第33話『黄金へ至る炎』
再び、薄い黄土色の上質な紙の上に、まるで透明なペンが文字を記しているかのように、文章が次々と印字されていく。
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魔力安定値(MSI: Magical Stability Index)とは、対象の魔力構造が保持する秩序性、および均衡度を示す数値指標です。
本値は、−100 MSI ≤ MSI ≤ +100 MSI の範囲において定義されます。
+91 MSI ~ +100 MSI:超安定状態/完全安定状態
(星界属性魔力〔互〕:球体構造**)
+81 MSI ~ +90 MSI:高安定状態
(神聖属性魔力:正多面体構造**)
+51 MSI ~ +80 MSI:安定状態
(高分子魔力:正多角構造**)
+1 MSI ~ +50 MSI:遷移状態
(通常魔力:非構造**)
0 MSI:均衡状態
(非存在魔力)
−1 MSI ~ −50 MSI:暴走状態
(非制御魔力:拡散構造**)
−51 MSI ~ −80 MSI:変移状態
(相剋性魔力:破線正多角構造**)
−81 MSI ~ −90 MSI:失衡状態
(深淵属性魔力:群集正多面体構造**)
−91 MSI ~ −100 MSI:臨界状態
(星界属性魔力〔斥〕:群体球構造**)
*アイヒバリオン生成時の構造を参照。
*正四面体 ≦ 高分子魔力 < 正十二面体 ≦ 神聖属性魔力 ≦ 正二十面体 < 切頂二十面体 ≦ 星界属性魔力
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魔力安定値が上昇すると、魔力分子同士の結合は強固となり、魔力構造全体は高い秩序性を保つようになります。
この状態では、外部魔力からの干渉をほとんど受けることなく、極めて安定した魔力状態を維持することが可能です。
一方、魔力安定値が低下すると、魔力分子同士の結合は徐々に弱まり、やがて断絶へと至ります。
それに伴い、魔力同士は互いに反発する性質へ変化し、魔力構造は急速に不安定化します。
この状態では、外部魔力との干渉率が著しく上昇します。
しかし同時に、魔力全体が強い反発エネルギーを帯びるため、場合によっては他の魔力構造を破壊するほどの、無秩序なエネルギーを保持することになります。
———
僕は、星典に記された文字や数字を見つめながら、情報を整理していく。
「——なるほど。
魔力には安定した状態と不安定な状態があり、その度合いによって名称や性質が変化するのか……。
——僕が習得しようとしている神聖属性魔力は、魔力安定値が81以上——高分子魔力のさらに一段階上。
今の僕の実力の延長線上にあるものなら、もしかすると習得できるかもしれない。
ただ、魔力安定値を上げる方法が、まだ分からないな……。
この注記にある『アイヒバリオン生成時の構造』という一文に、何かヒントがあるのか……?」
僕はそこで星典から目を離し、記されていた不等式のような記述を手掛かりに、高分子魔力の生成を試みた。
試しに、高分子魔力を空中へ複数配置し、ガラスでできたような立方体――アイヒバリオンを組み上げる。
「——これだと、まだ高分子魔力のままか。
正多面体って、確かサッカーボールみたいな構造だったよな……。
なら、アイヒバリオンであの形状を再現してみるか——」
僕は意識を魔力制御へ集中させ、正三角形を次々と生成する。
そして、それらを繋ぎ合わせ、球状の構造へ組み上げようとした。
しかし――。
板状の正三角形アイヒバリオンを生成し、十枚目に差し掛かったところで、僕の脳は限界を迎えた。
次の瞬間――生成を終えたはずのアイヒバリオンが、突如としてすべて砕け散った。
「う……うぅ……頭がパンクする……」
いきなり球体構造に挑戦するのは、さすがに無謀だったのかもしれない――そう考えた僕は、最も単純な構造から試してみることにした。
まずは、正三角形を4つ組み合わせて構成される――正四面体のアイヒバリオンを生成する。
正四面体のアイヒバリオンを生成する方法は、球体構造に比べれば、それほど難しくはない。
まず、板状の正三角形アイヒバリオンを4枚生成する。
そして、それぞれの辺同士が接するように組み合わせることで、正四面体を形成する。
僕はすぐに、正四面体アイヒバリオンの生成へ取り掛かった。
先ず、高分子魔力を三つ生成し、それぞれを正三角形の頂点へ配置する。
次に、同じ工程をあと三度繰り返し、生成した四枚の板状正三角形アイヒバリオンの辺同士を接続する。
すると、中空に浮かぶガラス質のような光沢を帯びた、正四面体アイヒバリオンが完成した。
僕は、正四面体アイヒバリオンを難なく生成することができた。
「——よしっ! 正四面体は問題なく作れた。
正多面体は確か……面の数で言えば、4、6、8、12、20の五種類。
正六面体はもう作れるから、次は正八面体を試してみよう」
正八面体は、正三角形を四枚繋ぎ合わせたものを二組作成し、それらを上下で接続するだけで完成する、比較的単純な立体図形だ。
