表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ソラリスの星典】〜狼少女と旅をする異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第一章 守るものあれば強く、
PR
4/15

第4話『文明の足跡』

四話 文明の足跡

 村を出発し、草原へ差しかかった頃、狼少女の足が止まった。


「……ピスリィ」


狼少女の瞼は、今にも閉じてしまいそうだった。


「――ほら、おいで」


 僕はその場にしゃがみ込み、背を向けて彼女を促した。


 狼少女はそっと私の首に腕を回し、そのまま体重を預けてくる。


 彼女を背負うと、吐息が首筋をくすぐり、思わず肩をすくめた。


 僕は干し肉とナイフの入った袋を首から提げ、左手で狼少女の脚を支えながら、右手でドラゴンの鱗を引きずって歩き始めた。


「お、重い……!!」


 僕はまだ、今の自分の体格や筋力を正確に把握できていなかった。


 狼少女一人でさえ楽に背負えるほどの力はなく、しかも進む先は緩やかな上り坂だ。その傾斜が容赦なく体力を削っていく。


 とはいえ、今さら立ち止まるわけにも、彼女を降ろすわけにもいかなかった。


 ピュウウウウウウウウ――。


その時、一陣の風が後方から吹き抜けた。


「涼しい……」


汗ばんだ身体を撫でる風が心地よい。


 僕は肩で息をしながらも、一歩、また一歩と丘を登り続けた。


 吹き抜ける風はまるで、僕たちの門出を祝福し、小さな背中をそっと押してくれているかのようだった。



 村を出てから十分ほど歩いた先で、僕は開拓の途中と思しき場所に差しかかった。


「こんなところに、切り株がある……」


 周囲には所々に切り株が残されており、その根元には、月光を浴びた鈴蘭にも似た白い花々が群生していた。


 淡く輝く花々は、まるで夜の闇に浮かぶ灯火のようで、一帯を幻想的な空間へと変えている。


「昔はここも、森の一部だったのかも……」


 そんなことを考えながら周囲の景色に目を向けていたが、じわじわと削られていた僕の体力は、ついに限界を迎えた。


 僕たちは村から二百メートルほど離れた丘で、一夜を明かすことにした。


 切り株の近くに荷物を下ろし、彼女を草の上へそっと仰向けに寝かせる。


 そして僕もその隣に身を横たえた。


 流れる雲と、静かに輝く月を眺めながら――僕は深い眠りへと落ちていった。


***


 村を出発して一日目の朝、僕は寝苦しさを覚えて目を覚ました。


 目を開けると、お腹の上で猫のように丸まって眠る狼少女の姿があった。


 昨日は暗くてよく分からなかったが、彼女の肌は太陽の光をたっぷり浴びたような健康的な褐色をしている。


 僕は、何となく狼少女の頭を撫でた。


 すると、狼の耳がぴくりと反応し、彼女は気持ちよさそうに身体をくねらせる。


 このままでは身動きが取れないので、僕は彼女をそっと抱き上げ、自分の隣へ寝かせた。


 彼女が起きるまでの間、本を使ってこの世界の言語を少し学ぶことにした。


 本を呼び出そうとした、その時にはすでに本は目の前に出現していた。


 僕は内心、何が起動条件なのだろうと不思議に思いながらも、本へ問いかけた。


「この本は何語で書かれてるの?」


 本は僕の問いに応えるように、空白のページへ二種類の文字を次々と浮かび上がらせた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 この『自律型契約式魔法書【ソラリスの星典ソラリスターコード】』は、著者の母国語である『星竜語』を第一言語に設定しています。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「自律型……契約式魔法書? ソラリスの星典――ソラリスさんが編纂した書物なのかな。

 それと、星竜語……それはこの子が使っている言語と同じなの?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

音声解析を開始します。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ――――――


「あ、今寝てるから――」


 僕の制止を無視するかのように、白い魔法陣が本の周囲に浮かび上がり、本は解析を開始した。


そして数秒後――


――――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――――――

 音声解析の結果、その言語はラニアケア超銀河団、おとめ座超銀河団、おとめ座銀河団、天の川銀河、オリオン腕、太陽系、地球、日本国で使用されている日本語であると推定します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――――


「いや……え? ちょっと待って……昨日も思ったけど、日本語を認識できるってことは——この世界にも日本人がいるってこと!?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――― ――――――――――――――

現在の暦は竜胤暦3742年です。

 竜胤暦2100年時点の記録によると、日本語話者は焔辰国カタシロに多く居住しています。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ――――――――――――


「……? どういうこと? つまり今も、日本語を話す人たちは、そのカタシロという国にいるってこと?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――――

