身バレ
お姉様が屯所に来てくれた翌日のこと。
「なんか吹っ切れた顔してんな」
扉を全開にして酒呑童子がやってきた。窓開けてればそこから入ってくるかなと思えど、普通に扉からだ。しかも念のため扉も開けていたのに、ガチャンガチャンガチャンガチャンと閉まっている扉を片っ端から開けたような音も響いていた。
その後「おう、開いてんじゃねえか‼ 手間取らせやがって」と入って来たので、もう多分、全局員の部屋が開いている。
しかも「毎朝、屯所の敷地内にある局員寮の扉を全開にするあやかしがいる」なんて誰も思わない。局員の悪質ないたずらだとみんな考え、調査局総出で犯人捜し中なのでどうしようもない気持ちになる。仮に酒呑童子の仕業だとバレたとしても、ほかの三妖士である猫又は連続殺人事件を起こし、野狐禅もお姉様を攫おうとし、屯所内で派手な振る舞いをした。酒呑童子はあやかし化した枯賀の父親を強化したといえど、それ以外は毎朝屯所に侵入し、せっせと局員寮の扉を全開にする──というのは、帝都退妖軍としてどういう対応になるのか想像もつかない。
端的に言えば、近所のピンポンダッシュしまくりクソガキだし。
一応三妖士最強だけど。
準備を終えていつも通り寮を出ると、酒呑童子は私を抱え山へ飛ぶ。
時間を惜しむように異空間を作り出し、分身を生み出した。
「さあ‼ 根性見せろ‼」
酒呑童子は叫び、いつもの如く空からこちらを見下ろす。
分身は次々襲い掛かってくる。
霊力もない。
異能も温存する。
霊力を吸う刀なしに、私は戦えない。
だから捨て身だった。それが最適解だし、理に適ってる。
未来のことなんて考えたくない。空しくなるだけ。前世から染みついた癖だ。良くなると思って油断してもっとひどい目に遭いたくない。期待してがっかりしてを繰り返すのも疲れた。だから自分で自分を助けよう。これは自己責任。仕方のないこと。人に期待しない。自分に期待しない。自分をお枯賀らない。未来はこれ以上良くならない。
だから生きていたって仕方ない。
そう思って、死んだ。
その後、枯賀末理として生きることになった。
記憶を取り戻してから、心のどこかでずっと持っていた感覚がある。
私は周りと違う。
一段異なる。
私は命を捨てられる。だからその分強い。だからみんなが出来ないことが出来る。みんなが戦えない戦い方を出来る。
その分戦えるし、戦う。
そう思っていた。
ミヤシロ様の時に霊力も手放したときもそうだ。
異能があるとも思ったけれど、根幹には「その時」が来れば命を捨てても構わない、だから何とかなるという絶望を前提とした楽観があった。
命を捨てれば運命は動く。
前世の私の死は、正しいと思っていたから。
でも。
水社一心のせいで、それが揺らいだ。
あいつの言葉のせいで、お姉様や、水社家や、管理局の人間の顔がよぎるようになった。
澄んでいたはずの思考が、あいつのせいでずっと濁って、行動ひとつままならなくなった。
死ぬのが怖くなった。
なんにも怖くなかったはずなのに。
前なら、振袖だのなんだの言われても、恵まれた人間のただの空想としか思えなかったのに。
生きるのだって怖いのに、死ぬことまでこんなに怖くなるなんて思わなかった。
明日死ぬことは、まだ怖くない。
でも死を宣告されたり、もう長く生きることが出来ないと悟った瞬間を想像するだけで、足がすくむ。生きていたいとまではまだ至らないはずなのに、生きたいと思えば、今まで死にたいと願い続けてきたことがようやく叶うんじゃないかとか、今まで死にたいと思っていた罰みたいなものが下るんじゃないかと、恐れるようになった。死にたいと思うことに罰がくだるだなんて、考えることすらなかったのに。
水社一心のせいだ。
全部、水社一心のせい。
それを声にしたら、どうなるんだろうと想像する。
多分あいつは否定しない。
──俺のせいでいい。
そんな風に返すのだろう。
そこにどれほどの肯定や共感があるのかは分からないが、それでもあいつは返す。
だから苦しい。
だから、私は──、
私は迫りくる酒呑童子の分身を──受け止めることもせず躱した。
「そうだァ‼」
頭上で酒呑童子が叫ぶ。
「根性でどうにもできなかったら、どうにかできる方法を考えろ‼ 無理だと思って諦めて死のうとしたり捨てるのは根性が足りねえ‼ ぶん殴って避けてぶん殴っての繰り返しだ喧嘩はァ‼ 踏み込む時をちゃんと狙うんだよォ‼ 真正面の敵をよく見てなァ」
私はこちらに迫りくる酒呑童子の分身を見据える。
これまでずっと、分身の速さや力に圧倒されるだけだったけど……少しだけ目が慣れた。
「選べ‼ お前がここだと思った瞬間を‼ ここでいいやじゃなくて、ここがいいと思った時に‼」
私は思い切り踏み込み、目の前の分身を斬りつけた。
感触こそ無いものの、分身はぶわっと煙のように消え去った。
「しゃああああああああああああああああそうだあああああああああああああ‼」
酒呑童子は歓声を上げると、こちらに一直線に飛んできて、私を抱え上げた。
「よくやった雑魚ぉおおおおおおおおおおおおお‼ 俺の分身に一太刀入れるたぁとんでもねえ快挙だ‼ よく諦めなかった‼ 捨て身に走らなかった‼ うおおおおおおおおおおおおおおお‼」
酒呑童子は私を抱えたままグルグル回転し始めた。
雑魚。
侮辱罪適用語句だが、酒呑童子にとって大衆は雑魚だ。雑魚ではない存在は片手程度。
身体が引き千切れる。意識が飛びかけている私に気付いた酒呑童子は「あーわりいわりい、ぶっ殺すところだった」と、私を地面に下ろす。本当にそう。危うく殺されるところだった。背骨折れるところだったし。さすっていれば、「んん?」と酒呑童子は不思議がる。
「んお?」
酒呑童子は唸りながら私に近づき、近視の人みたいな見方をしたあと、今度は遠ざかり、身体を左右に曲げ、私を起点にグルグル回る。
犬?
こちらもこちらで注視すれば、酒呑童子は「お前、枯賀の人間か?」と私の正体を見破って来た。




