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【ソラリスの星典】〜狼少女と旅をする異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第一章 守るものあれば強く、
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7/20

第7話『狼少女フルム』

 絶食する覚悟を決めた僕は、再び服を濯ぎ始めた。いくら洗ってもボロ切れはボロ切れのままだったが、多少は綺麗になったと思える程度には洗えたようだ。


 服を濯ぎ終えると、狼少女が僕のもとへ駆け寄ってきた。


 彼女は魚を一匹口にくわえ、さらに両手に一匹ずつ掴んでいる。川から連れてこられた三匹の魚は、息苦しそうにぴちぴちと小刻みに身をよじっていた。


 僕は魚よりも、終始素っ裸のままの彼女の方が気になり、自分の上着を差し出した。


「ずっと裸だと風邪を引くから、僕の服を着てていいよ」


 狼少女は、目の前に差し出された服を見ると、何を思ったのか口にくわえていた魚をぺっと地面に吐き出し、両手の魚も手放した。


 そして僕に近づくと、ぎゅっと目を閉じて頭をこちらへ傾けた。


「……ん? 服を着せてほしいってこと?」


 僕は彼女の頭から服を被せ、両腕を通せるように左右の袖を持ってやった。狼少女は服の中でもぞもぞと頭を動かし、首元から顔を出した。


 どうやら遊んでいるのか、袖に腕を通す気配はない。


 そこで僕は、頭だけ出している彼女の服の中へ手を入れ、腕を探して左右の袖へ通してやった。


これで彼女は下半身裸、僕は上半身裸になった。


 狼少女は無事に服を着られたことが嬉しいのか、満足そうな様子だった。


「スイナ ルメス ザーフラ……」


「んー? どうしたの?

 ……そうだ!! 忘れてた!!

 本に翻訳してもらえばいいんだ!!」


 ここで僕は、ソラリスの星典に翻訳機能があることを思い出した。


「――ぴゃあ!!」


 狼少女は突然の大声に驚き、小さな悲鳴を上げながらその場でびくりと跳ねた。


 僕はすかさずソラリスの星典を呼び出し、翻訳をお願いした。


「――ソラリスターコード。彼女の言葉を翻訳して」


 僕はソラリスの星典を召喚し、狼少女の話す言語を翻訳するよう頼んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

音声解析を開始します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ごめん、もう一回言ってくれる?」


「……? ザーフラ クッビ トーワ?」



すると、星典は音声解析の結果を表示し始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本書に保存された情報内に一致する言語が見つかりませんでした。


 しかし、星竜語と部分的に一致する単語が確認されました。よって以降は、星竜語による翻訳を行いながら、新言語としての登録および学習・解析を実行します。


 加えて、日本語と星竜語の同時翻訳、二言語および片仮名での表記を実行します。


兄 何 (ザーフラ トーワ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――この子の話す言葉は、どうやら完全な星竜語ではないけど、それに似た言語ってことらしい。


 ……兄?

 僕のことをそう呼んでるの?」


「ルェザトゥ トーイ ツッレ ソー シフ ボ トッロ ア トーコ ザーフラ クッビ!」


「お、おお……本当に一語も分からない……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 魚 獲得 一緒 食べる

(ザーフラ シフ トーコ ルェザトゥ トーイ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「魚を獲った、一緒に、食べる……かな?

 なるほどなるほど。


 ……えっと、ソラリスターコード。ここから翻訳して。


 魚は焼いてあげるね。でも僕は食べられないんだ。魔法を覚えるために、三日間は何も食べちゃいけないから」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

シフ ルリグ

(魚 焼く)


トーイ トンキャ イア ルイスイスデ

(食べる 不可能 私 三日)


オルフ ジクマ アルーン

(理由 魔法 覚える)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕は、本に浮かび上がった翻訳文をそのまま読み上げた。


「オルフ ジクマ アルーン」


「???――ジクマ スイ トッワ?」


 彼女は犬が不思議な音を聞いた時のように首を左右へ傾け、不思議そうに僕を見つめていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

魔法 何 (ジクマ トーワ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――魔法って何?

