら分からぬままだった。


 しかし、日々は続く。調査局にて局員の行方および向こう側への手立ての続報を待ちながら、相模は通常業務に当たっていた。


 今日は近隣に現われたあやかしの討伐だ。軍への世間的な風当たりもあるが、住民たちは反感よりも不安が色濃い。連れ去られたのが民間人ではなく軍人ということもあるのだろう。軍人すら敵わぬ相手が自分たちに適うものか、自分たちは惨い殺され方をするのではと恐れている。付近に要人の邸宅があることで、相模は上層の命を受け直々に出動せざるを得なくなった帰路、相模は隣を歩く新人を見た。


「分かっているのだろうが、調査局からの報告はない」


 相模は隣を歩く新人──水社一心に告げる。


 水社家の直系嫡男である水社一心は、人の心を読む能力を持つ。入軍にあたり異能の記載義務が生じるが、水社一心の異能は記載の必要がないくらい有名なものだった。


 水社家は元々、この国の西部──天子や神に関わる霊的家系の一柱だ。軍組織に入ることは本来なく、独立してこの国の守護に関わる家である。そうした意味でも注目されるが、水の神の加護を持ちながら、さらに珍しい心に纏わる異能も持ちうる存在が軍に入るのは、帝都に軍が設けられて以来初のことだ。


 決して軽視できない血筋、絶対的な霊力、異端じみた異能。


 水社一心を警戒する理由は事欠かない。


 何より特に皇都が顕著だが、神事に纏わる家ほど気位が高く独特な気質をしているのがこの国の常識だった。変人とはくくれない、感性や価値観が元から異なっている。たとえば目の前で子供が苦しもうが、奉る神が善とするならば善であると心の底から言えるのが神を奉る家の人間だ。神の為ならば自らの子を差し出す。恋人を差し出す。親を差し出す。恩人を差し出す。友人を差し出す。愛する人を差し出す。悲しむことはなく自らの大切な人間を神に出しだせることを幸運に思い心の底から感謝できる。誰に責められようが反論はしない。感情を動かさない。はなから価値観が異なる。


 対実地戦闘局として水社一心の戦力は欲しい。


 しかし水社一心の持つ諸元のすべてが戦闘局の根本を破壊しかねない。


 苦悩の中、前者を選んだ。犠牲をこれ以上増やさないために。


 相模の警戒をよそに、水社一心は神を奉る家の気質とは対極にいた。


 少尉という席を与えられた水社一心は、現場主義、成り上がりの多い周囲からの反感を買ったが、年上の部下たちを上から押さえつけることも、過度に阿ることもなく、愚直に実務をこなしていた。


 上司の命令に対しても、同様だった。気に入られようとせず、関わろうとせず、拒絶もしない。


 話しかければ言葉も返ってくるが、長年の勘からして、謀っているようにも自分の考えを話しているようにも思えなかった。


 相手の為であることを真剣に熟慮して、言葉を発するが、相手が好ましいからではなく人という存在を尊重するという自身の定義により音を発しているに過ぎない。相手の為であることは本心だが、それはどんな相手に対しても同じ。親切にはある程度、優しく在りたい、傷つけたくないという自己認識の保全が大なり小なり混ざり、それが人間であることの証明だと相模は考えているが、水社一心はそれが一切ない──人間だから優しくする、極めて俯瞰的な神の視点でものごとを見ているようだった。


 ゆえに人柄が見えなかった。心が読める以上、接し方に難儀する相模の心の内も読んでいるはずだが、そこに気遣う様子も見せない。敵でも味方でもない、何を考えているか分からない、淡々と職務を遂行する中立の男。それが相模にとっての水社一心だ。


 そんな水社一心の本音を垣間見ることが出来る瞬間が、ひとつだけあった。


 枯賀末理だ。


 水社一心は誰に対しても同じ温度で接していたが、枯賀末理にだけは異なっていた。


 表情があり、感情を発露させる。水社一心が枯賀末理に話しかけるところを見たが、荒々しく、あらゆる面で正しさはひとかけらも感じなかった。言い方も言葉の選び方も、何もかも正解とは言い難い。止めに入るか、何度も悩んだ。局員同士の小競り合いや嫌味の言い合いなど、短絡的で程度の低い争いは度々発生する。注意をしていたらきりがない。なおかつ枯賀末理は女だ。女だから融通していると邪推され、枯賀末理に対する正当な評価の機会を奪う可能性も見えた。枯賀末理の上にいる富山の存在もあり、恩人の元についた新人だから手厚くしているという誤解も避けたかった。


