第36話 伝えたい想い
トイストーリーを見てきました。ラストのアンディとの別れのシーンは涙なしには見られませんでした。
「霧人の発生の連絡を受け現場へ出動後、直ちにこれを排除。その過程で被災者を一名発見したため、通報及び病院への同行を行いました」
壁も床も天井も白一色で統一された部屋。室内を照らす照明の光は眩いばかりで温かみはない。そんな寒々しい白い部屋の中で、青空は正面に備え付けられた巨大なモニターに向かって経緯を報告している。その傍らには心と凪雲の二人も一緒だ。
「……それで以上かね?」
加工された無機質な音声が流れる。画面には六つの分割されたウィンドウが表示されているが、そこには一様に同じものが映っている。真っ白な装束を身に纏った六名の人物。顔には全体を覆い隠すように白い布を当てているため、表情はおろか年齢や性別すら分からない。そしてその布には黒く縁取られた大きな一つ目のような模様が描かれている。奇妙な出で立ちをした六名の内の一人はさらに続ける。
「今回の件、責任についてはどうなっている?」
「責任……ですか」
「部外者を巻き込むのはこれで二度目だ。前回はたまたま大事に至らなかったため不問にしたが、今回はそうは行くまい。諸々の処理も必要になってくる。何故、この短期間で同じ失敗を繰り返す? 原因は何だ?」
「それは……」
「お言葉ですが、今回の件について私たちの対応に不手際はありません」
言葉に詰まる青空を押しのけるように前へと躍り出た心は、きっぱりとした口調で敢然と言い放った。白い布の人物は聞き返す。
「不手際はないと?」
「一切ありません」
「大した自信ではないか。しかし現に犠牲者が一人出ているというのに、些か無責任過ぎるのではないか?」
「私たちが着いた時、現場には既に霧が立ち込めていました。それから数秒後に霧人が発生。戦闘開始から終了までがおよそ二十秒。そして被災者を発見したのはその直後……霧人を完全に消滅させた後です。この事実が何を意味するか? 被災者は霧が発生する前に現場にいたということです。つまり不備があったのは事前準備の方。そして事前準備は私たちの管轄外。それでも私たちに責任を押し付けるつもりですか!?」
心は怒気を孕んだ強い口調で、物怖じすることなく食ってかかった。
「……分かった、もういい。下がれ」
白い布の人物は軽く舌打ちすると、吐き捨てるように言った。顔は見えないが、きっと布の下では苦々しい表情を浮かべているに違いない。
「そうですか……それでは」
退室するよう命じられた心はぶっきらぼうにそれだけ言うと、くるりと踵を返した。
「し、失礼いたします」
「……(ペコリ)」
青空と凪雲も挨拶と一礼を残して彼女の後に続く。
「ったく! 何でもかんでもあたしらのせいにしやがって! 呼び出すなら状況ぐらい正確に把握しておけっての!」
部屋を出た心は怒りを露わにして、荒々しく吠える。
「緊急なんだから仕方ないさ。その時の状況を聞くために呼び出されたわけだし」
「『仕方ない』? あんな風に言われて悔しくないわけ? 大体あんたもあんたよ。こっちには何の落ち度もないんだから、はっきり言ってやんなさいよ! もっとシャキっとしろ!」
青空は怒れる幼馴染をなだめるために声をかけたが、それはかえって怒りの矛先を自分に向けさせるだけの結果となった。
「もしあたしが口を挟まなかったら、余計な責任まで負わされてたって理解してる? そもそも……」
「……(おろおろ)」
熱を帯びてきた心の口撃に凪雲が不安そうに揺れる中、青空のズボンの右ポケットが細かく振動を始めた。
「……五十嵐君からだ」
画面を確認した青空は誰ともなくつぶやくと、画面をタップして着信に応じる。
「もしもし」
「あ、浦上先輩ですか? 至急、病院に戻って来てください! 先輩の力が必要なんです!」
「落ち着いてくれ。何かあったのか?」
「とにかく急いで来てください! 詳細は後で話します!」