 うーん、僕も詳しくは知らないんだけど、魔法は僕たちが生きるために必要な力、かな?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ジクマ デニード ヴァイサウ パウ

(魔法 必要 生きる 力)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ジクマ デニード ヴァイサウ パウ」


「フルム ルェザトゥ アルーン!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

一緒 覚える (ルェザトゥ アルーン)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「えぇ……君までご飯を我慢する必要はないんだけど……。


 ――もしかして、フルムって……君の名前?」


 僕が「フルム」と口にした瞬間、彼女の耳がぴょこんと反応し、さらに目を輝かせてこちらを見つめた。


 確信を得るために、僕はもう一度その言葉を口にした。


「フルム」


「――!!!」


 「フルム」という単語を聞いて、彼女は嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り始めた。


 そこで僕は確信した。


「――君の名前は、フルムって言うんだね」


 狼少女は、自分の名前を呼ばれたことがよほど嬉しかったのか、興奮した様子で僕に飛びついてきた。


「わぁっ!! どうしたの!?」


「――――――!!!」


 フルムは声にならない歓声を上げながら、僕のお腹に顔をぐりぐりと押し付けてきた。


 その後、少し落ち着いたかと思えば、今度は僕の顔をぺろぺろと舐め回してきた。


「フルムちゃん、落ち着いて! 取り敢えず少し離れて!!」


 僕はフルムの脇を掴んで持ち上げ、芝生の上に座らせた。


 近くでは、弱った魚がまだぴくぴくと身をよじっている。


 僕は思い出したようにフルムへ話しかけた。


「さっきの話だけど、フルムちゃんまでご飯を我慢しなくてもいいんだよ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

トーイ ナク

(食べる 可能)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「トーイ ナク、フルム」


「トン!! ザーフラ イアム ズア イムセ イザービ ウト ヲント フルム!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

否定 兄 同一 (トン ザーフラ イムセ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 すると、フルムは突然ガバッと立ち上がり、芝生の上で息も絶え絶えになっている三匹の魚を拾い上げると、小川へ放り投げた。


 その行動から察するに、どうやらフルムも僕と同じく、三日間絶食するつもりらしい。


「うーん……まあ、フルムちゃんの意思を尊重するか……。すぐに根を上げるかもしれないけど……」


 彼女は魚を小川へ逃がすと、満足そうな表情で戻ってきて、ちょこんと僕の前の芝生に座った。


 座ったというより、お座りしたと言った方が正しいかもしれない。


「タオウ リドクン フルム レト ウユウ タウ ナク ザーフラ クッビ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 水 飲む 欲しい (ザーフラ タウ リドクン タオウ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 フルムは僕の方へ口を開け、尻尾を揺らしながら、水が注がれるのをじっと待っている。


「お水ね。はいはい」


 僕は水筒を取り出し、彼女に促されるまま口の中へ、数時間前に煮沸消毒した小川の水を注いだ。


 フルムはゴクゴクと音を立てながら飲み干した。


 僕はここで、ふと浮かんだ疑問を彼女に投げかけてみることにした。


「フルムちゃん、僕の名前って何て言うの?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

イムネ イム トーワ フルム

(名前 私 何 フルム)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「イムネ イム トーワ フルム?」


 自分でも妙な質問だと思いながら、僕は彼女へ問いかけた。


「トゴーフォ ウユ ディテ イホワ? ザーフラ、スーノ フルム アーゼルブ クッビ ロア ザーフラ アウユ ウフ!?」


 奇妙な問いかけに、フルムは表情を曇らせた。


 戸惑いと不安が入り混じった目で僕を見つめ、眉間に小さな皺を寄せる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

忘れる 兄 知る 兄 あなた 誰

(トゴーフォ ザーフラ アーゼルブ ザーフラ アウユ ウフ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ロア ザーフラ?

 もしかして、“ロア”が僕の名前?」


 僕は彼女の話す未知の言葉から、繰り返し使われている単語の前後関係を手掛かりに、“ロア”という言葉が自分の名前なのではないかと推測した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ロア イア イムネ

(ロア 私 名前)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ロア、イア イムネ?

(ロア、それが僕の名前?)」


「ザーフラ!! スグニス ジネルトス イス トンド!!

 フルム グンジーテ イトヘ!!?!??」


 その質問が逆鱗に触れたのか、フルムは突如として髪と尻尾の毛を逆立てた。


 グルルと唸りながら両手を地面につき、まるで四足歩行の獣のような姿勢で僕へ向かって臨戦態勢を取る。


「え……え?? どうしたの、フルムちゃん!?」


 僕は突然の豹変に驚きながらも、なんとか彼女を落ち着かせようとした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 奇妙 言う 揶揄う 不快

(ザーフラ ジネルトス イス グンジーテ イトヘ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あー違う違う!!

