第23話『魔法が繋ぐ食卓』
洞窟へ戻ると、門番の巨鹿は何を思ったのか――ウニを真っ二つにしたような岩壁を、中空から地面へ向けて魔法で生成し始めた。
岩壁から伸びた鋭利なトゲが地面に突き刺さり、それらが上部の平らな面を支えるような形になっている。僕にはそれが、まるで前衛的な石のテーブルのように思えた。
「――!? これを使えってこと?
フルムちゃん、この上に置いていいってさ」
僕は岩でできた長方形のテーブルの前にフルムを降ろし、フルムはその上へ野獣をドンッ、と落とした。
「時間もちょうどお昼頃だし、お昼ご飯の準備をしよっか」
そう声をかけると――
「ラザーフ クッビ、フルム イルグナフー!」
フルムの言葉と同時に、グゥゥ……と腹の鳴る音が響いた。
言葉が通じなくても、考えていることはどうやら同じのようだ。
「これ――どうやって解体しよう……。
……とりあえず、ナイフで切ってみるか」
そう思い、僕はすぐさま洞窟内の荷物からナイフを取り出し、野獣の皮膚へそっと刃を当ててみた。
だが――
ギリッ、と嫌な手応えだけが返ってきて、皮膚には傷一つ付いていない。むしろ刃の方が負けそうだった。
「硬っ……! これ以上やったらナイフが折れるな。
――硬い岩でも両断できるような魔法って無いのかなあ……」
そんな愚痴をこぼした瞬間、ふと頭の片隅にあった記憶が脳裏をかすめた。
――この加工法は〝ウォータージェット切断〟と言い、超高圧で噴射した水流で岩すら切断できる加工技術で――。
「——そういえば、教授が講義で話してたっけ。高圧の水流で岩を切断するって……。
あれを――水属性魔法で再現できないかなあ……」
不意に僕は近くの樹へ向かって魔法陣を展開し、水をレーザーのようにして放った。
すると線状の水は勢いよく樹に直撃したが、水しぶきが飛び散っただけで、樹の幹に穴を開けるには至らなかった。
「……う〜ん、圧力がまだ低すぎるのかな。
次はホースの出口を絞るみたいにして、水を出してみよう」
「トーワ グニオド、ラザーフ クッビ?」
「あ、フルムちゃん。ちょっと待っててね。
すぐにお昼ご飯、用意するから――」
そう言って僕は彼女の頭を優しく撫でた。
フルムは尻尾をゆらゆら揺らしていたが、キョトンとした顔で、僕の動向を不思議そうにじっと見つめている。
僕は再び、水属性魔法の魔法陣を展開する。
今度は一回目よりも水を針のように細く成形し、高速で樹に向かって放った。
すると発射と同時に、かすかに「キーン」という耳をつんざくような金切り音に似た高周波の音が辺りに響いた。
樹に直撃した線状の水は、まるで小さな爆発が起きたかのように、水飛沫を四方へ弾け飛ばした。
「お! ん?……いけた!?」
僕は幹に穴が開いていないか確かめるため、樹へと近づいた。
水が直撃した辺りをよく見ると、その部分だけ樹皮が捲れ上がり、まるでドリルで削ったかのような小さな穴が穿たれている。
しかし、その穴は幹を貫通するには至っていなかった。
「やった、少しだけ抉れてる……!!
——でも、まだ威力が足りないのか」
もう一度同じ場所へ水を撃ち込もうと樹から離れると、フルムは門番の巨鹿の背中にしがみついたまま、だらーんとうつ伏せになっていた。
そのあまりにも退屈そうな姿を見て、僕は「早くご飯を用意しなければ」と改めて思った。
「次は……貫通力を上げるために――ドリルみたいに渦を巻かせて撃ってみるか」
再び魔法陣を展開する。
だが今回は、これまでの実験とは大きく異なっていた。
水のレーザーを射出する始点の大魔法陣から、樹の幹に設えた終点の小魔法陣まで――。
その軌道上には、幾何学模様を描くように、何枚もの小魔法陣が連続して展開されていたのだ。
(——え!? 魔法陣が、増えた……!?)
僕が意識的に水の射出スタイルを変化させようと想像した、その瞬間――僕の想定とは無関係に、まるで無意識をなぞるかのように、複数の魔法陣が連なって樹の幹へ向かって構築されていった。
(もしかすると……これはチャンスかもしれない――このまま撃とう!!)
僕は流れに身を任せ、針のように細く鋭い水属性魔法を樹の幹へ向けて撃ち放った。
次の瞬間、辺りに「キィィィィン」という、脳を震わせるような金切り音が鳴り響く。
そして放たれた水の針が幹に到達した刹那――今度は一切の水飛沫を上げることなく、「ズドン」という鈍い音とともに、寺院の柱のごとく太い幹を貫いた。
その幹に穿たれた小さな穴から光が差し込み、僕の立つ位置からでも、幹を水が貫通したことがはっきりと確認できた。
「……できた!! 『ウォータージェット』!
