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【ソラリスの星典】〜少年少女の異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第1章 旅の礎

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第19話『命の授業』

 二人が森と草原の境界を越え、草原へ足を踏み入れた時だった。


 ふと、あるものに気付き、その場で足を止める。


「これは……大人の足跡だ」


 草の間に残された踏み跡を見つめ、僕は眉をひそめた。


「ここまで来てたんだ……。


 何が目的だったのか分からないけど――取り敢えず警戒だけはしておこう」


 そうして二人は慎重に歩を進め、以前野宿した場所の近くにある窪地へと向かった。


 丘と丘に挟まれた緩やかな窪地には、陸上のクラゲを思わせるゼリー状の生物と、角の生えたウサギたちが群れを成している。


 その光景は、まるで互いに共生しているかのようだった。


「ソラリスターコード、翻訳して——


 ウサギを一匹だけ捕まえても良いよ」


 空中に出現したソラリスの星典がひとりでに開き、白紙の頁へ淡く光る文字を記していく。


———

トーコ ナク ウォーラ エルティル エフリドリウ

(捕獲 可能 許可 小柄 野生動物)

———


「あ、そっか。ウサギは訳せないか。


 フルム、トーコ ナク ウォーラ エルティル エフリドリウ(ウサギを捕まえても良いよ)」


「ケオ!! フルム ルッカ トーコ オグ!!」


 言い終えるや否や、フルムはロケットのような勢いで駆け出した。


 角ウサギたちは驚いて四方へ散る。


 しかしフルムは楽しそうな笑顔を浮かべながら、その後を全力で追いかけ始めた。


 一方僕は、周囲の安全を確認する為、窪地の向こう側へ向かった。


 二日前に煙が上がっていた方角――火事の起きた集落のある方向だ。


「――もう居なくなったか?」


 僕は恐る恐る丘の上まで登り、集落外れに広がる草原を見渡した。


 だが、遠目に見えたのは焼け焦げた黒い地面と、焚き火の跡らしき炭化した木材だけだった。


「もうどこかへ行ったか……」


 僕は小さく息を吐いた。


「一先ず安心かな。でも……あまりこの辺りには長居しない方が良さそうだ。……何となくだけど」


 根拠はない。


 それでも胸の奥に引っ掛かる妙な違和感だけは消えなかった。


 僕は数日前までこの辺りに滞在していたであろう現地人の姿が見当たらない事に安堵しながら、フルムの駆け回る窪地へ戻った。


「さっき覚えた水属性魔法も、狩りで使えるようにしておきたいな。


 ——ウサギ相手に練習してみるか」


 僕は青空を見上げた。


 そして目を開けたまま、自身の銀色の魂炎が水へと変化していく様子を思い描く。


 すると僕の前方に、ある一点を中心として渦を巻く水流が現れた。


 水流は徐々に形を整え、やがて一つの水球となる。


 僕はその水球を角ウサギへ向けて放った。


 しかし――。


 水球はふわふわと空中を漂うばかりで、とても獲物を仕留められるような速度ではなかった。


 角ウサギは迫ってくる水球を不思議そうに眺めた後、ぴょんと軽く跳ねて回避する。


 そして何事もなかったかのように遠くへ走り去った。


「遅過ぎる……」


 僕は肩を落とした。


「どうすれば速く撃てるんだろう……。


 ソラリスターコード、魔法で創った水の球を高速で発射する方法を教えて」


 呼びかけに応じるようにソラリスの星典が現れ、開かれた頁に文字が次々と浮かび上がる。


———

 水属性魔法【オーヴァス(流玉)】を高速で発射させる為には、次の二つの条件を達成する必要があります。


 一つ目の条件は、安定した魔力配置です。


 基礎知識として、特定空間内で魔法創造物を一定距離移動させる為には、空間内に魔力を配置し、その移動経路を確保する必要があります。


 しかし、配置された魔力量が不足している場合、あるいは配置が不均一である場合、魔力原子同士の引力に偏りが生じ、魔法創造物は安定した航行を行えません。


 その為、円滑な移動を実現するには、十分な魔力量と均一な魔力配置が必要です。


 二つ目の条件は、魔力配置の点在化です。


 属性魔法の初学者は、多くの場合、空間内へ魔力を線状に配置します。


 その結果、安定した移動こそ可能になりますが、航行速度は極めて低速となります。


 これは線状に配置された魔力原子同士が互いに引き合い、過剰な引力によって却って移動を阻害する為です。


 一方、魔力原子を点線状に配置した場合、引力は接近時にのみ作用する為、より高速な移動が可能となります。

———


「なるほど……」


 僕は何度か頷いた。


「十分な魔力量と均一な配置。


 それに、魔力原子の点在化が鍵になるのか。


 ――先ずは、水滴を魔力原子だと思って並べてみよう」


 僕は再び魔法陣を展開した。


 そして角ウサギへ向かう一直線上に、水滴を一つずつ規則正しく浮かべていく。


 角ウサギは自分へ向かって並べられていく水滴を不思議そうに見つめていたが、危険を感じていないのか、のんびりと草を食み続けていた。


 僕は最後の水滴を配置すると、その列の始点に小さな水球を生成する。


 大きさは角ウサギと同程度。


 さらに魔力を集中させ、水球の密度を高めていった。


「…………行けッ!!」


 集中力が最高潮に達した瞬間。


 僕は魔力を一気に押し出した。


 放たれた水球は水滴へ触れる度に加速していく。


 一つ、また一つ。


 速度を増した水球は、やがて弾丸のような勢いとなって角ウサギへ激突した。


 その瞬間――。


 パァンッ!!


