管理局にて
この国は、二つの首都を持つ。
東の帝都、西の皇都だ。
元は一つの都であったが、代々この国を守護する天子のうち、ある代の天子が二つに分けた。
霊力を持つ者と持たない者は、理解し合えない。
異能を持つ者と持たない者は、理解し合えない。
それぞれのやり方で世を為す。
東の帝都では政的改革を。
西の皇都では霊的守護を。
天子は西の皇都に残り、自らと意見も、考えも、在り方も、育ちも、何もかも異なる存在を、帝都の導として置いた。
しかし、あやかしの脅威は、東も西も変わらない。
東に帝都退妖軍、西に皇都退妖軍と軍を敷いた。
どちらの軍も、複数の組織が設けられ、木の枝分かれのように末端へと広がっているが、帝都退妖軍の各組織の中で、最も表舞台とは離れた場所──地下に配置された帝都退妖軍・退妖武具・装具管理局にて、男が四人、話をしていた。
「──金槌山にて、あやかしの大量発生が警備・防妖・探査局確認されました。退妖対実地戦闘局の報告によれば、現場には既に枯賀二等兵が戦闘に入っており、暮日村で報告の上がっていた、額に角を持つ人型のあやかしと共に、あやかしの討伐にあたっていたとのことです」
管理局の局員たち三人を前に話をするのは、調査局・局長である伊能だ。
警備・防妖・探査局は、軍本部および、この国の東側すべてに術を巡らせ、あやかしの発生および出現に備え、偵察を行っている。
金槌山でのあやかしの出現時、偶然、警備・防妖・探査局の人間と話をしていた伊能は、金槌山の異変──今まで探知したことのない強大な霊力反応を確認し、調査局局長の権限において緊急警報を発した。
「そこに、野狐禅が出現し──枯賀二等兵を連れ去りました。現在、調査局および、警備・防妖・探査局が枯賀二等兵の捜索にあたっています」
室内が静まり返る。誰も、一言も発しなかった。
伊能はそのまま、相手の返事も反応も待たず続ける。
「退妖対実地戦闘局、水社少尉の報告によれば、野狐禅は──枯賀二等兵をあやかしの住まう、別の空間に連れ去った可能性が、極めて高いと」
「殺す気は?」
管理局・局員──福野が口を開いた。
伊能は口を引き結び視線を落とした後、前を見据える。
「暮日村は死者と生者に伝承を抱えた村です。その出身である枯賀二等兵をもってして──輝宮寺啓介の甦り企てているとみています」
「枯賀はそれが出来るんですか?」
「いいえ、彼女の異能は知っての通り言霊による焼却です。しかし、異能に変化が起きる可能性も、否定できない。彼女が誰とも喋らず、幾分か過ぎればそれは変質する可能性がある」
「たとえば?」
それまで黙っていた管理局・局長、富山が訊ねる。
富山は元々、戦闘効果増強に近い異能を持っていたが、それが変質した。
異能は変わることがある。
極めて稀だが、代々、風の異能を引き継ぐ家の元に全く別の異能が生まれる、それまで戦闘型の異能を持っていたのに、後方支援に近い異能を手にするといった報告は、軍にも度々上がっていた。
理由は分からない。
ただ、報告の一部には精神的な影響を関連付けるものが上がっており、議論には上がっているが確定までは至らない。
人の心は、目に見えない。
それを可能とする、人の心に干渉可能な家──その最たるものである水社家の人間が、研究に関わるようなことがあれば違っただろうが、水社は水の加護を持つ神に仕えた家でもある。
軍に入ることは無かった。
これからもそうだろう。ゆえに、異能の解明は進まない。
軍の上層部の人間は誰しもそう思っていた。
今年、水社一心の入隊により、それが変わった。
同時に、言葉で人を癒す異能を持つ枯賀家において、焼却という極めて珍しい異能の変化を持った枯賀末理も入隊した。
異能の解明が進めば、あやかしが消え、人々があやかしに悩むことのない未来が来るかもしれない。
そうした中で、枯賀末理はあやかしの霊力のみを吸収するらしい刀を持ち、戦っていた。
元は人もあやかしも関係なく吸収する刀だったらしいが、枯賀末理がその刀を変えた。
刀の研究を進めれば、異能の解明を進めれば。
暗闇の中、一筋の希望が見えたはずだった。
しかしその希望は、すぐに消えた。
月明りを感じて空を見上げたら、一瞬で雲に隠されるように。
「野狐禅が連れ去ったということは、枯賀末理二等兵の異能は、死者に干渉可能な可能性を持ちます。今持っているか、今後変化する可能性があるかは分かりませんが──たとえば僕みたいに、定義を変えるのではなく、その事実そのものを、焼却する、とか」
伊能は自らの手を見つめる。
伊能のそれは、定義を変更する力だ。
死者に干渉することはできない。
「なら枯賀が、輝宮寺んこと生かしたら、野狐禅は枯賀んこと、帰すんか」
西の訛りを交え問うのは、管理局・局員の真原だ。
「死んだ人間を生き返らせるなんて、まさしく神の所業だ。聞いたことがない。最悪も何も──確実に、代償が伴うものでしょう。天子みたいに」
この国の天子は莫大な霊力を持ち、世界への干渉を可能とする異能を持っている。
古来の識者曰く、わが国には海を挟んで数多の大陸や国々があるが、それだけではない別の世界が存在しており、その均衡を保つため、天子は御所の最深部で座している。
「枯賀二等兵がその異能に目覚めるまで、生きたまま向こうの世界に閉じ込め続ける可能性もある。異能に目覚めるかも分からないまま」
「輝宮寺生かす前に、死なれたら困るもんな」
無機質な声音で真原が呟く。
「……お姉さんは」
福野が聞いた。
「局員に、報告に向かわせています」
「なら、早く帰してあげないと、心配だよ、みんな」
枯賀の異能について聞いたきり黙っていた富山が呟く。
穏やかな話し方とは裏腹に、その瞳は強い感情が滲んでいた。




