第18話『万象へ揺らぐ炎』
洞窟で迎えた二日目の朝。
ロアは喉の渇きを覚え、目を覚ました。
そして掠れた声で、ぽつりと呟く。
「――早く、水属性魔法を覚えないと」
喉が渇くたび、食材を洗うたび、そして機会があれば湯浴みをするたびに、フルムに水を魔法で創り出してもらうのは、さすがに気が引ける――というより、単純に不便だった。
昨日、第一階梯魔法を一つ修得した。
それは同時に、第二階梯魔法の習得条件を満たしたということでもある。
つまり彼は、ようやく属性魔法を学べる段階へ到達したのだ。
もっとも、その習得方法は依然として分からないのだが。
「フルムちゃんは、水を思い浮かべたらできたって言ってたけど……。
――一度、試してみよう」
ロアは魔法の練習をするため、洞窟の外へ出た。
入口の前では、門番の巨鹿が脚を折り畳んだまま静かに眠っている。
洞窟の中にいる先導の巨鹿や子鹿たちも、まだ起きる時間ではないらしい。
「……まだ皆、寝てるね」
ロアは門番の巨鹿の傍らへ腰を下ろした。
そして目を閉じ、体内を巡る魔力の流れを感じながら、川の水を手で掬う情景を思い描く。
それから彼は、ただひたすら水を想像することに集中した。
しかし数分後――目を開いても、魔法陣はおろか、水の一滴すら現れていなかった。
「……ダメかー。
まぁ、あまり期待はしてなかったけど。
――諦めて本に頼ろう。
ソラリスターコード、水属性魔法の習得方法を教えて」
———
属性魔法は水属性に限らず、すべて体外における魔力分子の変性によって発動します。
この魔力分子の変性は、精神領域に存在する「魂炎」の性質および形状変化と連動して生じると考えられています。
もう一つの発動手段として「詠唱」が挙げられます。
しかし詠唱は、使用言語や地域文化、地理的背景、さらには宗教観によって規則や内容が大きく異なるため、統一的な運用は極めて困難です。
実用性の観点からも、一般的には推奨されていません
———
「魂炎の性質、形状変化……?
詠唱っていう方法もあるのか。
ただ、そっちは難しそうだな。
――なら、まずは前者を試してみよう」
ロアは初めて魔力の流れを知覚した時と同じように、静かに瞳を閉じた。
精神を落ち着かせ、魂炎へ触れたあの場所を再び思い描く。
眩い光が交錯する静かな森の奥。
色彩を放つ蝶や花々。
かつての栄光を刻んだ遺跡の残骸。
そして中央に据えられた大理石の台座と、その上で妖しくも美しく揺らめく銀灰色の魂炎。
ロアは再び、その炎の前に立っていた。
「僕の魂炎は白だと思ってたけど……どちらかというと灰色だね。
近くにいるだけで、触れていなくても強い魔力を感じる。
――そもそも形状変化って、どうやるんだろう。
形状変化……形を変える……?」
彼は魂炎を見つめ続けた。
鈍色の燐光を放つ炎は絶えず揺らぎ、一瞬たりとも同じ姿を保たない。
見続けるうちに、その姿は薄くはためく紙片にも、砂塵を巻き上げる竜巻にも見えてくる。
そしてその刹那――。
魂炎の縁から散った火の粉が、水飛沫のように彼の目へ映った。
「今……一瞬、水が見えたような……。
――!?
形状変化って、そういうことか……!
つまり魂炎は、意志によって性質や形を変えられるんだ……!!」
それから彼は魂炎を見つめながら、銀灰色の炎が次第に波のような揺らめきへと変化していく様子を心に思い描いた。
意識を集中させる。
すると魂炎は、少しずつその姿を変えていった。
炎の表面には薄い膜が形成され、その輝きは内側へ閉じ込められていく。
激しく揺らめいていた炎は次第に流動性を帯び、膜の内側で波紋のように静かに震え始めた。
やがて魂炎が放っていた灰色の閃光は跡形もなく消え去り、眼前に残された流動体は、ただ周囲の光を反射するのみとなる。
最終的に想像上の魂炎は、ロアの意志と魔力によって、一つの水球へと姿を変えた。
(炎が水に変わった……!
いや、これはただのイメージだ。
重要なのは、これが現実にも反映されるかどうか――)
彼は静かに目を開いた。
するとそこには、地面と平行に回転する青い魔法陣と、拳ほどの大きさの水球が宙に浮かんでいた。
全身を巡る魔力の影響を受け、ロアの瞳もまた蒼く輝いている。
「出来てる!!!
これが水属性の魔法……!!」
彼は感動に目を見開きながら、宙に浮かぶ水球を見つめた。
「――魔法で創り出した水って、飲んでも大丈夫なのかな……」
ロアは水球を魔力操作で操り、両手の上へ移動させようとした。
その瞬間――
「ザーフラ クッビ! グンノーム クトー!!」
「わぷッ!!?」
突然、背後から何かが激突した。
フルムに勢いよく抱きつかれたロアは、そのまま前方へ押し倒される。
胡座をかいたまま上半身を押し倒され、ばしゃんっ、と水球へ顔面から突っ込んでしまった。
反射的に口を開いた拍子に、水を飲み込む。
一方のフルムは、昂った気持ちを抑えきれないのか、ロアの肩へ手をつき、そのまま地面を蹴った。
そのまま彼の背中を飛び越え、空中で一回転半。
見事な着地を決めると、得意げな表情で振り返った。
「……おはよう、フルムちゃん」
ロアは服を濡らし、顔から水を滴らせながら呆れ顔を向ける。
そして立ち上がると、腰へ手を当てて大きく背筋を伸ばした。
「んーーっ!!」
その様子を見たフルムも、犬が伸びをする時のように両手を地面につき、背中をぐっと反らせる。
ロアは苦笑しながら、再び魔法を発動した。
掌の上に透明な水が満たされる。
「水属性魔法が使えるようになったから、次は火属性魔法を覚えたいな。
……でも、その前に朝ご飯の調達に行くか」
水音に反応したフルムが近寄ってくる。
そしてロアの掌に溜まった水を、ぺろぺろと舐め始めた。
「フルムちゃん、喉渇いてたんだね。
――魔法で水を出せるようになったから、もう水筒はいらないかな?
……いや、水以外の液体を保存する用途なら、まだ使い道はあるかも」
フルムは掌の水を綺麗に飲み干した。
ロアは濡れた手を服で拭くと、彼女の手を取る。
「それじゃあ、今日は草原の方へ行ってみようか」
「ンー???」
首を傾げるフルムを連れ、ロアは再び草原へと向かった。