 その質問に対する正確な返答はできません。ソラリスの星典は11時間前に起動するまで、停止状態のまま1642年238日が経過していました。現在、本書に記録されている情報は、その期間中に劣化している可能性があります。よって、すべての収録情報を最新の状態へ更新する必要があります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――


「あー、情報が古すぎて、今どうなってるか分からないのか。というか、この本、1600年以上前のものなの……? じゃあ、これは本というより史料だね。――分かった、ありがとう。もういいよ」


 僕がそう言い終えると、本は淡い光を残してその場から消失した。


 その後、そろそろ出発しようと思った僕は、狼の少女を起こすことにした。


「起きて。もう朝だよ」


「……ン〜、ラザーフ……」


 狼少女は寝ぼけ眼のまま何かを呟き、ゆっくりと身を起こした。


 僕たちは、眩い朝日を浴びながら再び歩き始めた。


なだらかな斜面を登り、やがて丘の頂へ辿り着く。


「何だ、アレは……」


 丘の向こうに広がっていた光景を目にして、僕は思わず足を止めた。


 切り株の点在する丘陵地帯には、奇妙な生き物たちが無数に存在していた。


 あれは水の塊なのか、それともゼリー状の何かなのか。半透明の不思議な物体が、ぷるぷると身体を震わせながら緩慢に動いている。


だが、どうやら危険な生き物ではないらしい。


 近くでは角の生えた灰色のウサギのような小動物が、ゼリー状の生物を気にも留めず、ぴょんぴょんとそのそばを飛び跳ねていた。


 僕は初めて目にする生物たちに戸惑いを隠せなかった。

 一方で、狼少女はまったく動揺した様子を見せず、戸惑う僕を不思議そうな顔で見上げていた。


 僕は恐る恐る丘を下り、その不思議な生物たちへ近付いた。

 すると、角の生えた小動物たちは一目散に逃げ去り、ゼリー状の生物は警戒する素振りすら見せず、かたつむりのようにぷるぷるとした身体を引きずりながらゆっくりと移動していた。


「襲ってこないなら……まぁ、いいか」


 そうして僕たちは、奇妙な生物たちが生息する窪地を横切り、その先へと進んだ。


 

