第20話『伝わる温もり』
洞窟へ戻ると、僕は二匹の角ウサギの首をナイフで一突きにした。
息絶えたことを確かめると、崖際の枝に吊るして血抜きを行う。
血が抜け切るのを待つ間、僕は洞窟近くの森で枝や落ち葉を集め、昨日と同じ手順で火を起こした。
「これ、どうやって焼こうかな……。
魚の時は串刺しにできたけど、今回は丁度いい棒も針金もない。
鉄板で焼くにしても、中まで火が通る気がしないし……。
うーん、浮かせて焼くしかないかな」
「ラザーフ クッビ、テウー?」
「今から焼くからね。ちょっと待っててね」
フルムは僕のすぐ隣にぴたりと寄り添い、礼儀正しくお座りをしたまま尻尾をぶんぶんと振っている。
その勢いで砂埃が舞い上がるほどだった。
僕は血抜きを終えた角ウサギを魔力で浮かせ、焚き火の上へ運んだ。
すると次の瞬間――。
魔力が炎と反応し、角ウサギの毛に火が移った。
ボッ――。
毛皮は一瞬で燃え上がり、炎は全身へと広がっていく。
「!? えっ!? 燃え移ってる!? ちょ、ちょっと待って!!」
角ウサギに火が移った瞬間、白い炎が橙色の炎へと変化する光景が脳裏をよぎった。
僕は慌てて角ウサギを焚き火から引き離し、その様子を確かめる。
すると角ウサギは見事に全身の毛を焼かれ、つるりとした淡い桃色の皮膚をさらしていた。
「——ちょっと近づけすぎたかな。
今度はもう少し離して焼こう」
僕は先ほどの失敗を踏まえ、火が届くか届かないかという距離で角ウサギを浮かせた。
しかし――。
ボウッ!
再び角ウサギは全身を包むように激しく燃え上がる。
「ええっ!? 何で……!?
普通なら燃え移らないと思うんだけど。それに、脂が多そうにも見えないし……。
ただ、燃え方はガスに引火した時みたいだったな。
……もしかして、火が魔力と反応しているのか?」
僕は魔力で浮かせていた角ウサギの口に木の枝を差し込み、今度は魔力を使わずに焼いてみることにした。
すると角ウサギには火が移らず、むしろ持ち手の枝の方が先に燃えそうになる。
「——熱っ! でも燃え移ってない!
……やっぱりそうだ。
僕の魔力に燃え移ってたんだ!
……ん? いや、でも手元までは燃え広がってなかったような……。
もしかして、燃え移る魔力と燃え移らない魔力があるのか?」
「ラザーフ クッビ、ルッカ トン クオーク?」
「あっ、ごめんね。すぐに焼くからね。
――燃え移る原因の解明は後回しにしよう。
今は燃え移っても気にせず焼き続けるしかない。
ただ、かなり火力が高そうだから焦がさないように気を付けないと……」
僕は再び角ウサギを魔力で持ち上げ、焚き火で炙り始めた。
フルムは口元からぽたぽたと涎を垂らしながらも、静かに隣で焼き上がるのを待っている。
数分後。
僕は焼き加減を確かめるため、角ウサギを焚き火から離した。
皮は飴色の艶を帯び、水分が飛び切って今にも砕けそうなほど香ばしく焼き上がっている。
「……ちゃんと焼けてるかな?」
僕は一度水で洗ったナイフで肉に切れ込みを入れ、断面を確認した。
肉の赤みは完全に消え、中心までしっかりと火が通っている。
「うん! ちゃんと中まで焼けてる。
フルムちゃん、はい、どうぞ」
僕は魔力で浮かせた角ウサギをフルムの口元まで運んだ。
するとフルムの瞳がぱっと輝く。
「タエム!!」
フルムは勢いよくかぶりつき、鋭い牙で肉を引き裂きながら豪快に食べ始めた。
「さて、自分の分を焼くか。
……あれ?」
僕は焚き火へ視線を向けた。
「火が消えてる……。それに枝ももう残ってないな。
もう一度火を起こすなら、枝を集め直さないといけないし……。
――よし。この機に火属性魔法を覚えるか」
僕は少し考え込む。
「手順は……魂炎を火に変える?
