↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ソラリスの星典】〜少年少女の異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第1章 旅の礎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/48

第17話『静止する雨粒』

「もう夜か――」


辺りはすっかり日が落ちていた。


 どうやら、瞑想の最中に眠ってしまっていたらしい。


 昼間は動物たちの鳴き声で賑わっていた森も、今は木の葉が風に揺れて擦れ合う音だけが聞こえるほど静まり返っている。

 

 フルムと子鹿たちは、まだ先導の巨鹿の傍らで寄り添うように眠っていた。


 ロアがフルムを起こそうと近づくと、先導の巨鹿が徐に立ち上がり、子鹿たちを鼻先でつつき始めた。


 子鹿たちは順番に目を覚まし、ゆっくりと身を起こしていく。


 そしてフルムも、傍らで眠っていた子鹿が身じろぎする音で目を覚ました。


「フルムちゃん、起きた?」


「……ン〜〜〜ッ!!!」


 フルムは四つん這いで地面に手をつき、猫のように背中をぐっと反らせながら、気持ちよさそうに大きく伸びをした。


 子鹿たちとフルムが目を覚ましたのを確認すると、先導の巨鹿は、今朝と同じように川の方角へ歩き始めた。


「——フルムちゃん、行くよー」


 ロアに呼ばれたフルムは、慌てて駆け寄り、彼の手を握る。


 二人は鹿たちの後ろ姿を追いながら、森を流れる川へ向かった。


 

***



「じゃあ、僕は魔法の練習をしに行くか」


 川へ到着すると、ロアは足に魔力を込め、一気に崖の上へと跳び上がった。


 するとフルムも、彼を追いかけるように軽やかに崖の上へと跳び上がる。


「おぉ! フルムちゃんも跳べるようになったん

 だ! すごいねっ!」


ロアはそう言って、彼女の頭を撫で回した。


 フルムは撫でられやすいように耳をぺたんと寝かせ、撫でられている間ずっと、気持ちよさそうに目を細めていた。


「フルムちゃんは――お魚を捕まえたり、好きに過ごしていていいよ」


 すると、星典はひとりでに開き、翻訳を開始した。

 だが、記された文字は黒色だったため、月明かりだけでは辛うじて判読できる程度だった。


「——あ、翻訳してくれてる?」

 

———

シフ トーコ ダナ モデルフ

(魚 捕獲 並列 自由)

———


 僕は必死に目を凝らし、星典に浮かび上がった文字を読み上げた。

 

「フルム、シフ トーコ ダナ モデルフ(お魚を捕まえたり、好きに過ごしていていいよ)」


「ケオ!」


 フルムは川原で靴を脱ぎ捨てると、濡れることなど気にも留めず、バシャバシャと川へ入っていった。


 ロアも同じように靴を脱ぎ、再び川の中央に鎮座する岩へと向かった。


「次は——全身に魔力を巡らせて、漏れないようにしてみよう」


彼は呼吸を整え、全身の力を抜いた。


 そして、腕だけでなく全身の筋組織へ魔力を行き渡らせる。


「ふぅーっ……!!」


 肺の中の空気をゆっくりと吐き出しながら、筋肉を強張らせないよう意識する。


そのまま岩の底に添えた手を持ち上げた。


ザザザザ……ズルッ――ゴンッ。


 川底に沈んでいた岩が、彼の手によって持ち上がった。


 しかし次の瞬間、岩は手の中から滑り落ち、鈍い音を立てながら再び川底へと沈んだ。


「……一瞬浮いた!


 あ、でも、まだ魔力が漏れてるな。


 どうすれば漏れなくなるんだろう……。


 ――そういえば、魔力が漏れる原因の一つに『魔力密度が低い』って書いてあったな……」


 水中から引き上げた手を見ると、漏れ出した魔力が水と反応し、腕全体に薄い水の膜が形成されていた。


「魔力密度を高めるには何をすればいいんだろう……。


 ソラリスターコード、魔力密度を高める方法について教えて。


――あと、文字を少しだけ明るく表示して」


星典の頁がパラパラと捲られていく。


 そして、白紙だった頁に淡く光る文字が次々と浮かび上がり、回答が記されていった。


———

 魔力原子が外的または内的要因により高密度へ集束すると、量子的結合状態が発生し、魔力原子同士が相互干渉を起こして魔力分子を形成します。


 魔力分子とは、複数の魔力原子がエネルギー的共鳴によって結合した状態を指します。


 しかし、この結合は極めて不安定であり、魔力分子密度の上昇と同時に、分子内部のエネルギー振動周波数も急激に増大します。


 その結果、分子配列が非線形的に乱れる現象――魔力膨張が発生します。


 魔力膨張が進行すると、魔力分子間の結合位相が崩壊し、魔力の流動性および指向性が著しく低下します。


 これにより行使者の魔力制御は困難となり、暴走(魔力制御不能状態)や熱放出(過剰エネルギー解放)を引き起こす危険性が高まります。


 従って魔力膨張を抑制するには、精密な魔力制御によって魔力原子同士の平均距離を一定に保ち、魔力分子の過剰な凝集を防ぐ必要があります。

———


 突如として専門的かつ難解な情報の波が、ロアへ押し寄せた。


「――魔力原子同士の距離を一定に保つ……?