 揶揄ってるわけじゃないんだけど……。


 分かった、翻訳して。


 村を出る前に頭を打った。だから記憶が曖昧なんだ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ジェレヴィ グニーヴィル オーフィブ ドエ トヒ

(村 出る 前 頭 打った)


グイヴェ イーリモメ ウオス

(不鮮明 記憶 結果)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ジェレヴィ グニーヴィル オーフィブ、ドエ トヒ。

 グイヴェ イーリモメ ウオス」


――グルルルルゥゥ……


 狼少女は低い唸り声を上げながら、僕を激しく威嚇している。


 どうやら興奮状態に陥っていて、僕の言葉が耳に入っていないらしい。


「とにかく、フルムちゃんを落ち着かせないと……!!」


 僕はできるだけ落ち着いた様子を装いながら、今にも飛びかかってきそうなフルムへゆっくりと近づいた。


 すると彼女は、こちらが距離を詰めていることに気付き、さらに牙を剥いて威嚇した。


 瞳孔も大きく開いている。


 危険だと理解しながらも、僕は彼女を宥めるために手を伸ばした。


 そして、そっとフルムの頭へ触れようとした。


――ガツッ!!


 フルムは頭に触れようとしてきた僕の手を、かなり強い力で噛んだ。


 その瞬間、僕はふと犬に関する雑学を思い出した。


 初対面の犬を撫でる時は、頭上から手を出さない方がいい。


 犬にとって頭上は死角であり、突然視界へ飛び込んでくる手は恐怖の原因になる。


 だから警戒心を煽ってしまうのだ――そんな話だった。


 僕は噛まれたことなど気にせず、そのままフルムを抱き寄せた。

 そして、空いている左手で彼女の頭を優しく撫で、さらさらとした髪に指を通した。


「大丈夫だよ……僕は敵じゃないよ……落ち着いて……」


 フルムは撫でられると、全身の力が抜けたようにしおらしくなり、僕の右手を噛んでいた口をそっと離した。


「フルムちゃん、落ち着いた?

 ほら、お水飲んで」


 僕が水筒を取り出して彼女の顔へ近づけると、フルムはぷいっと顔を背けた。


「今はいらないか」


「ザーフラ、フルム シウ シモルプ アズ アーブメリ ウー ウト?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 約束 覚える 保持

(ザーフラ シモルプ アーブメリ ウト)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「約束? 何のことだろう

 ……いや、僕がフルムちゃんと出会う前の話か?


 だとしたら、今の僕がその約束の内容を知ってるはずないんだけど——覚えてないって言ったら、またフルムちゃん怒るよね……」


僕は少し考え込んだ。


「――よし、こうしよう。


 翻訳して。


 もちろん覚えてるよ。

 逆に、フルムちゃんこそ約束、ちゃんと覚えてる?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アーブメリ ウト スーコ

(覚える 保持 当然)


アーザル シモルプ アーブメリ ウト

(対して 約束 覚える 保持)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「アーブメリ ウト スーコ。

 アーザル フルム シモルプ アーブメリ ウト?」


「フルム アーブメリ ウト イーラパロプ!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

覚える 保持 絶対

(アーブメリ ウト イーラパロプ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕は予想どおりの返答に、思わず笑みをこぼした。

 そして間髪入れずに、その約束の内容を聞き出すことにした。


「じゃあ、どんな約束か言ってごらん?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ナク イセ ドニアク シモルプ

(可能 言う 種類 約束)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ナク イセ ドニアク シモルプ?」


「ザーフラ クッビ ルェザトゥ エウ ルフラト!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 一緒 旅

(ザーフラ ルェザトゥ ルフラト)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 フルムは元気よく約束の内容を明かしたところで、はっと自分が僕の作戦に嵌められたことに気付いた。


彼女は慌てて両手で口を押さえる。


 僕は、ころころと表情を変える彼女の様子を微笑ましく眺めていた。


 しかしフルムは、先ほど威嚇していた時とは違う、どこか拗ねたような雰囲気で僕を上目遣いに睨んだ。


「ザーフラ クッビ センニーム!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

兄 邪悪

(ザーフラ センニーム)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「旅をする約束をしていたのか、過去の僕は。


 厳密には今の僕とは別人だけど……」


僕は腕を組みながら考え込む。


「……ん? フルムは迷子じゃないのか?


 ――いや、むしろ余計に分からなくなった……」


彼女は僕と旅をする約束をしていたらしい。


考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。


 僕はひとまず考えるのをやめて、自分を可愛らしく睨むフルムの頭をくしゃくしゃと撫でた。


 フルムは不満そうに耳をぴくぴくと動かしたが、それ以上怒る様子はない。


 思いがけないアクシデントはあったものの、フルムは落ち着きを取り戻し、僕も本を通して彼女と意思疎通を図れるようになった。


言葉が通じる。


 それだけで、異世界に放り出された僕の孤独感は、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

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