水社家にて
水社家。
水の神を奉り、政中心により文明を開花させた帝都で、霊的に重要な血を持つことは、大きな意味を持つ。
皇都の座に就く天子を守るため、強力な霊力や異能を持つ家系が西に集うのは必然である。
天子への忠誠もあれ、保身も滲む。
凶事のおりに、天子の傍にあるならば。
どんな災いも、東にいるよりは。
限り在る命、失いたくないものを持つ正直さだ。
しかしそれを表に出せるものは少ない。
争う。
天子は西にいる。
なのに大切な天子を差し置き、東を守るとはどういうことか。
天子は西にいる。
大切な天子のいない東を、天子の守れぬ東を誰が守るのか。
言葉だけで、偏見を交えながら。
そうした世で、帝都にて霊的に強力な能力を持つことは、より希少性を上げる。
西では目立てぬと東に居を移そうとする者もいるが、あやかしがいる限り、多数は天子の傍に在る。
しかし水社家の奉るミヤシロ神は、東に宿っていた。
西に居を移すことなく、ずっと同じ地で、神を奉る。
水の加護にあやかれないかと近づく邪悪な存在を、心を見透かす異能で退けながら。
そうした歴史の重なる邸宅の一室。
軍人三人が、水社家当主とその妻、そして夫妻が預かっている娘に相対していた。
「枯賀二等兵が、あやかしに攫われました」
三人のうちの一人、帝都退妖軍・対実地戦闘局・局長、相模が告げる。
夫妻は軍人三人の顔を見たときから、事の深刻さを理解していたようで、水社家当主はただ視線を落とすのみだった。水社夫人は傍らの娘──夫人とも当主とも血のつながらぬ、枯賀家の娘、枯賀花宵の肩を抱く。
花宵は言葉を失い、微かに首を横に振った。
「……違う、違う、あの子じゃない……なにかの、間違い」
「花宵さん」
混乱し、身体ごと震わせる花宵の肩を夫人が強くつかんだ。
「あの子は、帰ってくるって……言ってはない、言ってはない……言ってなかった……」
呟いて、花宵の言葉が止まる。そのまま手のひらを握りしめて、身体の揺れも止めた。
時が止まったようだった。
「……申し訳ございません」
軍人の一人、郷田が畳に額をこすりつけ詫びた。
「郷田」
郷田の肩に相模が触れる。
「私が現場にいました。申し訳ございません……」
郷田は力みながら詫びる。
畳には、苦心が刻みつけられていく。
「一心」
水社家当主は、三人の軍人のうち、それまで一言も発していなかった男──自らの息子である、水社一心の名を呼ぶ。
「死んでない」
一心は呟いた。
「あやかしは、食うつもりなら殺す。野狐禅は殺そうと思えば、あいつを殺せた。でもそれをしなかった。だからまだ死んでない。それに」
一心は客間から見える水社家の庭に視線を向ける。
かつて末理と花火を見た場所。
そこから、末理に関する知識を得ていった。
末理は言葉を発しない。
心を見透かす異能を持つ水社家だが、そうした異能を持つからこそ、自分の認識する相手の心を疑う。
相手の心は、本当に自分が認識しているとおりか。
自分がそう思いたいだけではないのか。
答えは、相手の言葉を持ってしる。
そうすれば、自分の勝手な思い込みで相手を縛り苦しめずに済む。
相手を尊重できる。
しかし末理相手には悉く無効化されていた。
なぜなら末理は言葉を発しない。
それは、今、目の前で妹の知らせに取り乱した姉・花宵の為でもあるが、自身の為でもあると、一心は知っている。
それを確かめるまで、何十と想定を重ね、影響を考えて、ようやく確証を得た先で、末理は攫われた。
「あいつが、きちんと待ってればいい」
今度こそ、助けを。
乱暴な自助救済ではなく、誰かの手が伸びるのを待てば。
「必ず、連れ戻す」
一心は決意を込め、言う。
その瞳に、ここにいない存在を真っすぐ捉えながら。
軍人三名が去った水社家にて、花宵は水社夫人に肩を支えられたままだった。
水社当主は皇都の伝手を辿ると言い、軍人が去ると同時にどこかへ向かった。
「お母様、末理さんが」
花宵は水社夫人を呼ぶ。
花宵がこんなにも絶望的な気持ちになったのは、水社家に仕える古老に抱えられた末理を目の当たりにしたときだった。
古老は末理が水社家の祠の中で倒れていたと話をし、その後、当主から水社家の神様に末理が霊力を全て捧げて、それが原因で末理が倒れたと説明を受けた。
何一つ、分からなかった。
何故霊力を捧げると倒れるのか。
何故末理が水社家の神様に霊力を捧げたのか。
ただただ、もう末理が戻ってこないのではないかと思うと恐ろしかった。
末理により助けられたという水社夫人に対しても、水社家の神様に対しても、恨むことも出来なかった。
水社夫人や水社家の神様が苦しみ続けろとは思わない。
でも末理が苦しむ必要があったのか。
花宵はずっと思い悩んでいた。
答えは出ない。
同時に、霊力も異能も無い自分が、姉として振る舞うことや末理について考えることは、とても恥ずかしく自分本位であるように思え、やめていた。
ただただ、看病に励む。
目覚める時を祈って。
看病ならば、下働きだって行う。姉ぶっているわけではないと自分に言い聞かせながら。
そうして目覚めた末理は、軍に行ってしまった。
またあんなことになったらどうしよう。
自分のせいで枯賀家が崩れたから、生活を守るために、立て直すために妹は軍に行ったのでは。
花宵はずっと思い悩んでいた。
答えは出ない。
答えを出してくれそうな末理は、言葉を発しない。
そうした中でも、ふとした仕草や表情で心を通わせられているのではと思っていた。
駄目な自分でも許してくれる妹。
傲慢ながら、想っていた妹は、約束を置いて消えた。
「帰ってきてくれるって」
言ってはくれなかった。
花宵は遠くを見る。
その瞳は、危うさが滲む。
明日から新章です。
末理視点からの開始となります。
よろしくお願いいたします。