 意識しただけで魔力密度を変えられるとは思えないけど……


 ——試しに、水で魔力制御の練習をしてみるか」


 ロアは一度川原へ上がると、川岸に膝をつき、水面へ手を触れた。


 そして魔力を水中へ流し込み、そのまま手を真上へ持ち上げる。


 すると、魔力と結合した水の塊が宙へ浮かび上がった。


(ここから、これを二つに分ける……)


 不安定に揺れる水塊を、まるで餅を引き裂くように二つへ分割する。


次に、それぞれを球状へ整えた。


 月明かりを受けて煌めく二つの水球が空中に浮かぶ。


(それを、また分割する……)


 彼は二つの水球をさらに二つへ分けた。


 空中には、規則正しく浮かぶ四つの水球が並ぶ。


(これを可能な限り繰り返す……)


 極限まで集中力を高めながら、繊細な魔力制御を続ける。


 四つを八つへ。


 八つを十六へ。


 十六を三十二へ。


 時間と空間の許す限り、水球は累乗的に増えていった。


 やがて彼の目の前には無数の水滴が静止し、まるで降り注ぐ雨の一瞬を切り取ったかのような光景が広がっていた。


(これ以上は分割できない――


 でも、何となく正解に近づいている気がする……


 この感覚が薄れる前に、早く岩を持ち上げないと……)


 集中を切らさぬまま、慎重に岩の前へ歩み寄る。


 深呼吸を一つ。


 川の流れを掻き分けながら岩の底へ手を差し込んだ。


 そして、全身の筋肉へ魔力を巡らせながら、先ほどの無数の水滴が静止する光景を思い浮かべる。


 筋肉は一切強張らせない。


 完全に脱力した状態のまま、ゆっくりと腕を折り曲げた。


ゴボッ……ゴボゴボゴボ――

 

パシャッパシャッパシャパシャッ――


 持ち上げられた岩は流れる水を弾き、小さな水飛沫を上げた。


 川の中央を塞いでいた巨岩が持ち上がったことで、水流はいっそう勢いを増す。


「――持ち上がった!!!」


 遂に彼は、戦術補助魔法【ヴァルネス(靱化)】の修得に成功した。


 推定一千キロにも及ぶ岩塊を、水底から持ち上げたのである。


「一旦、この岩は川の外へ移そう――」


 ロアは持ち上げた岩を、川沿いに生えている一本こ樹の根元まで運んだ。


 作業を終えると、その場に腰を下ろす。


「ヴァルネスの発動で、かなり体力を消耗したな……


 今後は体力作りも必要かもしれない。


 ――それはそれとして、お腹が空いた」


 ロアは再び立ち上がると、躊躇なく川へ足を踏み入れた。


 流れの速い水面を覗き込み、素早く泳ぎ去る魚たちを目で追う。


(――もし目に魔力を集めたら、動体視力が上がったりするんだろうか)


彼は目を閉じ、もう一度感覚を研ぎ澄ませながら、魔力を眼球へ集中させた。


 そして――ゆっくりと瞼を開く。


 すると、眼下を流れる川の流れはわずかに緩やかに見え、魚たちの動きまでもが遅く感じられた。


(ん?


 水の流れが遅く感じる……


 今なら動いている魚を、そのまま捕まえられるかもしれない)


 ロアは魔力で瞳を輝かせ、一匹の魚へ焦点を合わせた。


 そして、すかさず手を水中へ突き入れる。


 掌で魚の腹を掬い上げると、そのまま勢いよく川原へ放り投げた。


 魚は地面の上でピチピチと跳ね回る。


「魚が……一瞬止まっているように見えた。


 それに、鱗の一枚一枚まで……。


 ――もしかしたら、ヴァルネスは動体視力だけじゃなくて、視力そのものも上げてくれるのかもしれない」


 彼は強化された視覚を活用し、さらにもう一匹の魚を捕獲した。


 最終的に今晩の食糧として、二尾の魚を確保する。


 そこでようやく、魚獲りに夢中になっていたせいで、フルムのことをすっかり忘れていたことに気が付いた。


 辺りを見渡してみるが、近くにいる気配はない。


(恐らく上流の方へ行ったんだろうけど……


 一応、呼んでみるか)


「――フルムちゃーん!!」


 すると遠くから、ジャリ、ジャリ、と石同士が擦れ合う音が聞こえてきた。


 音のした方へ視線を向ける。


 すると――


 フルムがマグロのような大魚を抱えながら、こちらへ駆けてくる姿が見えた。


「ラザーフ クッビ! フルム! トーコッ! シフ!!」


 まるで宝物でも見つけたかのような期待に満ちた眼差しで、フルムは大魚を掲げて見せる。


「フルムちゃん、すごく大きい魚を捕まえたね!


