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【ソラリスの星典】〜少年少女の異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第1章 旅の礎

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第27話『蒼炎の導き』

 僕は本へと視線を移し、彼女が興奮気味に発した言葉の数々が、星典によって翻訳されるのを待った。


———

可能(ナク) 接触(フキュオト)


兄(ラザーフ) 作成(エカム)


何(トーワ) 魔法(ジクマ)


可能(ナク) 摂食(トーイ)

———


「……触れる。お兄ちゃんが作った……この魔法、なに……? 食べられる……かな?」


 どうやら、星典でも完璧には翻訳できないらしい。


「――フルムちゃん。

 この魔法は《アイヒバリオン》っていう魔法で、多分、盾として使うものなんだと思う……。

 あと、触ることはできるけど、食べられないよ」


———

ジクマ エマン アイヒバリオン

(魔法 名称 法鎧)


エス ドレイハス

(利用 盾)


ナク フキュオト

(可能 接触)


トン ナク トーイ

(否定 可能 摂食)

———


「ジクマ エマン 『アイヒバリオン』。

 エス ドレイハス。

 ナク フキュオト、トン ナク トーイ(この魔法の名前は『アイヒバリオン』だよ。盾として使う魔法だよ。触ることはできるけど、食べられないよ)」


「アイイ……パリオ……? アイイパリオ!! トーワ ドレイハス? シフタ トナク トーイ……」


 彼女は「アイヒバリオン」がうまく発音できず、盾という言葉の意味も分かっていない様子だった。


 そして何より、「食べられない」という返答に、分かりやすく肩を落とし、心の底からがっかりしている。


 フルムに《アイヒバリオン》を実演して見せた僕は、気を取り直し、さっそく彼女へこの魔法の使い方を教え始めることにした。


「……アイ・ヒ・バリオン、ね。

 盾については、また後で教えよう。


 ――じゃあ、《アイヒバリオン》のやり方だけど、まずはフルムちゃん。

 この小石を魔法で浮かせてみて?」


 僕は近くに落ちていた小石を拾い上げ、彼女の前へそっと置いた。


 その間も、星典は絶えず翻訳を続けている。


———

ナク クコル ジクマ エタティベル

(可能 石 魔法 浮遊)

———


「――?」


 フルムは、目の前の地面に置かれた小石を不思議そうに眺めながら、首をかしげた。


 一方の僕は、星典によって翻訳された言葉に少しだけ手を加え、彼女へ向けて読み上げる。


「フルム、ジクマ クコル エタティベル ナク?(フルムちゃん、魔法でこの石を浮かせられる?)」


「ナク!」


 フルムは胸を張り、得意げに返答した。


 それから彼女は右手を前へ突き出し、魔力を操作し始める。


 すると瞬く間に、彼女の目の前に置かれた小石が、まるで透明な糸で吊り上げられたかのように、ふわりと空中へ浮かび上がった。


「フルムちゃん、上手! もう完璧だね!」


 僕は手慣れた手順で小石を浮かせたフルムを褒めながら、彼女の頭を後ろから優しく撫でた。


 頭を撫でられた彼女の尻尾は、自分のお尻で押し潰されながらも、嬉しそうにもぞもぞと動いている。


「フルムちゃん――今、小石を浮かせている時に操作しているものが、“魔力”だよ。覚えておいてね。


 ――次は、その魔力を一点に集めてみて?」


———

ネフー クコル エタティベル

(時点 石 浮遊)


ロルトノク エマン ナムア

(操作 名称 魔力)


トクセン ナムア レフタグ

(次回 魔力 集束)

———


「ネフー クコル エタティベル、ロルトノク エマン ナムア。トクセン、ナムア レフタグ?

 (石を浮かせている時に操作しているものを『魔力』と呼ぶよ。次は、その魔力を集めてみて?)」


 フルムは僕の説明を聞くと、不思議そうな表情でこちらへ振り向いた。


「ナムア? シフタ イルクラプス トシム?」


———

魔力(ナムア)


光輝(イルクラプス) 煙霧(トシム)

———

 


「輝いている……煙霧? ……ん?

 何のことだろう……。


 ——えっ!? 煙霧って、『魔力』のこと!?


 もしかして、フルムちゃんには『魔力』が見えてるの!?」


 僕が目を見開いて驚きを露わにすると、フルムはそんな僕の顔をじっと見つめた。


 そして、左右へ小さく首を傾げる。


 彼女は、僕が発した未知の言葉――日本語を、必死に聞き取ろうとしている様子だった。


 しかし、早々に日本語の解読は無理だと悟ったのか、彼女はすぐに僕へ背を向け、両手を突き出して再び魔力の操作を始めた。


 そして彼女は、周囲に落ちていた小石を次々と浮かせると、それらを眼前の空中で待機させ、その中心で浮遊する一つの小石へ向けて、一斉にぶつけ始めた。


 数十個もの小石が、一つの小石を押し潰さんばかりの勢いで激突し、「ガチンッ」と鈍い音が辺りに響き渡る。


 魔力の視覚化について考え込んでいた僕は、石同士が激しくぶつかり合う異音を耳にして、はっと我に返った。


 顔を上げた瞬間、小石たちが互いを砕き合わんばかりの勢いで激突を繰り返す、異様な光景が目に飛び込んできた。


「――え!? フルムちゃん、ちょっと待って! ちょっと待ってッ!!」


 僕は慌てて彼女を背後から抱き締め、両手を強引に下ろさせた。


「わぁっ!!?」


 突然抱き締められたことに驚いたフルムが声を上げ、その瞬間、魔力の制御が途切れた。


――コツコツコツコツコツッ!!!


