第43話『離郷』
巨鹿たちから三つの魔法を受け継いだロアは、フルムとともに漆黒の巨獣へ挑む。
激闘の末、二人はついに巨獣を斥けた。
長きにわたる森での暮らしを終え、蓄えた力を胸に、新天地へと旅立つ。
果たして、その先で二人を待ち受けるものとは――。
*
闘いを終えた僕たちは、洞窟へ帰る準備を始めた。
まずは戦利品である巨獣の頭部と胴体、そしてフルムの剣を水属性魔法で洗浄する。
剣は鞘に収め、巨獣の肉体には水を纏わせた状態で氷結属性魔法を行使し、凍結させた。
凍結させた巨獣を収納しようにも、今は刻印を施した麻袋を持っていない。
仕方なく僕は、巨獣の亡骸を魔力で浮かせながら、洞窟へ運ぶことにした。
「——じゃあ、フルムちゃん。帰ろうか」
そう言って、僕が彼女の手を取ろうとすると、フルムは手をシュッと引っ込め、僕の背中へ回り込んだ。
そして、そのまま僕の背中に飛びついた。
「……おんぶして欲しいの?」
僕は苦笑しながら、彼女を背負った。
「——いいよ。フルムちゃん、今日頑張ったもんね」
僕はフルムをおんぶして、剣の収まった鞘と巨獣を浮かせたまま、洞窟への帰路についた。
洞窟へ戻ると、まず巨獣の胴体を麻袋へ収納した。
そして、凍結した巨獣の頭部を持って、洞窟の奥へと向かう。
奥の空間へ辿り着くと、二頭の巨鹿が目を見開き、慌てて身体を起こした。
僕は、巨獣を討伐したことを巨鹿たちへ報告する。
「——倒してきました」
すると、子鹿たちが先に起き上がり、興味津々な様子で近づいてきた。
そして、巨獣の頭を包んでいる氷を舐め始める。
「……あ、君も元気になったんだね」
大怪我をしてからずっと眠っていた子鹿も、もう立てるほどには回復していた。
他のニ匹の子鹿と並び、ぺろぺろと巨獣の頭を包む氷を舐めている。
「……喉が渇いているの?」
そう考えた僕は、水属性魔法で水の塊を三匹の子鹿の眼前に生成した。
すると、よほど喉が渇いていたのか、三匹の子鹿は水の塊に頭ごと突っ込み、ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み始めた。
すると、先導の巨鹿が徐に立ち上がり、僕たちの顔へ頭を擦り付けてきた。
僕は若干戸惑いながらも、これが巨鹿なりの感謝の表し方なのだと勝手に理解した。
フルムは嬉しそうに、先導の巨鹿の顔へ負けじと自分の顔をぐりぐりと擦り付けている。
門番の巨鹿もその様子を眺めていたが、不意に立ち上がると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
そして、凍った巨獣の頭をまじまじと観察すると、そのまま洞窟の外へ向かって歩き出した。
僕は子鹿たちの喉を潤すと、すぐに巨獣の頭部を袋へ収納した。
その袋を持って、これまで使わせてもらっていた部屋を出る。
そして、別の部屋に置かせてもらっていた凍結状態の野獣の生肉も袋へ収納し、その部屋を後にした。
「——フルムちゃん、行くよ」
彼女にそう呼びかけると、フルムと先導の巨鹿が僕の後ろについて歩きながら、洞窟の外へ向かった。
洞窟の外へ出ると、左側で待っていた門番の巨鹿が目に入った。
僕はその正面に立つ。
そして、なぜか先導の巨鹿の背に乗っていたフルムを降ろし、門番の巨鹿と対峙するように自分の隣へ立たせた。
門番の巨鹿と先導の巨鹿は、これから何が始まるのかを理解しているようだった。
一方、三匹の子鹿とフルムは、訳も分からず困惑しながらも、空気を察したのか、二頭の巨鹿と僕の行動を真似るように、それぞれの保護者のそばへ並んだ。
「短い間でしたが、お世話になりました。
いつか、この恩は必ず返しに来ます。
——それまで、どうかお元気で」
僕は、そう告げた。
「(ソラリスターコード——翻訳して)」
心の中で唱えると、ソラリスの星典が出現した。
星典は白紙のページを捲り、僕の前へ開いて見せる。
「フルムちゃん……お別れするよ」
星典が翻訳を開始する。
———
トスアル ルェウラフ
(最後 別れ)
———
僕は星典が記述したこの世界の言葉を読み上げた。