 その矢先、金槌山にて枯賀末理および富山が在籍する管理局から一報が入った。


 新しい武具の性能調査中、不審な洞窟を発見し念のため調査を開始するというものだったが、知らせを受けてすぐ水社一心の目つきがわずかに変わったのだ。


 不安が滲んでいた。子供のように惑い、恐れるように一時的に動きを止めたのだ。


 念の為、一応、局員同士の会話は屯所外の任務中、民間人が聞くこともあるため、言葉遣いには気を付けるようにと戦闘局全体に勧告し、事務局等、直接あやかしとの戦闘にはならない局員が怯える可能性もあると指導した。


 その後も相模は二人の動向を観察することにした。水社一心は心が読める。ゆえに自分が二人の動向を気にすることが、枯賀末理が水社一心との対話に傷ついていた場合、抑止力になると相模は考えたからだ。


 春が過ぎるころには水社一心の対応から、枯賀末理の心の内では相当水社一心を罵倒、侮辱していることも分かった為、今度は水社一心を庇うべきかと悩みも増えたが、合同演習で枯賀末理が水社一心を助けに入ったとの話もあり、以降、二人について考えることも少しずつ減っていった。なにより、合同演習直後、身内同士の揉め──戦闘局の局員たちが口論の果てに喧嘩となり、大怪我をして救護局に運ばれた騒動があったため、管理体制の見直しを行った。片や自局の少尉とはいえ、気にするどころではなかった。


 それから、少ししてのことだ。


 大怪我をしたことで療養中の局員の座っていた席を、水社一心が見つめていた。


 何かを思い出しながら整理するような表情だった。その後ふいに窓の外に視線を移し、水社一心は表情を変えたのだ。


 一瞬のことだったが、相模には見覚えがあった。


 思い詰めた人間が人の道を外れる瞬間の顔。


 凪の顔。


 諦観と決意が混濁する、独特な凪。


 一線を越えた人間や感情が超過した人間について、普通の人間は感情の高ぶりを表現するが実像は異なる。静かになるのだ。激しく燃える炎のような激情が心の底にあろうと、線を越えた瞬間、人は凪ぐ。


 視線の先にいたのは、枯賀末理だった。


 相模は数か月前のことを思い出しながら、隣を歩く水社一心をうかがう。


 この心の内も見えているのだろうかと探りながら。


 しかし水社一心は何も言わない。


 何も言わないが、その表情はずっと凪いでいる。


 瞳の奥に決意が潜んでいるのは感じられるが、それが何か、相模は分からない。


 そして、枯賀末理と縁の深い管理局三者を憂う。


「管理局三名の精神状態はどうだ」


「動揺は見受けられます。特に──」


「特に?」


「富山局長の動揺が大きいように思います。戦闘局時代を思い出して、同じことになるのではと恐れています。真原伍長も枯賀二等兵を案じていますが、富山局長や、枯賀二等兵が水社家と縁があることで、こちらや……枯賀花宵氏の心配と、消耗が従来より激しい状況でしょう。福野上等兵は調査局の情報収集が揃うのを待っていますので、おそらく有事のおりには、福野上等兵のほうが安定していると」


「お前はどうなんだ」


 相模はようやく、水社一心に心境を問う。


 枯賀末理が野狐禅に連れ去られ、水社一心の精神状態を気にしていたが、そうした相模の心を読んでいるであろう水社一心は、相模に何も言わなかった。


 探るなということなのか、読心能力の負い目なのかは分からない。


 相模自身、人づきあいが苦手なのもある。相模の家は帝都の名門貴族のひとつとして名をはせており、上には二人の兄がいた。相模は帝都出身だが、どちらも優秀さを買われ皇都に引き抜かれている。帝都にいながら皇都退妖軍への召集はある種、天子に近い場に「置いてもらえる」と、帝都出身者にとっての名誉だが、三男である相模に入軍可能年齢が迫っても、皇都に呼ばれることはなかった。