言いたいことを矢継ぎ早にまくし立てると、電話は切れた。
「何の用事だって?」
心の問いに青空は答える。
「僕の力が必要だから戻って来てくれって……急いでいる様子だった。とにかく一度、病院に戻ろう」
「……(コクリ)」
「やれやれ、しょーがないわね……」
青空の言葉に凪雲は頷き、心はぼやきながらも同意を示す。そして三人は急いでその場を後にするのだった。
青空たちが病院に戻ると、ロビーの長椅子に祐人が一人座っていた。青空は祐人に声をかける。
「五十嵐君」
「あ、戻って来てくれたんですね!」
「二人は?」
「五階の談話室です」
「そうか。それで……これから何をするつもりだい?」
「みんなの力で田中さんの叔母さんを助けるんですよ」
「助ける? どうやって?」
目的を聞かされた青空は反射的に質問を口にした。祐人は答える。
「まず広瀬さんの力で霧人に襲われた時の記憶を消します。そして浦上先輩の力で頭の中に直接田中さんの声を聞かせるんです」
「……君の時のようにかい?」
「はい、そうです。あの時、みんなの声が聞こえたから戻って来れた……んだと思います。だから今回もきっと……」
「……そう上手く行くと思う?」
二人の話を黙って聞いていた心が割り込み、口を挟んだ。彼女の端的な質問に祐人の表情は優れない。
「……分かりません。でもこのまま何もしないよりはずっといいと思います。……何とかしたいんです。田中さんのためにも」
「……」
祐人の真剣な眼差しを受けた青空は、腕を組んで思考を始めた。そして数分後、静かに口を開く。
「……分かった。やってみよう」
「ありがとうございます! じゃあさっそく病室に……あ、でも面会謝絶なんだった。こうなったらこっそり忍び込んで……いや、やっぱりちゃんと許可取らないとよくないな。でも何て説明すればいいんだ? こんなこと正直に話しても信じてくれないだろうし……それに霧人のこととか話したらまずいですよね? どうしよう、困ったな……」
「……そういうことなら僕がなんとかしよう。心と凪雲は五十嵐君と一緒に先に行っててくれ」
「え、いいんですか? でも確かに僕が下手なこと言うよりは、浦上先輩に任せた方が安心か……それじゃあお願いします!」
彼らは再び二手に別れた。祐人たちは病室のある五階に戻り、青空は入室許可を得るために何処かへと向かう。それから十数分後。五階へとやって来た青空から入室許可を得たと告げられた彼らは、育美の叔母の病室へと足を踏み入れた。
「お、叔母さん……!」
人工呼吸器のマスクを着けて白いベッドに横たわる叔母の姿を見た育美は、その体に縋りついて声を震わせた。
「……広瀬君」
「……はい」
青空が合図を出すと、早織は泣きじゃくる育美のそばに立った。数秒後、早織が目配せをする。どうやら記憶を消し終えたらしい。それを確認した青空は小さく頷き、育美の声だけが届くように波長を合わせて調整する。
「叔母さん……私、叔母さんに言いたいことがいっぱいあるんだよ……? 今度の試合、叔母さんに見に来て欲しくって……でも言い出せなくって……今までずっと素直になれなくてごめんなさい……ありがとうを言えずにごめんなさい……」
育美は涙ながらに訴えるが、返事はない。
「……嫌だよぉ! 叔母さんがいなくなったら私……私……!」
育美は叫ぶ。だが、状況は何一つとして変わらない。
「……育美さんはあなたのことが大好きなんです」
誰もが諦めかけたその時、育美のものではない静かな声がした。祐人は顔を上げ、声の主を見つめる。声の主は早織だった。早織は続ける。
「だから……一人にしないであげてください。一人ぼっちは寂しいですよ」
「そうだよ、叔母さん! 私は叔母さんが大好き! だから……目を覚ましてよ! お願いだから戻って来てよぉ!」
病室に響く祈りにも似た小さな叫び。そして――
「……う……ん……」
少女の想いはついに届いた。