 ――もしかしたら、その魚、川のヌシかもしれないよ」


 フルムは満面の笑みを浮かべながら、大魚を大事そうに抱えていた。


「じゃあ、帰ったらすぐ晩ご飯にしよっか」


 ロアは二尾の魚を手に持ち、フルムは大魚を抱えたまま、鹿たちと共に帰路についた。


 

***


 

 洞窟へ戻ると、ロアはすぐに洞窟内からナイフと干し草を取り出した。


 その足で近くの木へ登り、数枚の葉を毟り取る。


 さらに長く細い木の棒と何本かの枝を切り落とした。


 それらを拾い集める途中で、火打石代わりになりそうな手のひら大の石も幾つか回収する。


 続いて木の棒や枝の表面をナイフで削って形を整え、焚き火用の小石を円状に並べた。


 そして、その中央へ干し草を置く。


 後は魚と枝、それに常に熱を帯びている鉄板――ドラゴンの鱗を水で洗えば、夕食の準備は完了だ。


「フルムちゃん、トナウ ジクマ タウ エカム?(フルムちゃん、水をお願いできる?)」


「ケオ!!」


 フルムは赤い瞳を紅く輝かせ、魔法を発動した。


 すると彼女の目の前に、直径一メートルほどの巨大な水球が形成される。


 ロアはその水球で枝や葉、魚を洗い流した。


 魚へ枝を通して串焼きの形にすると、再び汚れないよう地面へ突き立てておく。


 そして昼間と同じように、水球へ触れて魔力を流し込み、その水を鉄板へ注いだ。


「――一通り準備はできた。


 早速、火を起こしてみよう」


 ロアは拾ってきた石の中から白い石を選び取り、ナイフの背へ素早く擦り付けた。


 ジャキンッ、ジャキンッ――


 鋭い音と共に火花が飛び散り、干し草へ降り注ぐ。


 やがて干し草へ火が灯った。


 彼はその小さな火種を囲うように枝を重ねていく。


 火種は徐々に空気を吸い込み、枝を炙りながら炎へと成長していった。


「ワァ! エマルフ! ……ムラウ」


 フルムは火へ手をかざし、その温もりを楽しんでいた。


 二人とも川へ入ったせいで、服はまだ少し湿っている。


「さて、魚を焼いていくか」


 まず最初に、フルムが捕まえた大魚を焚き火へかざした。


 火に炙られた魚の皮が弾け、パチパチと小気味よい音を立てる。


 滴り落ちた脂が炎へ落ち、香ばしい匂いが辺りへ広がった。


 その様子を見ていたフルムは、ロアの隣へにじり寄り、口をぽかんと開けながら涎を垂らしている。


「もう少し待っててね?」


 ロアは右隣から伝わる彼女の体温を感じながら、大魚が焦げないよう、じっくりと焼き上げていった。


 やがて魚全体に火が通る。


「——もう大丈夫かな?」


 ロアは葉を数枚並べ、その上へこんがり焼き上がった大魚を乗せた。


「はい、どーぞ。


 熱いから気を付けてね」


「スクナフタ! ロア ラザーフ クッビ!」


 何かを言い終えた瞬間、フルムは勢いよく大魚へ齧り付いた。


 鋭い歯で魚の腹を食い破るように、ガツガツと夢中で食べ始める。


「凄い食べっぷりだね。


 ――さて、僕も自分の分を焼いていくか」


 ロアは一尾ずつ魚を焚き火へかざした。


 フルムの大魚と比べれば随分小さいが、それでも今晩は二尾もある。


 食べ盛りのこの身体には少々物足りないかもしれない。


 それでも、見知らぬ世界で目覚め、生きる術を身につけながら、死と隣り合わせの日々を過ごしてきたことを思えば――


 こうして落ち着いて食事ができるだけで十分すぎるほど恵まれている。


「――いただきます」


 ロアは魚を口へ運びながら、これまで辿ってきた出来事を静かに振り返った。


 異世界で目を覚ましたこと。


 フルムと出会ったこと。


 魔法の存在を知ったこと。


 そして今日、ヴァルネスを修得したこと。


 どれもまだ信じ難い出来事ばかりだった。


 ロアは一つ一つを噛み締めるように思い返しながら、焼き魚をゆっくりと味わった。


食事を終えると、二人は洞窟の中へ戻った。


 干し草へ身を横たえ、互いの体温を感じながら寄り添う。

 そうして二人は、深い眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。