第29話『重なる歩み』
僕の瞳には、薄く煌めく靄が空中を漂っている光景が映し出されていた。
「これが――魔力か!
うっすらだけど、見える!」
「ラザーフ クッビ……トンド ナク〜!!」
「……ん? フルムちゃん、どうしたの?
――ああ、そっか。
今、高分子魔力の生成に挑戦してたんだね」
「〜〜〜!!」
フルムは振り返るなり、涙声を漏らしながら、そのまま僕の胸へ顔を埋めてきた。
どうやら、高分子魔力の生成に苦戦しているらしい。
僕は彼女を落ち着かせるように、そっと頭を撫でる。
「ッャゥ…………」
胸へ飛び込んできた時には何かを訴えるように呟いていたが、頭を撫で始めると、フルムは途端に静かになった。
十分に落ち着いたのを見計らい、僕は彼女の肩へ優しく手を添え、自分の胸からそっと離す。
「もう一度だけ挑戦してみようか。
今度は僕が後ろから手伝うからさ――」
フルムは、きょとんとした表情で僕を見つめた。
だが次の瞬間、何か吹っ切れたように前へ向き直ると、再び両手を前へ突き出した。
すると、彼女の掌から雷雲のような霧が立ち昇り始め、その霧はゆっくりと前方の空中へ集まり、一つの塊を形作っていく。
その様子を背後から見守っていた僕は、彼女が生み出した魔力を一点へ集束させられるよう、漂う魔力の外側を包み込むように球状の《アイヒバリオン》を展開した。
ぱきっ、ぱきっ、と乾いた音を響かせながら、透明な《アイヒバリオン》は魔力の輪郭をなぞるように組み上がっていく。
球状の構造体が完成すると、僕は内部へ閉じ込めた魔力ごと《アイヒバリオン》をゆっくりと収縮させ、やがてビー玉ほどの大きさまで圧縮していった。
圧縮され続ける魔力の霧は、次第に白く輝き始める。
そして、《アイヒバリオン》がビー玉ほどの大きさにまで縮み切った頃には、魔力はそれまで繰り返していた微弱な明滅を止め、白く発光するBB弾ほどの高分子魔力へと変化していた。
高分子魔力が生成されたのを確認すると、僕は《アイヒバリオン》を解除した。
球状の《アイヒバリオン》によって魔力が完全に密閉された結果、フルムと高分子魔力との接続が断たれてしまっていたからだ。
そして、彼女が自力で高分子魔力を生成できるようになるには、一度その高分子魔力へ自らの魔力で触れ、その感覚を身体に刻み込む必要がある。
《アイヒバリオン》が解かれると同時に、高分子魔力の制御権はフルムへ移り、それを維持するための感覚が一気に彼女の中へ流れ込んだ。
「ワァッ!? ……チド!? ――チド!!」
彼女は慌てて僕を振り返り、高分子魔力の生成に成功したことを身振り手振りで伝えてくる。
僕はそんな彼女の達成を祝福するように、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「――じゃあ次は、それを複数作ってみようか」
そう言って僕は、先ほど生成した高分子魔力の右隣へ、続けざまに八個の高分子魔力を新たに生成した。
それらが一目で数えられるよう、地面に対して垂直なまま、等間隔に並べていく。
並べ終えると、僕は再び彼女へ問いかけた。
「フルムちゃん——ナク?」
「フルム……ナク!!!」
彼女の返事は先ほどよりもずっと力強く、洞窟の奥まで響き渡る。
フルムは、先ほど身体へ流れ込んだ感覚を頼りに、今度は補助を受けることなく、自力で高分子魔力の生成へ挑んだ。
すると驚いたことに、一度で要領を掴んだのか、彼女は続けざまに七個もの高分子魔力を生成してみせた。
「凄い! 完璧だよ、フルムちゃん!
それじゃあ今度は、その高分子魔力を立体になるように配置してみよう」
僕はそう言うと、平面上に並べた八個の高分子魔力を、立方体の八つの頂点となる位置へ移動させた。
続いて、それぞれの頂点へ置かれた高分子魔力同士を結ぶように魔力を流していく。
すると、八個の高分子魔力に囲まれた空間が、ガラス質の結晶のように硬質化し、質量を伴う立方体状の《アイヒバリオン》が中空に生成された。
完成した《アイヒバリオン》を指差しながら、僕は再びフルムへ問いかける。
「フルムちゃん、ナ——」
「――ナク!!」
フルムは興奮した様子で、僕が言い終えるよりも早く言葉を重ねた。
そのまま両腕を高く掲げ、魔力を繊細に操り始める。
すると、《アイヒバリオン》は淀みなく組み上がっていった。
ただし、八個の高分子魔力が描き出したのは立方体ではない。
それは、まるで磨き上げられた水晶のような、"双六角錐"だった。
「おぉ!……おお?
形は違うけど、《アイヒバリオン》そのものはちゃんと生成できてる……。
立方体は、まだ難しかったか。
でも、フルムちゃん――よく頑張ったね!」
そう言って僕は、フルムの頭を豪快にわしゃわしゃと撫でる。
フルムは身体をくねらせ、尻尾を大きく振りながら、全身で喜びを表現していた。
「あれ?
何で僕は、フルムちゃんに《アイヒバリオン》を教えてたんだっけ……」
フルムに《アイヒバリオン》を教える過程で、炎の色が蒼く変化したり、彼女の魂炎に触れたり――次々と起こる予想外の現象に対応しているうちに、僕は本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。