いや、違う。
白い炎を――橙色の炎に変えればいいのか……?」
右手でフルムの前に浮かせた角ウサギを支えたまま、僕は目を閉じ、左手へ意識を集中させた。
暗闇の中。
そこには石の台座と、その上で揺らめく白銀の炎があった。
僕はその炎をじっと見つめ続ける。
やがて白い輝きの奥から、黄、橙、赤――幾つもの色が溶け合うように滲み出した。
炎は生命を宿したかのように脈動し、静かに燃え盛る。
「燃え移った時に一瞬だけ見えた景色は……これのことだったんだ……!!」
紅く燃え上がる炎へ近づき、僕は左手をそっと翳した。
「あ……あったかい……」
掌に確かな温もりが伝わる。
僕はゆっくりと目を開いた。
すると掌の前には紅く輝く魔法陣が浮かび、その中心で小さな炎が静かに揺らめいていた。
同時に、自身の魔力が身体の内側から左手へと勢いよく流れ込んでいく感覚も、はっきりと感じ取れる。
「出来た……!!
火属性の魔法!
……凄い勢いで魔力を消費してる気がするな。
長時間の使用は難しそうだけど
――とにかくウサギを焼こう」
僕は一度、火属性魔法を解除し、崖に吊るしていたもう一匹の角ウサギを魔力で手元へ引き寄せた。
そして左手から流れる魔力を操り、空中に浮かぶ角ウサギを包み込む。
次の瞬間、その魔力は炎へと変わった。
角ウサギは炎に包まれながら、ゆっくりと焼き上がっていく。
「少しでも意識を逸らしたら、フルムちゃんの方まで燃やしかねない。
……これは魔法の良い練習になるね」
「トーワ? ラザーフ クッビ?」
自分の名前が聞こえたのか、フルムは食べるのを止めて顔を上げた。
「ううん、何でもないよ」
「ンー???」
僕は「気にしなくていいよ」という意味で笑ってみせた。
しかし言葉の通じないフルムは、意味が分からず首を大きく傾げるばかりだった。
その後、フルムが浮かぶ角ウサギを食べ終える頃には、僕の方の肉もちょうど良い焼き色になっていた。
僕は右手からの魔力供給を止め、左手に込めていた魔力を緩める。
すると角ウサギを包んでいた炎が静かに消えた。
こんがりと焼き上がった肉を口元まで運び、ゆっくりとかじる。
その時だった。
食べ終えたフルムが、ひょいと僕の膝の上へ乗ってきた。
身体を預けるように腰を下ろすと、じっと僕の持つ肉を見つめている。
「お、おぉ……。
フルムちゃん、お腹いっぱいにならなかった?」
まだ足りないのだろうか。
そう思った僕は、肉を少し削いでフルムの口元へ差し出した。
だがフルムは顔を左右にぶんぶんと振る。
「いらない? そっかぁ」
首を傾げながらも、僕は再び食事を続けた。
しかし、何となく気になって、もう一度肉を削ぎ取る。
今度はナイフから手に移し替え、そのままフルムの口元へ差し出してみた。
するとフルムは驚いたように振り返り、差し出された肉と僕の顔を何度も見比べた。
「まだお腹空いてるんでしょ?
食べていいよ」
僕は微笑みながらそう言った。
言葉の意味は分からない。
それでも僕の気持ちは伝わったのだろう。
フルムは差し出された肉をぱくりと一口で頬張った。
そうして僕たちは、一匹の角ウサギを分け合いながら食べた。
言葉は通じなくても、何故だか僕たちは心の奥底で通じ合っているような気がした。




