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【ソラリスの星典】〜少年少女の異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第1章 旅の礎

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第35話『還る祈り』

「これが『剥奪』の深淵文字で、これが『呪縛』――」


 星典の記述を読みながら、僕は一文字ずつ深淵文字を記憶し、神聖属性魔力を賦与する順番を確認していった。


「――時計回りに順番を振り直すと、神聖属性魔力を賦与して深淵文字を消す場所の順番は、③⑤②④①⑥になる。


 そして、深淵文字を消して神聖文字を書き込む順番と場所は、その逆だから……⑥①④②⑤③。


 存在、施与、自律、解放、優越、智慧の順番で、それぞれの場所に書き込めばいいんだよね……?」


 僕は星典と深淵属性魔法陣を何度も照らし合わせながら、順番通りに深淵文字を消していった。


 そして、中央に刻まれている『深淵』の意味を持つ深淵文字に神聖属性魔力で触れた、その瞬間――


 魔法陣から仄かに放たれていた紫色の光が消え、黒い文字で装飾された、7つの円を内包する魔法陣へと変化した。


「色が変わった……。


 ――でも、まだ魔法陣は消えないのか」


 そう呟きながらも、僕は次の手順へと移った。


 中央の空白の円の中に、『神聖』の意味を持つ神聖文字を、星典を見ながら扉の魔法陣へと書き込んだ。


 すると、黒い線と文字で構成されていた魔法陣が、薄い黄金色に煌めき始めた。


「――! 光り出した……!!


 ――これは、魔法陣の属性が変わったってことなのか?」


 その後も僕は、順番通りに神聖文字を魔法陣へと書き込んでいった。


 見よう見まねで星典に描かれた意匠を頼りに、扉に手を触れ、指先を走らせていく。


 そして、外周副印に刻まれていた六つの文字全てに神聖文字を書き終えた。


 けれど、魔法陣は何も反応せず、消失することもなかった。


「……ん? 神聖文字を全部書き込んだけど、これで終わり?


 ソラリスターコード、七つの文字を書き終えた後にすることはある?」


 僕は星典にそう問いかけた。


 すると星典は、神聖文字の意匠が記されたページの次にある白紙のページを開き、文字を記述していった。


―――

 『グラクシア(赫鎖印)』の消去手順において、神聖文字をすべて書き込んだということは、神聖属性魔法陣が完成し、《神聖属性魔法【リベリオン(還祈)】》が発動可能になったということになります。


 よって最後は、《第四階梯 神聖属性魔法【リベリオン(還祈)】》を詠唱し、発動することによって、『グラクシア(赫鎖印)』の消去・無効化が完了します。

―――


「ああ、そのための魔法陣なのか。


 ——じゃあ、初めて神聖魔法を使ってみよう」


 僕は神聖属性魔力をもう一度錬成するために目を閉じ、『魂炎』へ意識を集中させた。


 銀色の魂炎が金色の炎へと変わった瞬間、僕は魔力によって発光させた蒼い瞳を開き、こう唱えた。


《第四階梯 神聖属性魔法【リベリオン(還祈)】》


 すると、扉に刻まれた魔法陣が煌々と輝き出した。


 金色に輝いていた魔法陣は、滲むように輪郭を失い、そのまま跡形もなく消え去っていく。


 そして、魔法陣が綺麗さっぱり消失すると――


 魔法陣が刻まれていた石の扉が、ゆっくりと開いた。


 その扉は、これまで遺跡内で見てきた、ただのオブジェとして存在していた開かない扉とは違っていた。


 その先には、明らかに別の遺跡の空間が広がっている。


「これで隷属の魔法を完全に無効化できたのかな……?


 フルムの背中を確認してみないと、まだ分からないか……。


 ――取り敢えず、戻ろう」


 目の前の扉がどこへ通じているのかは分からなかったが、僕は躊躇せず、その扉をくぐった。


 すると、扉の先はフルムの魂炎が納められている空間へと繋がっていた。


 その空間へ足を踏み入れると、僕がくぐってきた扉は、空気に溶けるように消え去った。


「――あとは、帰るだけってことね」


 僕はその空間を進み、フルムの魂炎に触れた。


 すると、意識が現実世界へと引き戻される。


 

 目を開けると、青空が広がっていた。


 どうやら僕は、地面に仰向けになって倒れていたらしい。


「――あ、背中を確認しないと」


 僕は立ち上がり、石のテーブルで丸まって眠っているフルムの服をめくり、背中の隷属印があった辺りを調べた。


 しかし――


 彼女の背中から、隷属の印は綺麗さっぱり消えていた。


「良かった……。ちゃんとこっちも消えてる。


 ――これでもう、怯えることなく街へ行ける」


 ひとまず胸を撫で下ろす。


 けれど、その一方で、新たな疑問が浮かんできた。


「でも、何でフルムは、あんな奴隷にだけ付けられるような魔法をかけられていたんだろう。


 あの村に、何か理由があったのかな……」


 僕は、すでに焼け落ち、焦土と瓦礫だけが残された廃村が、かつてどのような村だったのかを考えた。

 