「フルム、トスアル ルェウラフ」
僕がフルムにそう告げると、彼女は内心では分かっていたのか、目をウルウルと潤ませ、涙声で呟いた。
「トーワ シ エフタ トスアル エノ……? フルム、トナウ オト ルェザトゥ レヴェロフ……」
フルムは言葉を紡ぎながら、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。
すると、それを見かねた二頭の巨鹿が、ゆっくりと俯いて涙を零す少女へ近づいていく。
そして、頭を彼女の顔へ寄せ、宥めるように擦り付けた。
まるで、その仕草が「きっと、また会えるよ」と伝えているようにも思えた。
すると、子鹿たちもようやく今がお別れの時なのだと理解したのか、涙は流さないものの、甲高い鳴き声を上げながら僕たちへ歩み寄ってきた。
僕は子鹿たち全員の頭を撫で、「またね」と言って、別れの挨拶をした。
そして最後に、二頭の巨鹿へ挨拶をしようとした。
「フルムちゃん——見てて?」
僕はフルムの涙で赤くなった顔を上げさせる。
そして、二頭の巨鹿の頭に抱きつくようにしてハグをした。
これが、僕なりの別れの挨拶だった。
そして内心では、フルムに「お別れの挨拶は、こうやるんだよ」と教える意味もあった。
僕の動作を見ていたフルムは、小さな両手で目を拭う。
そして、赤くなった顔のまま、ゆっくりと二頭の巨鹿へ近づいていった。
先導の巨鹿、門番の巨鹿、そして三匹の子鹿。
その一頭一頭の頭へ抱きつき、フルムはちゃんと別れの挨拶をしていく。
僕は、その様子を静かに見守りながら、星典を召喚した。
「ソラリスターコード——写真って撮れる?」
そう星典へ問いかけると、星典はソラリスアイを起動した。
すると以前と同じように、急に力を失ったかのようにボトンッと地面へ落下する。
僕は礫岩属性魔法で空中へ伸びる岩を生成し、二頭の巨鹿が全身収まる画角になるよう、星典を中空に固定した。
そして続けて、星典へ指示を出す。
「二十秒経過してから撮影して」
それからしばらくして、鹿たち全員への別れの挨拶を終えたフルムのもとへ、僕は駆け寄った。
フルムの手を取ると、急いで二頭の巨鹿の間へ立つ。
そして星典を指さし、フルムにもそちらを見るよう促した。
けれど、フルムは訳が分からないといった様子で、キョトンとした顔のまま星典を眺めている。
その瞬間——。
——パシャンッ!!!
眩い閃光が、僕たちを包み込んだ。
光が収まると、僕はすぐに星典のもとへ駆け寄った。
魔法を解いて星典を回収し、先ほど撮った写真を見せるよう伝える。
すると、星典の左の頁に、一枚の集合写真が描かれた。
そこには、二頭の巨鹿と三匹の子鹿。
そして、僕たち二人の姿が写っていた。
「フルムちゃん、おいで」
閃光で目をやられたのか、両手で顔を覆っているフルムへ、僕はそう呼びかけた。
すると彼女は、とぼとぼとふらつきながらこちらへ歩いてくる。
フルムは、まだしょんぼりとした表情のまま、僕のそばに立った。
僕はそんな彼女の頬をむにっと掴んで弄びながら、鹿たちへ告げる。
——行ってきます。
二頭の巨鹿は、暖かい眼差しで僕たちを見つめている。
僕はそんな彼らに背を向け、歩き始めた。
フルムがついてきているのかを確認することもなく、ゆっくりと前へ進んでいく。
すると——。
トットッ、と小さな足音が聞こえてきた。
次の瞬間、僕の右手が、ぎゅっとフルムに握られた。
そうして僕たちは手を繋ぎながら、濃密な五日間を過ごした——この洞窟を後にした。
そして——。
ようやく今日、二人の旅が始まった。
最初の旅の目的地は、文明の進んだ文化が集う場所——都市。
僕たちは、行き先も定めず、ただぼんやりとした目的だけを胸に、この森を旅立ったのであった。
*
漆黒の巨獣との戦いを終え、長きにわたって過ごした森を後にしたロアとフルム。
巨鹿たちとの別れを経て、二人はついに人の暮らす世界へ向けて歩き始める。
これまで森の中だけで生きてきた二人にとって、目にするもの、出会うもの、そのすべてが未知の世界。
果たして、二人を待ち受ける新たな出会いとは——。