 乾いた破裂音が草原に響き渡る。


 銃声と聞き違えるほど鋭い音が、周囲の丘へ何度も反響した。


「あ……!! 当たった!!」


 僕は慌てて駆け寄り、角ウサギの様子を確認した。


 角ウサギは芝生の上にぐったりと横たわっている。


 直撃したらしい頭部の毛並みは濡れ、わずかにへこんでいた。


「……頭が凹むほどの威力だったのか。


 ——苦しまずに死ねたなら良かったけど」


 僕は角ウサギの耳を束ねるように掴み、持ち上げた。


 ずしりとした重みが腕へ伝わる。


 その感触は、自分が確かに一つの命を奪ったのだという事実を、否応なく僕へ突き付けていた。


ふと僕は周囲を見回し、フルムの姿を探した。


「え……?


 何してるの、フルムちゃん……」


 思わず声が漏れる。


 フルムのいる場所には、何匹もの角ウサギが逆さまの状態で地面に突き刺さっていた。


 角ウサギは角を土へ深々とめり込ませたまま、足をばたばたと動かしている。


 どうやらフルムは、角ウサギを追い掛けては捕まえ、地面へ突き刺すという遊びをしていたらしい。


「ちょっ――!」


 僕は慌てて《戦術補助魔法:ヴァルネス(靱化)》を発動し、強化された脚力で草原を駆け抜けた。


 そしてフルムの進行方向へ回り込むと、そのまま彼女を抱き留めた。


「捕まえた」


「——キャッ!?」


 フルムは目を丸くした。


 しかし抱き上げられた瞬間、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り始める。


 僕は苦笑しながら彼女を地面へ下ろした。


 それから地面に突き刺さった角ウサギたちを指差し、真剣な表情で問い掛ける。


「フルムちゃん。


 これは何?」


 ソラリスターコード、翻訳して」


「フルム エフタ ルッカ ルェザトゥ グニアラプ フチウ!」


———

ルッカ 一緒 遊ぶ

(ルッカ ルェザトゥ グニアラプ)

———


「やっぱり遊んでたのか……」


 僕は額に手を当てた。


「ソラリスターコード、翻訳して。


 自分が楽しいからといって、相手も楽しいとは限らない。


 そして、命を弄んではいけない」


 星典の頁に文字が再び浮かび上がる。


———

フレスロウ ナフ タブ スレフト トン ナフ

(自分 楽しい 逆説 他者 否定 楽しい)


 エフィル グニアラプ イルトシルタス ディブロフ

(命 遊ぶ 絶対 禁止)

———


 僕は少し屈み、フルムと目線を合わせる。


 そして、彼女の両肩に優しく手を置くと、穏やかな口調で、星典に翻訳された言葉をゆっくりと読み上げた。


「フレスロウ ナフ、タブ スレフト トン ナフ。(自分は楽しくても、相手は楽しくない)


 エフィル グニアラプ イルトシルタス ディブロフ(命で遊んでいけない)」


 フルムは言葉の意味を理解したのだろう。


 フルムの尻尾から徐々に力が抜けていく。


 やがて耳もぺたりと伏せられた。


「フルム ドナトスレドナシム、ルッカ ナフ……」


 泣きそうな声だった。


 星典が翻訳する。


———

ドナトスレドナシム ルッカ ナフ

(勘違い ルッカ 楽しい)

———


「うん。


 勘違いしちゃったんだね」


 僕は優しく微笑みながら、フルムの頭をそっと撫でた。


 その手つきは、怯えた子供を安心させるように柔らかい。


 しゅんと垂れていた尻尾が、風に揺られるように小さく動いた。


 フルムは目を潤ませながら、おずおずと両腕を広げる。


 そして恐る恐る僕に抱き付いた。


 顔を僕の腹へ埋め、耳をぺたりと伏せている。


 僕は彼女の頬を両手で包み込み、そっと顔を上げさせた。


「フルムちゃん。


 僕も手伝うから、一緒に直そうか」


「……?」


 フルムは首を傾げた。


 僕は彼女の手を取る。


 そして乱雑に突き刺された角ウサギたちの元へ向かった。


 ウサギたちは今も必死に足をばたつかせている。


 僕はそのうちの一匹の前へしゃがみ込んだ。


 そして地面へ垂直に刺さった角ウサギの足を掴み――。


 ズボッ。


 まるで畑の野菜でも収穫するかのように勢いよく引き抜いた。


 救出された角ウサギは、一瞬きょとんとした後、


 ぴゅーんっ!


 と勢いよく跳び上がり、そのまま草原の彼方へ逃げ去っていく。


「フルム オーティ エミ!」


 フルムの耳がぴくりと立った。


 僕の行動を見た彼女は、自分も真似をするように角ウサギを引き抜き始める。


 一本。


 また一本。


 地面に刺さっていた角ウサギたちは次々と解放されていった。


 逃げ出す角ウサギを追い掛ける事もなく、フルムは真剣な表情で救出作業を続ける。


 やがて――。


 地面へ突き刺さっていた全ての角ウサギが解放された。


「これで全部かな」


「ケオ!」


 フルムは元気よく頷いた。


 その後、二人は改めて狩りを行い、一匹ずつ角ウサギを捕獲した。


 僕は右手に。


 フルムは両手で大事そうに。


 それぞれ角ウサギの耳を束ねるように持ちながら歩く。


 夕陽に照らされた草原を抜け、二人は並んで洞窟への帰路についた。

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