第46話『冒険者協会の洗礼』
森での長い暮らしを終え、ロアとフルムは人の暮らす世界を目指して旅立った。
やがて二人は、巨大な城壁に囲まれた都市ヴェリスタンを見つける。
しかし、身分証も通貨も持たない二人は街へ入ることができず、助けを求めるため、林の中で人を待つことにした。
そこで偶然出会ったのが、討伐依頼を終えて街へ戻る三人の若い冒険者――ミレイユ、リア、シエラだった。
当初は互いに警戒していたものの、魔導書を通じたやり取りを重ねるうちに、ロアたちが街への入城を望んでいることを知った三人は、二人に手を差し伸べることにした。
三人の助けを得て、ロアとフルムは、ついに街へ入ることに成功する。
こうして二人は、人々の営みと文明が息づく都市ヴェリスタンへと、初めて足を踏み入れたのだった。
森の外に広がる、人々と文明の世界。
そして、そこで待ち受ける新たな生活が、今始まろうとしていた。
*
南門を通り過ぎた一行は、都市ヴェリスタンへと入った。
ロアとフルムは袋の中に隠れたまま、ミレイユたちに運ばれていた。
三姉妹が真っ先に向かったのは、門の近くにある宿屋だった。
その宿屋はニ階建てで、古き良き古民家を思わせる佇まいをしていた。
「ただいまー!」
宿屋の扉を開けるなり、リアが元気よく声を上げた。
「――あらっ!」
扉の上部に取り付けられた鈴が鳴り、リアの声が店内に響き渡った。
その声に気付いた恰幅のよい女性が、受付の奥にある厨房から顔を出した。
「リア……いつも思うけど、声が大きいって……」
ミレイユがムッとした表情でリアをたしなめた。
「大丈夫だって!」
リアは答えになっていない返事をしながら、まったく気にする様子もなく、受付の奥を眺めていた。
すると、この宿屋の店主である恰幅のよい女性が、厨房から受付へと急いでやってきた。
「今日は帰りが早いのね!
――それで、どうしたの?
今晩は外でご飯を食べてくる?」
「いや、違くて。
――こういうわけなんだけど」
店主に尋ねられたリアは、ミレイユとともに二つの袋を木の床へそっと下ろし、中からロアとフルムを取り出した。
フルムは袋から出ると、よほど窮屈だったのか、猫のように伸びをして身体を反らした。
それから頭を振り、ようやく一息ついた様子だった。
二人の子どもを目にした店主は、驚きのあまり目を丸くした。
そして、慌てて受付のテーブルを回り、こちらへ近づいてきた。
「なになになになにッ!?
どうしたの、この子たち!
――拾ったの!?」
「そうそう――外で拾って来たの!」
リアが明るく答えると、ミレイユは申し訳なさそうに口を挟み、代わりに事情を説明した。
「すみません、おばさん……」
「子ども二人分の宿代を今日から払うので、いつも私たちが泊まっている部屋に、この子たちも泊めてもいいですか……?」
「うーん……それは構わないけど、狭くないかしら……」
「でも、今は空いている部屋がないから――困ったわね……」
「——二人部屋に五人になっちゃうけど、それでも大丈夫?」
「うんッ!全然いけるッ!!」
リアは、何も考えていないかのようにあっさりと答えた。
そんなリアの適当な返事に苛立ちを覚えながらも、ミレイユは話を続けた。
「あー……すみません」
「先に集会所へ行かないといけないので、それについてはまた後で考えます……」
「あ、今日の夜ご飯は――ここでいいよね?」
ミレイユはリアとシエラの意思を確認するため、二人へ振り向いた。
「うん、いいよー」
「私も大丈夫」
二人は簡潔に答えた。
ミレイユはその返事を受け、慌てて店主に三人の意向を伝えた。
「――夜ご飯はここで食べます。
よろしくお願いします」
「うん、分かったわ」
「じゃあ、みんなが帰ってきてから夕食を作り始めるわね」
