第41話『魔法の継承』
格納魔法を習得し、街へ向かう準備を整えたロア。
しかし、その最中に姿を消したフルムを追い、森の中へ向かうことになる。
そこでロアは、魔力によって姿を隠す不可視の毒蛇と遭遇する。
フルムと力を合わせて毒蛇を仕留めた二人は、捕らえた蛇を食料として洞窟へ持ち帰り、束の間の穏やかな時間を過ごしていた。
だが、その静寂を切り裂くように、大気を震わせる異変が起こる。
それは、かつて死闘を繰り広げた漆黒の巨獣からの、再戦の合図だった。
再び訪れた戦いの気配に、ロアとフルムは覚悟を決める。
その時、眠りについていた巨鹿たちが目を覚ます。
そして、二人を待ち受けていたのは――思いもよらぬ出来事だった。
*
風も止み、森が静けさを取り戻したころ、僕たちは洞窟を出発し、漆黒の巨獣のもとへ向かおうとした。
――その時だった。
二頭の子鹿が洞窟から出てきた。
そして、ゆっくりとこちらへ近づくと、僕とフルムの腕を優しく噛み、洞窟の中へと引っ張っていった。
「えっ……なになに? どうしたの……?」
「ン〜?」
僕たちは、大人しく子鹿の誘導に従い、洞窟の最奥へと導かれた。
そこに待ち受けていたのは、横たわる二頭の巨鹿と一頭の子鹿だった。
僕は、それを少し不思議に思った。
彼らの身体の傷は、既に癒えているはずだ。
それでも立ち上がれずにいるのは、傷が癒えても、失った力まではすぐに戻らないからなのかもしれない。
巨鹿たちの前へ到着すると、二頭の子鹿は腕を引っ張るのをやめ、静かに巨鹿のそばで足を折って座った。
すると、二頭の巨鹿が目を開け、こちらをじっと見つめた。
そして、門番の巨鹿が瞳を輝かせる。
次の瞬間、僕とフルムの周囲に、洞窟の入り口を塞ぐように無数の岩の針が地面から天井へ、天井から地面へと伸び始めた。
それらは次々と連なり、巨大な岩壁を築いていく。
「え……?」
「???」
僕は突然の魔法に驚き、困惑した。
けれど、その魔法に攻撃の意図がないことだけは、はっきりと分かっていた。
フルムも、何が始まるのだろうと、突如として生成された岩の針による岩壁を不思議そうに眺めながら、左右に頭を傾けていた。
やがて岩壁は、僕たち二人を洞窟の入り口への道から隔てるように、コの字型に取り囲んだ。
すると、門番の巨鹿と先導の巨鹿が身体を起こす。
先導の巨鹿は翡翠色に。
門番の巨鹿は橙色に。
それぞれ魔力によって瞳を輝かせ、僕たちの背後に築かれた岩壁を見つめた。
その瞬間。
僕たちの左右、そして背後にある三面の岩壁へ、それぞれ異なる色の魔法陣が展開された。
一つは、淡い緑色の魔法陣。
一つは、淡い茶色の魔法陣。
一つは、灰白色の魔法陣。
それら全ての魔法陣は輝きながら、グルグルと岩壁の上で回転している。
しかし、魔法陣は展開されているだけで、魔法が発動する気配はない。
僕は二頭の巨鹿の意図が分からず、ただ呆然と岩壁に展開された魔法陣を眺めていた。
すると、元気な二頭の子鹿が僕とフルムの腕をそれぞれ甘噛みし、魔法陣が展開された岩壁へと、ぐいぐい引っ張っていく。
「——これに、触れってこと……?」
僕たちは訳も分からないまま、子鹿に促されるように、引っ張られた方の手を輝きながら回転し続ける魔法陣へとそっと触れた。
——ボッ……!!
その瞬間。
魂炎の色が、触れた魔法陣の輝く色へと変化していくのを感じた。
「——!?」
僕は、その時ようやく二頭の巨鹿が何をしようとしていたのかを理解した。
彼らは、僕たちに魔法を教えようとしていたのだ。
それは当然、あの巨獣を倒すためだ。
僕は続けて、三つの魔法陣全てに触れた。
そのたびに、魂炎の色が魔法陣の色相へと変化していく。
そして、その魂炎の色が変化していくのを、身体の奥底で感じた。
フルムも僕と同じように、三つの魔法陣へと触れた。
「……?」
けれど、彼女は僕の真似をして魔法陣に触れたものの、どうにも戸惑いを隠せない様子だった。
そこで僕は、フルムも魔法陣から新しい属性の魔法を受け取れたのか確認するため、今さっき覚えたばかりの礫岩属性魔法の魔法陣を掌の上に展開した。
そして、立方体の石を生成してみせる。
「ナク?」
僕が彼女に問いかけると、彼女は僕が石を生成した時と同じように手を動かして、瞳を輝かせた。
けれど、彼女の掌の上に石が生成されることはなかった。
そして、僕の顔を上目遣いで見つめながら、顔をぶんぶんと横に振った。
どうやら、フルムは魔法陣に何度触れても、魔法と、その起源たる魂炎の情報を受け取れなかったようだ。
なぜ魔法を受け取れたのが僕だけだったのかは分からない。
恐らく、魔法を受け取るには何かしらの条件があったのだろう。
「まぁ……でも、僕が覚えたから大丈夫だよ」
そう言って、僕は彼女の掌に立方体の石を置いた。
そして、僕は二頭の巨鹿へと向き直り、口を開いた。
「ありがとうございます。
ちゃんと——力も、想いも、受け取りました」
僕は燃える闘志を瞳に宿し、続ける。
「では——行ってきます!」
そう言って僕は岩壁に正対し、魔力を右手の拳へと込める。
そして、思い切り岩壁を殴りつけた。
——ドオオオオオオンッッッッ!!!
激しい轟音とともに、門番の巨鹿が生成した岩壁が砕け散る。
その破片は洞窟の外まで吹き飛んでいった。
僕はフルムの手を取り、洞窟の外へと歩き出した。
フルムは僕の顔を覗き込みながら、左手で鞘を抱え、僕に連れられて歩いていく。
一人であれば敵わぬ敵も、二人であればきっと乗り越えられる。
僕たちには、言葉が通じ合わなくとも、その確信だけは確かにあった。
*
こうして、二人の少年少女は巨鹿たちを背に、洞窟に差し込む光の中へと歩み出した。
恐れるものは、もう何もない。
守りたいもののために命を賭して闘い、斥けるべきものには持てる力の全てを振るう。
受け継いだのは、三つの魔法だけではない。
巨鹿たちが託した力と想いを胸に、二人は決戦の地へと向かっていく。