 父親はあっさりと帝都退妖軍に相模を入れたが、それはただの気持ちの切り替えでないことを、相模はよく知っている。


 相模家は、他者の霊力や身体を強化できる異能を持つ。自身を強化する異能を持つ人間は軍の定石だが、他者が霊力を用いて作り出したもの──式神や結界を強化する異能は珍しい。


 強く在りながら他者支援の異能を代々引き継ぐ。


 それが相模家の一族の誇りであった。


 しかし三男として生まれた相模の異能は、異なっていた。


 一時的に自らに負荷をかけることで、自身の身体や霊力を強化する。


 自分本位の極みだと父親は末息子である相模を罵った。霊力も上の兄二人に劣り、身の丈を越すこともできない。剣の道も術も何もかも上に劣る。異能に変化があればと何度祈ったか分からない。


 ──枯賀末理の異能が、死者に干渉するようなものになりうる。


 調査局・局長である伊能の推察は、あくまで未確定のもの。


 野狐禅が枯賀末理を連れ去ったから、野狐禅の願うような異能を枯賀末理が持っているはずという逆算から導き出された答えを、相模は信じることが出来なかった。


 容易く異能は変わらないと相模自身がその身をもって知っているから。


 同時に、伊能がその結論に至る根拠も知っている。


 富山だ。


 かつて相模がその背中を追っていた存在。


 そして自分が持っていた異能を変質させた存在でもある。


 富山がかつて持っていたのは身体強化だ。それが召喚したすべてが、珍妙な姿の式神に変わるという、相模からすればなんの得も無いような異能に変わってしまった。元に戻せないか相模が知恵を絞ったが、その甲斐なく富山は管理局という地下の光届かぬ新設部署に左遷され、富山がかつて座っていた椅子──対実地戦闘局・局長の席に、相模が座ることになった。


 富山のようになりたかった。


 家の目があり昇進をすれば一族に認めてもらえると願った。


 その努力が、富山の左遷という最悪な形で果たされた。


 だから相模は、管理局という存在そのものが、苦しい。


 憧れた存在が追いやられた廃棄場にしか見えない。


 行きつくのは戦闘局の落ちこぼれ。


 戦闘能力第一の戦闘局で、霊力もぱっとしない、荷物を軽くしたり、ちかちか光を出す異能は、生活の役に立とうが戦闘局では話にならない。


 なにより、上司を殴って除隊処分になった腹の底の見えない、年のわりに階級の低い男と、協調性のない無口な木偶の坊と呼ばれている男二人だ。そこに、今度は霊力のない枯賀末理が入った。しかも霊力至上主義の枯賀家の女。富山はさぞ気をもむだろうと相模は考えていたし、実際、枯賀末理の入局により、女の部下との接し方に悩んでいるようだった。


 今まで富山は男の部下二人に対して、そこそこやっていた。しかし、どことなく諦めた様子も滲ませての交流だった。


 それが少しずつだが、薄れていったのだ。枯賀末理に対し指導をし、苦心しながら言葉を選ぶ様子を見たこともある。枯賀末理が入って劇的に環境が変わったわけではないものの、空気が少し通りやすくなったのだ。


 なのに。


 枯賀末理は野狐禅に連れ去られた。数多の同胞を見送り傷ついてきた恩人の心の傷は、はかりしれないと相模は焦燥し、同時に恐れた。


 水社家で放った、水社一心の言葉を。


 ──必ず、連れ戻す。


 その場にいない存在を見据えるような眼差しには、刺し違えてもという覚悟がこもっていたように感じた。


 にもかかわらず現在、水社一心は以後、淡々と職務を遂行している。


 それが何より恐ろしかった。 


 自分が取り返しのつかない位置にいることすら、受け入れているようで。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
思っていたよりも一心はヤンデレだったんだなぁと。 あまりにも末里の前でいきいきしてるので思春期特有の複雑な感情を持った青年として見ていたのですが、まさか対応が末里が軍に向ける対応とほぼ同じだとは……。…
野狐禅!生きてくれ
あああ〜!!やめて〜!!野狐禅さんの生存フラグが心許なくなっていく〜!!死なないで欲しいよ…!どうにか…どうにか…!! 「神を奉る家の人間だ。神の為ならば自らの子を差し出す。〜感情を動かさない。はなか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