「ありがとうございます。
また出掛けてきます」
「はーい。
行ってらっしゃい!」
こうして、二人部屋に五人で泊まるという問題を抱えながら、一行は宿屋を後にした。
五人は居住区を抜け、中央行政区へと続く舗装された道を歩いていった。
道中、フルムはミレイユの背中によじ登り、そのまま肩車をしてもらっていた。
一方、ロアは袋から出てからも、終始一言も発することなく、三人の様子を観察していた。
シエラとミレイユは、そんなロアに若干の気まずさを感じていた。
すると、不意にシエラがロアの手を握った。
ロアは、シエラの突飛な行動にもまったく驚くことなく、その手を握り返して歩き続けた。
それを見たミレイユが、呆れたように言った。
「ロアくんの担当は、シエラに決まりね」
「え? 全然いいけど――じゃあ、フルムちゃんの担当はミレイユ?」
「それは――私に務まるか分からないけど、懐かれてはいるっぽい……」
そう言うミレイユの両肩にはフルムが足を下ろし、ミレイユの頭にぎゅっと抱きついていた。
それから三人は商業区を通り抜け、都市の中央に位置する行政区へと辿り着いた。
目的地であるラグナヴェルト冒険者協会ヴェリスタン集会所は、行政区の東側、道を挟んだ向かいに位置していた。
集会所の前に着くと、ミレイユがぼそりと呟いた。
「何もないといいけど……」
リアとシエラはその呟きに気付いたものの、すでに腹を括っていたのか、何も答えなかった。
二人はズンズンと集会所の入口へ進み、両開きの扉の取っ手をそれぞれ掴んだ。
そして、勢いよく扉を開いた。
店の中からは、何人もの笑い声や活気に満ちた話し声が絶え間なく響き、まるで祭りのような賑わいが伝わってきた。
五人が集会所へ足を踏み入れると、こちらに気付いた冒険者の一人が、屋内に響き渡る声で話しかけてきた。
「三姉妹! 今日は早かったなー!!」
「三姉妹! 今日も子守りかー?」
「おっ! 獣人の子どもを連れてるぞ!!」
その声をきっかけに、冒険者たちがゾロゾロと集まってきた。
入口付近で立ち止まっていた五人は、たちまち冒険者たちに取り囲まれた。
――ビジッ!
――ビジジジジッッ!!!
その瞬間、ロアから不気味な魔力が放たれた。
まるで殺気を帯びているかのような魔力に、フルムへ近づこうとしていた冒険者たちの足が止まった。
シエラは恐怖のあまり、ロアの手をパッと離してしまった。
ロアはそのことに気付いたものの、特に反応を示すことなく、冒険者たちを見据えていた。
すると、不意に不機嫌そうな男の声が響いた。
「――誰だぁ? 人が楽しく酒を飲んでるときに、水を差してくる馬鹿は――」
集会所が静寂に包まれる中、一人の大男が冒険者たちを押し退け、こちらへ向かってきた。
「おう、三姉妹」
「お前らか」
「……何だ、この銀髪のガキ」
「俺らに喧嘩売ってんのか?」
薄ら笑いを浮かべながら、屈強な大男がロアを見下ろしていた。
「――なら、さっさと離れろ」
「うちらは代表に用がある」
「お前なんかに用はない」
リアは臆することなく、強気な口調で男に言い返した。
大男は困ったように頭をかきながら、リアを見下ろして言った。
「つれねえなぁ――せっかくいい雰囲気だったのによ」
「邪魔されて、俺も気が立ってんだ」
「こういうのはどうだ?」
「お前が代わりに俺の酒に付き合う」
「そしたら、さっきのことはチャラにしてやる」
「黙れ――今すぐ消えろ」
リアがそう言い放つと、大男は「あ?」と声を上げ、怒りを露わにしながらリアの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
リアもまた、身を守ろうと即座に身構えた。
しかし、その時――。
――ドォオオオオオンッッ!!!!