「――川だっ!!」


 早朝から歩き続けていた僕たちは、ウサギやゼリー状の生物がいた窪地を抜け、丘を越えた先で小さな川を発見した。


川のほとりには、一本だけ木が立っていた。


 本に示された地図と比べると、この川は一回り小さく、位置もわずかに異なっていた。


 それでも、水場が見つかったことに僕はホッとした。


 狼少女もまた、川を見つけた瞬間、嬉しそうに目を輝かせた。


「——タウ!!」


 狼少女は興奮を抑えきれない様子で丘を駆け下りると、靴を脱ぎ捨て、そのまま服を着たまま川へ飛び込んだ。


「まだ安全な水かどうか分からないのに……」


 僕は彼女の行動に少し呆れつつも、陽の光を受けてきらきらと輝く水面を見て、彼女と同じくらい感動していた。


僕も彼女に続いて丘を下りる。


 今すぐ目の前の水を飲みたい衝動を抑えながら、川面を覗き込んだ。


 すると、水面には光で反射した自分の顔がゆらゆらと揺れて映し出されていた。


「これが、今の自分……?」


 僕はこの世界へ来てから初めて、自分の顔と対面した。


 水面に映る顔は整った顔立ちをしており、体格と同様にどこか幼さが残っている。銀色の髪も相まって、まるで別人のようだった。


 自分の顔を見ているはずなのに、なぜか他人を眺めているような不思議な感覚がある。


 水面に映った自分の顔をまじまじと見つめていると、不意に水しぶきが降り注ぎ、その姿は一瞬でかき消された。


 視線を向けると、狼少女が近くで無邪気に水遊びに興じている。


 僕は当初の目的を思い出し、川の水質調査を始めた。


 まず、川の水を手で掬い、引きずってきた赤黒い鱗の窪みに注ぐ。


 ドラゴンの鱗に溜まった水は、五分も経たないうちに熱せられ、ぼこぼこと沸騰し始めた。


その水を水筒へ移そうとして、僕は手を止める。


水筒にはまだ葡萄酒が残っていたのだ。


 清潔な水を入れるために葡萄酒を捨てるのは惜しい。


 それなら、アルコール消毒として今のうちに使ってしまおうと思った。


「遊んでいるところごめんね。――ちょっと足出して?」


 僕は彼女にそう言い、そっと彼女の足を掴んで葡萄酒をかけた。


「ピャ!! ラザーフ クッビ、トーワ エラ ギノド!?」


「大丈夫、大丈夫! 僕もやるから!」


 困惑している狼少女を横目に、僕は自分の足にも同じように葡萄酒をかけた。これで水筒の中身は空になった。


 僕は空になった水筒で沸騰した湯を汲もうとしたが、ドラゴンの鱗に溜まっていた水は、すでにすべて蒸発してしまっていた。


「この鱗、だいぶ火力あるな……」


 僕はもう一度小川から水を掬い、鱗の窪みに注いだ。


そして、その熱で煮沸した水を水筒へ移す。


 煮沸した直後の水は熱すぎて飲めないため、水筒を小川に沈め、しばらくそのまま冷めるのを待った。


 十分に冷めたと思ったところで水筒を引き上げ、中の水を飲んでみる。


 喉を鳴らしながら数口飲み込み、僕は小さく頷いた。


「……うん、まあ、ぬるい普通の水だ」


 煮沸はしたものの、飲んだだけで清潔な水かどうかは分からない。この水が完全に殺菌されているかどうかは、結局のところ神頼みだった。


「コル コル! シフ トーコ イア!」


 不意に、狼少女がバシャバシャと水を蹴り上げながらこちらへ駆け寄ってきた。


 その口には、十センチほどの魚が咥えられていた。


 彼女の捕まえた魚は、光沢のある灰色の鱗に覆われていた。


「じゃあ、それを焼いてあげるよ。それと、ちょうど水も飲めるようにしたから、君も一度飲んでみようか」


「……?」


 僕はまず、近くの木からナイフで枝と葉を採った。


 枝を棒状に整えると、狼少女から受け取った魚の口から枝を通し、ドラゴンの鱗の上へ置いた。


その後、僕は彼女に水を飲ませることにした。


「じゃあ、『あー』ってして?」


「……???」


 狼少女は意味が分からないといった様子で首を傾げた。


「あー」


僕は口を開けて手本を見せる。


「……アー」


 狼少女は首を傾げながらも僕の真似をして口を開いた。


僕は彼女の顎を支え、水筒の水を口へ注ぐ。


「……?」


 狼少女は戸惑ったように目を瞬かせながらも、喉を鳴らして水を飲み込んだ。


「ただの水だよ」


 僕は言葉が通じないと分かっていながらもそう言い、安心させるために彼女の頭を撫でた。


 彼女は嬉しそうに目を閉じ、尻尾をブンブンと左右に振っている。


「あっ――魚! 裏返さないと!!」


 僕は慌てて鱗へ目をやり、魚に通した枝を回して裏返した。


 魚は鱗の上でジュウジュウと音を立てながら焼かれ、全体に火が通るまで何度も転がされた。


「はい、焼けたよ」


 僕はこんがりと焼けた魚を葉の上に乗せようとして、ふと狼少女へ見せた。


 すると彼女は、僕の両腕をがしっと掴み、そのまま目の前の焼き魚にかぶりついた。


「えぇ……」


 僕は狼少女に両腕を掴まれたまま、彼女が食べ終わるまでその場で待つしかなかった。


彼女は一心不乱に魚を食べている。


 途中、バリバリという音が聞こえた。どうやら骨まで食べているらしい。


「骨一つ残らなかった……」


 狼少女は魚の頭も背骨も内臓も、すべて食べ切ってしまった。

 食べ終わると、狼少女は僕の腕から手を離し、自分の服の裾で汚れた口元を拭った。


「ああ、替えの服がないのに……。せめて上だけでも洗ってあげようかな」


 ちょうど目の前には川がある。僕は彼女の上着を洗うことにした。


「ごめんね。一回服を洗うから脱がせるよ。バンザイできる? バンザイはこうだよ?」


「ラザーフ クッビ、トーワ エラ ギノド?」


 僕は両手を上げて見せ、彼女が真似してくれるのを待った。


 しかし狼少女は僕の意図が分からないようで、首を傾げながらこちらを見つめている。


 そこで僕は彼女の両腕を優しく持ち上げ、そのまま上着を脱がせた。


 狼少女は上着を脱がされてもまったく気にした様子を見せず、それどころか下のズボンまで脱ぎ始めた。


「いや、下は大丈夫だよ?」


 そう言い終わる頃には、彼女はすでにズボンを脱ぎ終えていた。


 そして、それをその場へ放り出すと、くるりと向きを変え、そのまま川へ駆け出した。


 僕は彼女の脱いだ服を抱えながら、その後ろ姿をぼんやりと見送る。


「――ん? 今、何か模様が見えたような……」


 川へ向かって走る彼女の髪が揺れ、その隙間から背中に刻まれた円形の模様が一瞬だけ見えた。


僕は気になり、彼女のもとへ駆け寄った。


「ごめんね、ちょっと見せて?」


 僕は服を川辺に置き、水に足を取られながら彼女の背後へ回る。


先ほど見えたものは見間違いではなかった。


 狼少女の背中には、黒く刻まれた魔法陣のような幾何学模様が浮かび上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