第91話 決意(前編)
内匠櫂。12歳。
32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。
『勇者』とは何か——そう問いかけた櫂に、かつて勇者と共に戦った三柱はこう返す。「『勇者』とは、かつてこの世界を救うために異なる世界より召喚された“異邦人”にして救済装置」であると。
白竜山麗の峰に存在するソルコブの里は、静かな夜を迎えていた。
吐く息すら凍り付く寒さから住民を守る石造りの住居。その壁に背を預けたまま、寝台の上に腰を下ろす少女が二人。
菫色の長い髪と琥珀の瞳を持つ可憐な美少女——櫂と、銀毛に覆われた猫の耳を持つ金色の瞳の少女——ミカゲの二人は肩を寄せ合いながら、他に何をするでもなく寝台の上で寛いでいた。
その足元では床に敷かれた分厚い毛皮の上に胡坐をかき、黒い髪と左右で色の異なる瞳を持つ少女が剣の手入れを行っている。エルナであった。
「——何もしていないのに、どっと疲れました」
櫂がそう呟くとミカゲは「まぁ、色々あったしね」と労うように声をかける。
神竜フウカの住居に招かれた櫂たちは、フウカも含めて数百年前に世界を救ったという大英雄たちと言葉を交わし合い、ついでに飲み物や軽食までご馳走になったあと里へと帰還していた。
彼(女)たちは村長の屋敷に寝泊まりする事となり、薬草を入れた湯で体を拭き清めた後は心地よい疲れとじわじわとにじり寄る眠気に身を任せている。
「ミカゲさんもエルナも、驚かないのですね」
「あなたが“異邦人”だったってこと? 驚きはしたけれど、言われてみれば確かにそうかなって——ねぇエルナ?」
ミカゲが同意を求めるとエルナも首を縦に振った。
「カイは当たり前の事も知らないから」
エルナの率直な指摘にミカゲはカラカラと笑い、櫂は面白くないと軽く頬を膨らませる。
「勇者とは“異邦人”である」。神竜フウカのその言葉を受けて、櫂はミカゲとエルナ——そして自分と共に旅を続けてきた仲間達に自らの生い立ちを告白した。この体は人造のそれであるが、魂は異なる世界から招かれた人間のそれであると。
フウカを始めとした御柱の遣いたちは櫂の告白を素直に受け入れたが、ミカゲを始めとしてた櫂の旅の仲間たちはよく分からないとばかりに曖昧に頷くだけだった。
“異邦人”——異なる世界より訪れ、未知の技術や知識で恩恵をもたらすとされる稀人。
しかしそれは遠い遠い昔話の存在であり、加えて古の大英雄が創り出した体と、そこに宿る異世界の別人の魂という説明があまりにも現実性を欠いた絵空事であったため、どう反応すれば良いのか分からなかったのである。
「——アタシも“異邦人”に合うのは初めてだけど、それがカイだって言うなら、いちいち驚くのも変じゃない?」
「それは褒めてませんよね? そんな私は周囲から浮いてましたか?」
遠回しに「変人だ」と言われた櫂は流石に意を唱えたが、ミカゲとエルナは真顔になって顔を見合わせ、
「気付いてなかったの?」
冗談ではなく本気でそう思っていた事が判明すると、櫂は拗ねて二人に背を向けてしまう。石の壁に額を当てると熱がそこから奪われていき、当てが外れた不満もやがて壁に吸い込まれていった。
「それで——カイが昔いたのはどんなところだったの?」
機嫌を直したカイが壁を離れると、ミカゲがそんな事を訪ねてきた。
「昔……ですか。そうですね、一つだけ言えるのは」
櫂は寝台に敷かれた布団を両手で押し、浅く沈んだ手を離すとこう言った。
「もっとフカフカの布団で寝ていましたよ」
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翌日——櫂は再びフウカの下を訪れていた。
ただの一日ではお互いに話し足りないと、この日も面会を約束していたのである。
フウカは櫂に乞われる形で、かつて『勇者』と呼ばれた“異邦人”と繰り広げた冒険について語り聞かせた。ベルタも同席を望んだが、彼女は自分の遠い先祖に助手として(強引に)連れていかれてしまった。
よってフウカが語る数百年前の英雄譚の聴衆は櫂と護衛するエルナの二人だけであったが、櫂は実に熱心な聞き手でありフウカも話甲斐があったのだろう。
昔話に夢中で時間も忘れているのではないかと、昼食を運んできた赤銅色の肌をした女性——トモエが呆れるほどであった。
「——いやぁ実に興味深い話ですが、聞けば聞くほど私たちとは違うのですね。フウカさんたちの『勇者』様は」
「ええ、わたしも櫂さんから聞いて驚いているの。アメノミハシラが消失したから、私たちの様に使い魔の使役はできなくなっているのね。
だとしても『勇者』が七人もいて? しかも互いに争い合えと? “機構”の事だからロクでもない思惑があるのでしょうけど——」
理解できないとフウカは長い首を横に振る。
彼女たちと共に旅をしたという『勇者』はただ一人。
櫂たちの様に超能も契約神能も持たなかったが、その代わりに超常の力を有した無数の使い魔たちを使役し、世界の危機に立ち向かったのだと言う。
そんな彼らの冒険は人々の記憶のみならず伝説として語り継がれ、ベルタが肌身離さず持つ大典に記録されたように大英雄として歴史に記録される事となった。
「そして“神災”——“侵蝕”の前例があるから予測は可能なんでしょうけど、それにしても不確実性が高すぎる。ごめんなさい、私には分からないことだらけだわ」
「いえフウカさん、それは恐らく私達の問題なのでしょう。私には経験も予見もありませんが、でも何となく感じるんです」
櫂はそう言って、細い指をそっと自分の瞼に触れさせる。
契約神能『幻惑の瞳』——それを“恐い”と評した人物の姿を脳裏に描きながら、櫂は記憶を呼び起こす。
『――我が連合の導師たちが星見にて算測したのだ。そう遠くない内にこの大地を強大なる“神災”が襲うと。そして『勇者』はその神災に立ち向かい、人を救済する為に“機構”が生み出した救済装置である』
その言葉を口にした人物——彼女こそが自分の次なる旅の目的なのだろう。
櫂はフウカに告げる。
「ありがとうございますフウカさん。私はもう少ししたらここを離れます。そして——戻ろうと思います、帝国に」