――これでやっと猪が解体できるっ!」
僕がそう言って声を上げると、その声に反応して――門番の巨鹿の背の上で寝転がっていたフルムが、ひょこっと身を起こした。
それから彼女は門番の巨鹿の背からぴょんと飛び降り、そのまま僕の方へ寄ってくる。
「ラザーフ クッビ〜、フルム イルグナフ〜」
「んー?……ああ、フルムちゃん、お腹空いたよね。ごめんね、もう少しかかりそう……。
今からお肉を切って焼けば、すぐ食べられるからね。――それまで待てる?」
「ウゥ〜ンゥ〜……」
フルムは僕のお腹に顔をうずめ、それに飽きると隣にちょこんと座り、野獣をじーっと見つめ始めた。
よく見ると、口の端から涎がポタポタと地面に落ちている。
そんなフルムを横目に、僕はさっそく先ほど習得した水属性魔法でウォータージェットを再現し、野獣の上から線状に噴射した。
そして、その水流を前後へ滑らせるように動かし、野獣の胴を真っ二つに切断した。
「あ……石まで切っちゃった」
ウォータージェットの勢いは、野獣の肉塊だけでなく、それを支えていた石のテーブルまでも容赦なく両断していた。
僕はその半分に分かたれた肉塊の断面を恐る恐る覗き込んだ。
すると――頭側の肉塊の断面に、青紫色に淡く輝く水晶のような石がひっそりと埋め込まれているのが見えた。
「……ん? なんだこれ——内容物か?」
「タフト トーワ! イウクラプス! ラザーフ クッビ、タウト……トーイ ナク??」
「んー?……これは食べられないと思うよ。
——とりあえず、焼く前にこの石は取っておこうか」
その内部から淡い輝きが漏れ出している石を、僕は肉のブロックごとウォータージェットで切り離して取り除いた。
くり抜いてみて初めて分かったのだが――その肉塊に埋まった石はハンドボールほどの大きさがあり、石を包んだ肉塊を両手で支えると、ずっしりとした重みが手に伝わってきた。
「これ――はい、フルムちゃん、あげる。……でも食べちゃダメだからね?」
「ワウー!!?」
石が挟まった肉塊を受け取ったフルムは、興味津々に顔を近づけ、その石をじっと覗き込んでいた。
それから僕は、ブロック状の肉を凝視している彼女を石のテーブルから離し、ようやく肉を焼く準備に取り掛かった。
「——ちょうど石のテーブルが二つに分かれたから、片方の肉は移動させておくか」
そうして僕は、下半身の肉を載せた石のテーブルを魔力で浮かせ、洞窟の入口のそばまで運んだ。
「あとは上半身の肉を焼くだけだけど……このままじゃ中まで火が通らないよね。
だから——食べやすい大きさに切り分けて、火が通りやすいようにテーブルにも穴をたくさん開けておくか」
そうして僕は、野獣の肉を魔力で少しずつ石のテーブルの縁から突き出し、はみ出した部分を切り落としていった。
その作業を何度も繰り返し、頭部を除く肉を均一な大きさのブロック状へと切り分ける。
続いて、まな板代わりにしていた石のテーブルへ、水属性魔法のウォータージェットで等間隔の碁盤目状に穴を穿っていった。
最後に、すべての肉塊とテーブルに魔法で生成した水をかけ、付着していた細かな汚れを洗い流した。
「よしっ! これでやっと焼き始められる。
薪は……もういいか」
僕はテーブルから伸びた石の棘の隙間に魔法で炎を生成し、石のテーブルを熱し始めた。
数分後、炎の熱がじわじわと石のテーブルへ伝わり、肉塊は「じゅう」と音を立てて焼かれていった。
肉から滲み出た脂が石の上でぱちぱちと弾け、香ばしい気配が辺りに広がる。
僕とフルムはテーブルの前に並び、じっと肉が焼ける様子を見守っていた。
焼き始めてからおよそ十分後、肉塊はこんがりと焼き上がり、その表面は黄金色の焼き色を帯びていた。
僕は火を消して、肉塊を魔力で手元まで引き寄せた。
「うん、赤い所はない――しっかり焼けてるね。
フルムちゃん、はいどーぞ。
熱いから気を付けてね」
僕はフルムの目の前へ、こんがりと焼けたブロック状の肉を、右手で魔力を操って運んだ。
目の前に肉のブロックが運ばれてきた瞬間、フルムは目をキラキラと輝かせると、大きく口を開け、勢いよく齧り付いた。
彼女は肉塊を左右の奥歯でがじがじと噛み、噛みちぎりやすい場所を探っているようだ。
やがて食べやすい噛み方を見つけたのか、一心不乱に肉を頬張り始める。
僕はフルムが夢中で食べているあいだ、空いている左手で焼き上がった肉を魔力で浮かせ、そのまま口へ運んだ。
あれほど美味しそうに食べているのだからと期待していたものの、実際のところ味はほとんどない。ただ焼いただけの肉――そんな印象だった。
素朴な味と言えば聞こえはいいが、どちらかといえば「素材の味」と表現した方が近いだろう。
そんな味気ない肉を、フルムは三つもぺろりと平らげてしまった。
一方の僕は、肉塊一つでは満腹にならなかったものの、その味気なさに「もうお腹いっぱい」という気分だった。




