第32話『小さな背に刻まれた烙印』
僕達二人は、鹿たちよりも一足先に川を後にし、洞窟へと戻ってきた。
洞窟へ入ると、入口近くの木の枝に二人分の靴とフルムの服を吊るして乾かした。
それから、いつものように石のテーブルのそばで焚き火を起こし、枝に刺した川魚を火へかざして、じっくりと焼き上げていく。
僕は石のテーブルに魔法で生成した水を流し、付着した汚れを洗い落とす。
表面に残った水滴を手で払い落とすと、まだ濡れた服のまま、そこへ腰を下ろした。
すると、フルムも石のテーブルによじ登り、僕の隣へちょこんと腰を下ろす。
二人で焚き火に当たりながら身体を乾かしていると、魚の皮が焼ける香ばしい匂いが洞窟の中へゆっくりと広がっていった。
やがて魚を食べ終えると、僕はソラリスの星典を開き、フルムの背中に刻まれた模様について調べ始めた。
「ソラリスターコード、
——隷属印の消し方を教えて」
僕がそう告げると、星典は言葉を読み取るように頁を開き、高速で文字を書き連ね始めた。
フルムは僕の組んだ足の上で猫のように身体を丸め、ほどなくして舟を漕ぎ始める。
満腹になって、眠くなってしまったのだろう。
彼女の温もりが、足全体へじんわりと伝わってくる。
僕は、彼女の背中を覆うブロンドの髪をそっと掻き分けた。
そして――背中に刻まれた紋様と、その位置を確かめる。
隷属の印は、首の付け根のすぐ下――頸椎のあたりに刻まれていた。
僕は、その紋様を記憶に焼き付けるように、そっと指先でなぞる。
「この模様——少し、紫がかってるな……」
「――!?」
突然背中に触れられ、フルムは驚いたように僕を振り向いた。
「あっ……ごめんね。くすぐったかった?」
「……」
フルムはしばらく僕の顔を見つめていたが、特に警戒する必要はないと判断したのか、小さく身体を丸め直し、再び眠りの中へ沈んでいく。
僕は、ソラリスの星典へと視線を落とした。
星典には、今もなお高速で文字が綴られ続けている。
———
本頁では、深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の無効化、および同魔法によって刻印される『グラクシア(赫鎖印)』の解呪方法について記述します。
深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】は、神聖魔法【リベリオン(還祈)】を行使することで解除・解呪が可能です。
ただし、神聖魔法【リベリオン(還祈)】は、一度以上の解呪経験を経なければ習得することができません。
そのため、以下に示す手順を一度実践することを推奨します。
『グラクシア(赫鎖印)』の解除手順は、大きく五つの段階に分かれます。
第一段階では、魔力安定値を81msi以上に維持した状態で、神聖属性魔力を錬成します。
第二段階では、錬成した神聖属性魔力を用いて『グラクシア(赫鎖印)』へ接触し、刻印保持者との精神感応を開始します。
その後、対象者の精神領域内へ侵入します。
第三段階では、保持者固有の精神領域内に存在する『鎖に封じられた扉』を捜索し、これを発見します。
扉には深淵属性魔法陣が刻印されており、その内部には七つの深淵文字――中央主印一文字、外周副印六文字――が配置されています。
第四段階では、深淵属性魔力を帯びた鎖へ、神聖属性魔力を錬成した状態で接触し、鎖を消滅させます。
第五段階では、魔法陣内に刻まれた七つの深淵文字へ、正しい順序で神聖属性魔力を付与し、深淵文字を消去します。
その後、消失した箇所へ神聖文字を書き込みます。
すると、深淵属性魔法陣は神聖化され、神聖属性魔法陣へと転化します。
次に、その神聖属性魔法陣と共に、『神聖属性魔法【リベリオン(還祈)】』を発動します。
これにより、解呪対象者に刻まれていた『グラクシア(赫鎖印)』は完全に消滅し、解呪は完了します。
以上が、深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の無効化、および同魔法によって刻印される『グラクシア(赫鎖印)』の一般的な解除手順です。
———
僕は、星典に綴られた文章を、一文ずつ声に出しながら読み進めた。
一通り読み終えると、隷属の印――正式には「グラクシア」と呼ばれるそれを消し去るには、四つの段階を踏まなければならないことが分かった。
「うーん……手順が四段階に分かれていることは分かったけど、一度読んだだけじゃ、具体的に何をすればいいのか分からないな……。
それに、聞いたことのない概念もたくさん出てきた……」
僕は腕を組みながら、小さく唸る。
解呪の方法は示されている。
だが、それは地図だけを渡されて、見知らぬ土地を歩けと言われたようなものだった。
知らない言葉ばかりが並び、肝心の手順を実行するための知識が圧倒的に足りない。
「まずは、第一段階から順番に調べていこう。
――ソラリスターコード。
【魔力安定値】について教えて」
その呼びかけに応じるように、星典は静かに次の空白の頁を開いた。
そして、新たな文字が、再び高速で綴られ始めるのだった。