 球状に凝集していた小石たちは、支えを失ったように一斉に地面へと落下していった。


 勢い余って抱き締めたせいで、僕と彼女の顔は団子のようにぴったりと密着してしまう。


 するとフルムは、訳も分からないまま近づいた僕の左頬を、ぺろぺろと舐めてきた。


 僕には彼女のその行動の意図がよく分からなかったが、とにかく危険な魔力操作が中断されたことに、内心ほっと胸を撫で下ろした。


 フルムはまだ幼く、精神的にも未成熟な状態だ。


 だからこそ、魔法を教える際には常に最大限の注意を払わなければならないと、僕は改めて認識した。


「ごめんね……僕の教え方が悪かったね。


 ここはいっそのこと、やり方を変えてみよう。


 ――取り敢えず、この石はもう使わないから脇に置いておくね」


 そう言って僕は、地面に散乱している数十個の小石を魔力で浮かせ、肉塊が置かれた石のテーブルのそばへ運び、山積みにした。


「それじゃあ、フルムちゃん——よく見ててね?」


 僕は両手を前へ翳して紅い魔法陣を展開し、小さな蝋燭の火ほどの灯火を、いくつも空中へ生成した。


 それらは、まるで小さな日輪のように、円を描く形でゆっくりと並んでいく。


 灯火を並び終えると、僕はフルムの後頭部へ向けて声をかけた。


「フルムちゃん、ナク?

(フルムちゃん、できる?)」


 彼女はこちらを振り返ることもなく、自信満々に応える。


「ケオ!」


 その直後、フルムは僕の腕と同じ向きになるように両腕を前へ突き出し、紅く光る魔法陣を展開した。


 すると――僕が作った火の輪の左隣に、大小さまざまな灯火が生成され、まばらに空中へ浮かび上がる。


「うん! 上手だよ、フルムちゃん!


 ――次は、それを真ん中に集めてみよう」


 続いて僕は、自分が生成した円状に浮かぶいくつもの火を、同時に魔力で制御する。


 そして、それぞれの火を円の中心へ引き寄せ、炎の大きさを変えないよう慎重に凝縮させていった。


 すると、中心へ集まり“一つ”になった灯火は――


 “橙”から、妖しく輝く“蒼”へと、その色相を変化させた。


「炎の色が変わった!?」


「エウルブ エマルフ!!」


 僕たちは二人揃って、その冷たく異様な光を放つ炎を前に、思わず声を漏らした。


 ここで僕は、この偶発的に生じた炎の変色現象が、もしかすると新たな属性魔法の発露なのではないかと、蒼い炎を前に考え込んでしまった。


――なんで火を一点に集めたら、色が青色に変わったんだろう……。


 青い炎が完全燃焼の状態だということは知っているけど――つまり、これは完全燃焼しているってことなのか?


 そうだとしても、原理が分からないな。


 単純に火が高温になったから、青色に変化したとは思えないし……。


 頭の中で、眼前に佇む藍色に灯る火の発生要因について思考を巡らせる。


 僕はいつの間にか、その青い火に魅了され――今がフルムに魔法を教えている最中であることを、すっかり忘れてしまっていた。


 一方のフルムはというと、霊的な輝きを放つ蒼炎の隣に漂う――自分が生成した崩れた花火のような火の玉を、じっと見つめていた。


 先ほど僕が見せた、小さな火が中心へ集まっていく様子を真似しようと、両手へ少しずつ魔力を込め始める。


 それからフルムは、まばらに浮遊する火の玉を一つずつ、慎重に中心へと引き寄せていった。


 やがて、すべての火の玉が一点へ凝集され、一つの塊となった瞬間――炎はみるみるうちに揺らぎを失い、まるで時が止まったかのように静止する。


 赤く燃え盛っていた炎は、その色を奪われるようにして、静謐で、凍てつくような蒼い炎へと変貌した。


 フルムは、初めて僕と同じ魔法を発動できたことに、歓喜の声を上げる。


「ラザーフ クッビ! ヂド! コウル! コウル! エウルブ エマルフ!!」


 フルムは僕の方を振り返ると、俯いていた僕の肩を掴み、揺さぶりながらそう叫んだ。


 その声と衝撃で、僕ははっと我に返る。


 顔を上げると、僕たちの目の前には――二つの蒼炎が静かに揺らめきながら宙に浮かび、冷たい光を放っている光景が広がっていた。


「えっ!? ――蒼い炎……!?


 フルムちゃんが作ったの!?」


「ヂド!!」


 彼女は何かをねだるように、ぐりぐりと自分の頭を僕の顔へ押し付けてくる。


 その仕草から、僕は「撫でてほしい」のだと察した。


 僕はおもむろに彼女の頭へ手を置き、ぴんと立った耳の間を、手を左右へ動かしながら優しく撫で始める。


「凄いよ、フルムちゃん!


 僕だってまだ理解しきれていない魔法を――それを見よう見まねで出来ちゃうなんて……!」


 フルムは頭を撫でられると、嬉しそうに体をくねらせ、尻尾をぶんぶんと横へ振った。


「青い炎が出来たってことは、もう魔力の“集め方”は分かったってことだよね。


 それじゃあ、フルムちゃん。次の段階に行こっか」


 そう言って僕は、彼女の両手へ自分の両手をそっと重ね、手を合わせさせた。


 ぱんっ、と彼女の手が合わさった瞬間――


 目の前でめらめらと燃えていた蒼い炎は、ふっと音もなく消え去った。

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