そうして僕は、板状アイヒバリオンを組み合わせ、正八面体の生成を試みた。
正八面体アイヒバリオンも、正四面体を作成した時と同様に、大きく苦戦することなく完成させることができた。
正八面体の生成を終えると、僕はすぐさま次の段階へ移る。
――正十二面体。
その生成には、正五角形の平面アイヒバリオンを十二枚生成し、それらを隙間なく組み合わせる必要がある。
僕は、正五角形の平面アイヒバリオンを一枚ずつ生成し始めた。
一枚生み出すたびに、脳の奥へ少しずつ負荷が蓄積していく。
それでも、僕は魔力制御を緩めなかった。
やがて――十二枚すべての生成に成功する。
「……よしっ。 なんとか全部生成できた……。
あとは……これを組み上げるだけだ」
僕は空中に浮かぶ十二枚の正五角形を、一枚ずつ辺同士が重なるように繋ぎ合わせていく。
しかし――。
七枚目を組み上げた、その瞬間。
「――っ、痛っつッ!!」
突如として、頭を内側から割られるような激痛が走った。
次の瞬間。
組み上げかけていたアイヒバリオンは、パリン、と乾いた音を響かせながら砕け散った。
構造を維持することすら許されないほどの負荷だった。
「……くッ、頭が痛い……。
どうやら……六枚以上を同時に維持するのは……今の僕には無理みたいだ……。
……違う方法を考えないと」
僕は酷い頭痛に耐えながら、その場で必死に思考を巡らせた。
「――一枚ずつ組み上げる方法だと、脳への負荷が大きすぎるのかもしれない……」
そこで、僕は別の方法を思いつく。
その方法を試すため、足の上で眠っていたフルムをそっと抱き上げ、石のテーブルへ戻す。
そして僕自身は地面へ降りると、近くに落ちていた木の枝を拾い、地面に図を描き始めた。
「正十二面体を生成する時、十二枚すべてを順番に組み上げるのではなく――上下に分割する。
六枚を一組として先に構築し、その形状と魔力制御の感覚を記憶する——。
そして、それを複製することができれば、脳への負担を少しは減らせるはず——」
地面には、正十二面体を上下に分割した展開図が描かれていく。
中央に配置された正五角形を中心として、周囲に五枚の正五角形が広がる。
その形は、まるで花弁のようだった。
僕は描き終えた図を見つめ、小さく息を吐く。
「これなら、いけるかもしれない……!」
そして再び、高分子魔力を手繰り寄せる。
呼吸を整える。
意識を研ぎ澄ます。
慎重に――そして、丁寧に。
魔力制御を開始した。
まずは、正五角形アイヒバリオンを六枚生成する。
一枚ずつ確実に接続し、正十二面体の下部構造を組み上げていく。
やがて――。
六枚の正五角形からなる下部構造が完成した。
僕は完成した構造を見つめながら、魔力の流れを何度も確認する。
形だけではない。
どの位置へ魔力を流し、どの程度の強度で維持し、どの順序で結合させるのか。
そのすべてを、感覚の奥深くへ刻み込んでいく。
記憶するというより――記憶させる。
自分の身体そのものに、この構造を覚え込ませる。
完全に同じものを再現できるようになるまで。
そして――。
記憶が完全に定着した瞬間。
下部構造が、一気に複製された。
六枚の正五角形がすでに連結された状態で、もう一つの構造体が空中へと形成される。
成功した。
だが、その直後。
僕の集中力は限界まで引き上げられていた。
同時に、脳へかかる負荷も、これまでとは比較にならないほど大きくなっていた。
視界が僅かに揺れる。
思考が途切れそうになる。
それでも、僕は魔力制御を止めなかった。
――プツン。
何かが切れるような感覚が、確かにあった。
同時に、口元へ生温かな感触が伝わる。
僕は一瞬、それを鼻水だと思い、無意識のうちに鼻の下を手の甲で拭った。
しかし――。
手の甲に付着していたのは、赤く滲んだ血だった。
それでも、僕は動揺しなかった。
今は、それよりも目の前の魔力制御が重要だった。
僕はただひたすらに、意識を魔力へ注ぎ続ける。
中空には、白く発光する六枚構造の欠片が二つ。
それらが静かに浮かんでいた。
僕は二つの構造を見据え、ゆっくりと手をかざす。
そして――。
繋ぎ合わせる。
二つの構造が噛み合った、その瞬間。
正十二面体アイヒバリオンが完成した。
その刹那。
僕の脳裏に、銀色に燃えていた魂炎が、黄金の炎へと変貌する光景が一瞬だけ浮かび上がった。
同時に。
正十二面体アイヒバリオンの周囲を、黄金色の光が包み込む。
「——これが、神聖属性魔力……!!」
僕は黄金に輝く正十二面体アイヒバリオンを両手に乗せ、深く息を吐いた。
しかし――。
安堵した瞬間、全身から力が抜け落ちる。
その拍子に、かろうじて維持されていた構造が崩壊した。
アイヒバリオンは、パリン、と脆いガラスのような音を響かせながら、空中で砕け散る。
「一瞬だけど……神聖属性魔力を生成できた。
ただ、これを維持するには、かなりの体力と集中力が要るね……。
……はぁ、疲れた」
僕はそのまま、力が抜けるように地面へ仰向けに倒れ込んだ。
燦々と降り注ぐ陽光。
どこまでも青く広がる空。
僕はその景色を眺めながら、静かに瞼を閉じた。