 手がかりは、あまりにも少ない。


 あの村で目覚めた時に身につけていた、このボロ切れくらいしかない。


 ナイフも、干し肉も、麻袋も、大して変わったものではない。


 まあ、そういう意味で言えば、このボロ切れも、ただのボロ切れに過ぎないのだが。


 けれど――


 年端もいかない少年少女が、ボロ切れだけを身につけていたというのは、目覚めた時には何の疑問も抱かなかったが、今になって考えてみれば妙な話だ。


 屋外で息絶えていた村人たちの衣服を見ても、ボロ切れを身につけていた者は誰一人としていなかった。


 つまり、村全体がボロ切れしか身につけられないほど貧しい寒村だった、というわけでもないはずだ。

 

 だとすれば――


 僕たち。


 いや、目覚めた時にはもう一人、骨が浮き出るほど痩せ細った男がいた。


 僕たち3人だけが、ボロ切れを身につけていたことになる。


 それは、僕たちが村で何か虐げられるような存在として扱われていた、ということなのだろうか。


 そして――


 ボロ切れを身につけていたフルムの背中には、隷属の紋様が刻まれていた。


 とすると、あの痩せ細った男の背中にも、隷属印が刻まれていたのだろうか。


 そこまで考えた瞬間、僕はハッとした。


「――ちょっと待って……。


 もしかして、僕の背中にも、隷属印があるのか……!?」


 僕は慌てて自分の背中へ手を伸ばした。


 しかし、隷属の印は魔法陣であって、点字のように凹凸があるわけではない。


 触っただけでは、自分の背中に隷属印が刻まれているかどうかまでは分からなかった。


「――あ、そうだった。


 触っても分からないんだった。


 ——神聖魔力で背中に触れて、確かめるしかない」


 そうして僕は神聖属性魔力を錬成し、背中の中央辺りへ触れてみた。


 すると、次の瞬間――


 僕の意識は、自身の魂炎が存在する森の中へと飛ばされた。


「ここに来たってことは……僕の背中にも、隷属印があったってことか……。


 ――はぁ……また、この中から鎖が巻かれた扉を探すのか……」


 僕の意識が飛ばされた場所は、樹木に覆われた空間だった。


 そこには、無数の扉が何層にもわたって円を描くように立ち並んでいる。


 フルムの精神領域とは違い、ここは木々に覆われていながらも、ある程度は見晴らしが利く。


 そのため、遠目からでも扉に鎖が巻かれているかどうかを瞬時に判断できる。


 捜索そのものには、それほど手間がかかるような空間ではなかった。


 僕は扉が描く円の中心から、鎖の巻きついた扉を探して回った。


 それは洒落でもなく、本当に目が回るような作業だった。


 僕は百個ほどの扉を調べたところで、ようやく鎖が巻きついている扉を発見した。


「――やっと、見つけた……。


 何で……こんなにも意味もなく、扉が置かれてるんだ……」


 自分自身の精神領域なのに、なぜこのような空間が用意されているのか。


 僕には、全く分からなかった。


「まあ、扉が見つかったから、あとはやることは同じだ。


 ――始めよう」


 そう言って僕は、フルムの隷属印を無効化した時と同じように、神聖属性魔力で鎖に触れた。


 すると、鎖は砕け散った。


 続いて、星典に魔法陣の構成を教えてもらいながら、扉に刻まれた魔法陣を一つずつ書き換えていった。


 そして、魔法陣の書き換えが終わると、僕は再び魔法陣へ向かって詠唱を開始した。


《第四階梯 神聖属性魔法【リベリオン(還祈)】》


 僕が詠唱を終えると、神聖属性魔法陣はさらに強く光り輝いた。


 そして、魔法陣を構成していた文字や記号が、まるで塵となるように次々と消失していく。


「よしっ。


 これで、僕も晴れて自由の身だ!」


 深淵属性魔法陣がかつて刻まれていた扉が開かれる。


 その先は、自身の銀色の魂炎が佇んでいる空間へと繋がっていた。


 僕はその扉をくぐり、自身の魂炎に触れた。


 次の瞬間、意識が現実世界へと戻される。


 目を開けると、時刻はまだ正午を少し過ぎた辺りだった。


 陽も、まだ高い。


 けれど、二頭の巨鹿は現在、不在だった。


 代わりに、二頭の子鹿があてもなく歩き回っている。


 立ち止まって遠くを眺めたり、突然走り出したりと、どこか挙動不審で、忙しなく落ち着きのない様子だ。


「……ん?


 何かあったのかな……」


 一方、フルムはというと――


 すやすやと石のテーブルの上で、狼なのに猫のように身体を丸めて眠っていた。


 その時だった。


――バキィッ!!!


 ミシミシミシミシッ……


――ドォォォォォォンッッ!!!


 突然、樹木が倒れる音が森の奥から響き渡った。


 続いて、鳥たちが一斉に飛び立つ。


 洞窟の前から遠くの森を見渡すと、木々の上空を無数の鳥が飛び交っているのが見えた。


 僕は、いつもとは明らかに違う森の様子に、何だか胸騒ぎを覚えた。

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