ロアが大男に空中回し蹴りをお見舞いした。
大男の身体は集会所の壁まで吹き飛び、激しく衝突した。
そのままぐったりと壁にもたれかかるようにして、床へ倒れ込んだ。
三姉妹は驚きのあまり目を見開き、ロアから目を離せずにいた。
「速過ぎて、見えなかった……」
「どうやってやったの……?」
「……今の」
リアがロアに尋ねた。
けれど、ロアは大男から目を離さなかった。
「もしかして、今のが魔法【ヴァルネス】……?」
「え……?」
「そうなの……!?」
シエラとミレイユもまた、リアと同じく、ロアの超人的な蹴りに興味津々の様子だった。
騒ぎを目の当たりにした受付嬢は、慌てふためきながら、どこかへ走っていった。
恐らく、誰かを呼びに行ったのだろう。
「……ぅう……痛ってぇなあ……クソッ!」
どうやら、蹴り飛ばされた大男が目を覚ましたようだ。
「完全に……酔いが覚めちまった……」
「いい度胸じゃねえか」
「――ぶッ殺すッ!!!」
大男から、先ほどロアが放ったものと同じような殺気が周囲に放たれた。
すると、近くの席で落ち着いて酒を飲んでいた細身の男が口を開いた。
「おいッ――やめろッ!」
「何お前、子どもにマジになってんだよッ!!」
細身の男が大男に怒鳴ると、大男はニヤリと笑い、言い返した。
「コイツ、ただのガキじゃねえぞ――ほれ、見ろ」
「――魔法使いの目をしてやがる」
ロアの目はサファイアのように蒼く輝き、まるですべてを見通すかのように、大男を捉えていた。
そして、ロアは徐に右手を前へ差し出し、掌を上に向けた。
すると、蒼い魔法陣が掌の上に展開され、周囲の机に置かれた木製のジョッキから、酒が次々と集まり始めた。
「何してんだ? お前――」
大男はロアの不可思議な行動を、まるでゴミでも見るかのような目で眺めていた。
どうやら、ロアの行動を脅威とは思っていないらしい。
しかし、ロアは続けて紅い魔法陣を蒼い魔法陣の上に重ねて展開させると、球状に集めた酒に火をつけた。
「「「――!!?」」」
その光景に、三姉妹はそろって目を奪われた。
そして、シエラが小さく呟いた。
「私と同じ技……」
リアとミレイユは、シエラの言葉に同意するように、ニコッと微笑みかけた。
「おいッ!!お前らッ!!何してんだァ!!!」
突然、二階から筋骨隆々の男の怒号が響き渡った。
集会所にいた者たちは一斉に、その男へと視線を向けた。
ロアも、魔力で火球を維持したまま、例外なく二階にいる男へと視線を向けた。
しかし、その時――。
「何よそ見してんだッ、クソガキィッ!!!」
ロアの前方で激昂していた大男が、突然ロアに向かって突進を始めた。
ロアは大男の動きを察知すると、火球の炎をさらに強めた。
すると、赤かった炎が次第に青へと変化していった。
「――!? ……初めて見た」
「……蒼い炎」
シエラがロアの生み出した蒼い炎に見惚れていると、ロアはその火球を、突進してくる大男に向かって投げつけた。
蒼い炎の火球が、大男に直撃する。
――バァアアアンッ!!!
火球が命中した瞬間、爆発が起こり、爆煙が大男を包み込んだ。
「――ッ! クソッ!!」
「何も見えねえッ!!」
――ドォオオオオオンッ!!!!!
その直後、先ほど二階から怒号を飛ばしていた筋骨隆々の大男が、二階から飛び降り、煙で視界を奪われた大男の眼前に姿を現した。
そして、激昂する大男の襟首を掴むと、軽々と引き寄せ、大男の懐へと入り込んだ。
背負い投げを仕掛ける、その刹那。筋骨隆々の男の脳裏に、ある思いがよぎった。
――この銀髪のガキ、初めて見る顔だな。
もう一人、獣人の娘もいる。
三姉妹が拾ってきたのか?
まあいい……少しビビらせてやるか――。
――バシィィイインッッ!!!!
筋骨隆々の男は、激昂する大男をロアのすぐ隣へと投げ倒した。
けれど、ロアは顔色一つ変えず、半歩後ろへ下がっただけで、男の動向を見守っていた。
筋骨隆々の男は、目の前で微動だにしない銀髪の少年を見下ろしながら、ふと思った。
――こいつ、相当戦い慣れしてんな。
……目が完全に座ってやがる。
俺が止めに入らなきゃ、最悪コイツのこと殺してたろ。
……はぁ。
三バカの仕業か……。
また面倒事、増やしやがって……。
床も壁も、誰が修理すると思ってんだッ!
筋骨隆々の男は、床に叩きつけられて伸びている大男を引きずりながら、三姉妹に向かって言った。
「三姉妹ッ!!」
「話があるから、俺の部屋で待ってろッ!」
「勿論、お前もだッ!」
すると、リアが不服そうに声を上げた。
「えぇー!? うちらは何もしてないってっ!!」
筋骨隆々の男は、そんなリアの抗議を一蹴した。
「うるせぇッ!!」
「それを決めるのは俺だッ!」
そう言い放つと、男は自分と同じくらいの巨漢を片手で引きずりながら、集会所の入口から外へと出ていった。
*
冒険者協会での思いがけない騒動に巻き込まれたロアたち。
圧倒的な力を見せつけたロアに、三姉妹は驚きを隠せずにいた。
そして、彼らを待ち受けるのは、冒険者協会の代表との対面。
果たして、ロアとフルムは無事に身分証を手に入れ、都市ヴェリスタンでの生活を始めることができるのだろうか。




