別れのはじまり
「お前、今までどこ行ってた、っていうかこのあやかし共、お前の仕業だろ、なんなんだてめえ、邪魔しやがって」
どうやらこのあやかしは酒呑童子に集まって来たのではなく、野狐禅が向かわせたものらしい。
つまり野狐禅がこちらにあやかしを放った、ということだが……。
「理由を言ったって、どうせ理解できないでしょう? なら知らなくても同じ」
どこか危うさを感じさせる雰囲気で笑う野狐禅に、今まで感じたことのなかった気味の悪さを覚えていれば、野狐禅は私に視線を向けた。
「ずいぶんと、変わってしまったみたいね。この間と表情が全然違う」
野狐禅はまるで夢を見ているみたいにぼんやりと言い、こちらにゆらりと接近してきた。
手には細身の槍が握られている。野狐禅は容赦なくその切っ先をこちらに向けてきた。私は身をひるがえし躱す。
「やっぱり。前のあなたなら、受け止めてくれてたのに」
野狐禅はジッと私を見つめる。そしてまた接近してきた。
「怖い? 私が……いや、死ぬことが」
私は睨み返した。なんなんだこいつ。
もしかしてドブ煮込みに何か、されたか?
野狐禅は真原さんたちを助けたらしい。その後消息を絶っていたが……輝宮寺の件でなにかあった……? 輝宮寺を生き返らせようと、ドブ煮込みと結託したか、酒呑童子みたいに乗っ取られかけている……?
ドブ煮込みのテーマカラーは紫。
操った人間の瞳は紫に染まる。
野狐禅の瞳を確認するが、その兆候は見られない。
どういうことだ?
混乱していれば、野狐禅はくすくす笑った。
「今日は、貴女を殺しに来たわけじゃないの。助けてもらいに来たの。あなたに」
助ける……?
「貴女はこの世界の物語に詳しいでしょう?」
野狐禅はうっとりした顔をしていた。
この間の件で野狐禅は私の血を舐めていたらしい。私は刀を握りしめる手に力を込めた。
「輝宮寺啓介を、生き返らせる方法を、鍵を持ってるのでしょう。だから、一緒に来てほしい」
野狐禅がドブ煮込みに操られているわけでもないのに、あやかしの群れを発生させたのは、輝宮寺啓介の為らしい。でも、死者を生き返らせるなんて、そんなの無理だ。千年桜は恋と咲くをもってしても、死者を生き返らせることなど出来ない。だからこそ、私は自分の命を捨てて、水社一心を救うつもりだった。死なないように。死んだら終わりだから。生き返らせる方法があるならば、その方法だって模索してる。それは私の記憶を得た野狐禅が、一番分かってるはずなのに。
「私の望みを、叶えて」
野狐禅の言葉に、すべてを悟る。
野狐禅は受け入れられなかったのだ。
輝宮寺啓介の死を。
「おい‼」
郷田は野狐禅に斬りかかろうとするが、身体の動きをピタリと止めた。野狐禅の霊力による金縛りだ。軍人に対しても……あやかしに対しても発動している。この間よりずっと強力な術だ。雨粒だって止まっている。
「お願い」
でも、私に対してはかけられていない。
私は首を横に振る。
輝宮寺啓介はあやかしになることを望まなかった。
死ぬことを病に負けたと言われることを拒否していたし、長く生きていたかっただろう。
死ぬことが怖かっただろう。
それでもあやかしになることを望まなかった。
病気や薬など、医術で助かる道を模索していた。
人間の手立てで生きることは望んでいた。
でもあやかしの手で、自分の生を捻じ曲げることは拒否した。
私は、輝宮寺啓介の意向を尊重したい。
野狐禅の希望には沿えない。
でも野狐禅の立場なら、私は確実に──、
「こんな雑魚相手にあやかしけしかけてんじゃねえっ‼ この根性ナシ‼」
酒呑童子が私と野狐禅の間に割って入った。
ほぼ隕石の落下である。
「望みを叶えてだぁ? 望みは自分で叶えるもんだろうが‼ 誰かとやるにせよなぁ、一緒だ‼ 叶えてだなんて根性ねえこと言ってんじゃねえ‼」
ぶん、と酒呑童子は野狐禅に金棒を振りかぶるが、野狐禅はすっと下がった。
「相変わらず、愚かね。何も変わらない。変わってほしく無いものは、こんなに、変わってしまったのに」
野狐禅は自らの尻尾を巨大化させると、酒呑童子を思い切り吹き飛ばした。
そして私に手を伸ばす。すると、私の足元から瘴気が湧き出て、無理やり宙に浮かびあげられ、浮遊している野狐禅に引き寄せられる。
刀で斬りさこうにも、どうにもならない。
「一緒に行きましょうね」
野狐禅は声を弾ませる。
「させるかああああああああああああああああっ」
ひゅっと眼前に水鳥が飛ぶ。
水社一心だった。奴は霊力で作った水の龍に乗り、こちらに手を伸ばす。
私も水社一心に手を伸ばす。
しかし、あと1センチほどのところで、野狐禅にぐいと後ろに引っ張られた。
「この子は貰ってく。ごめんなさいね」
私は野狐禅と共に、瘴気に飲み込まれていく。
水社一心は必死に手を伸ばすが届かない。
「待ってろ!」
瘴気が視界を覆いつくす寸前、水社一心が叫ぶ。
瘴気にもかき消されない叫び声。
スピーカー一心じゃん、と思うのもつかの間、私の意識は途絶えた。
六章完結になります。七章もよろしくお願いします。




