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第90話 勇者




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 “機構かみがみ”の要請を受けて錬金術師大ベルタが創造した人造生命体——それが今の自分だと知る櫂であったが、その目的までは明かされなかった。そして彼の興味は自身の出生から『勇者』なる存在に向けられようとしていた。







 そしてその頃——赤狼せきろう公国・公都アルテンヴォルク。

 西の銀鷲ぎんしゅう帝国と東の八萬はちまん諸国連合を繋ぐ街道沿いに拓かれた都市アルテンヴォルクは冬を迎え、東の渓谷を吹き抜ける風には雪が混じる日も少なくない。

 二大国の狭間に存在する小国の首都は交易によって栄えた街でもあった。しかし帝国と同盟が戦争状態に陥った今となっては、荷を運ぶ隊商や旅人の代わりに帝国から派遣された将兵が酒場や宿を埋めている。


 諸国連合と赤狼公国を隔てるオウサの関を諸国連合軍が奪還し、そこを占拠していた赤狼公国軍が撤兵した今、公都アルテンヴォルクは二大国の戦争の最前線と化していた。

 帝国の属国である赤狼公国には現在、帝国から派遣された総勢二万の軍が駐留しており、都市の郊外にて街道の東から迫り来るであろう敵軍に備えていた。


「——『勇者』とは何か、ですか? 簡単ですわ。常人には成し得ぬことを成し得た者に贈られる称号をそう呼ぶのです」


 三階建ての城館。そのバルコニーに建つ透き通るような紅玉色の髪をした少女は、投げかけられた問いにそう答えた。その端正な顔立ちのみならず言葉の端々にまで気品を感じる淑女であった。簡潔明瞭な説明ではあったが、銀貨よりも眩しい銀髪の少年は首を横に振る。


「そんなことは知っている。僕が知りたいのは、あんたやあのカイと言う少女のような人ならざる力を持ち、そう呼び合っている連中についてだ」


 銀髪の少年は名をハディン・ザードと言う。美しいが人を寄せ付けない鋭利な雰囲気をまとう彼は帝国魔導院の魔術師ではあるが、そのみどりの瞳を向けた先にいるのは、本来ならば同じ場所に立つことすら叶わないほど身分の高い貴人——赤狼公国公女マリアリガル・フォン・ヴェルアロートであった。


 三ヶ月前、オウサの関が諸国連合軍に攻め落とされた際、配下の兵と共に公都に退いたマリアリガルは体調を崩してしばらく休養し、ハディンもまた殿しんがりを務めた相棒の少年——ロイの帰還を願って公都に滞在していた。

 そしてマリアリガルは公務に復帰すると同時に「帝国魔導院の魔法使い」として、後輩であるハディンを突然自分の下に呼び寄せたのである。

 魔導師としては優秀だが、つい半年前までは極北の地から流れていた姓もなき孤児でしかなかった自分を何故側に置こうとするのか、ハディンは真っ先にマリアリガルに問うた。かつて()()であった自分に何をさせるつもりなのかと付け加えて。

 するとマリアリガルは——わたくし、あなたのような殿方には興味はありません——と断言した上で、


「あなた随分と性格が悪いでしょう? わたくしのことも全ッ然信用していない——だから、わたくしの相談相手を務めなさい?」


 他人が聞けば支離滅裂な言い分であり、ハディンもすぐには彼女の真意を汲み取れなかったが、息を一つ吐くまでの間に彼は自分が求められている役割を理解した。

 その頭の回転の速さこそ、マリアリガルがハディンに期待した理由でもある。


「なるほど、赤狼の公女様におかれましては、戦に敗れておめおめと逃げ帰ったことが相当に悔しかったらしい」


「ええ、ですからわたくし、あなたのような()()()()()()()()()()()()ことに決めましたの」


 かくしてマリアリガルとハディンの奇妙な関係が始まり、対面の際には身辺のみならず未来の皇后陛下の貞操を護るため、常に複数の女性騎士が同室して目を光らせるようになった。

 そんな中、ハディンがマリアリガルに対して『勇者』とは何かと問いかけた事から今に至る。


「わたくしとカイ様? 確かにわたくしには“潔璧けっぺきの盾”がありますし、カイ様のあの身のこなしも超能スキル賜物たまものだと聞いたことはありますが……」


 お互いに『勇者』と呼び合った事はないとマリアリガルは言った。するとハディンは少しだけ驚いた顔を見せる。


「そうなのか? お前——ああ、いや公女様は連合の盟主と出会った事は?」


「まさか。銀鷲の陛下ですら叶わぬことをわたくしのような小娘が経験していると思いまして?」


 下手な冗談だと微笑むマリアリガルであったが、ハディンは真顔だった。


「そうか、僕とあいつは盟主と言葉を交わしたことがある」


 ハディンの告白に息を呑んだのはマリアリガルだけではなかった。

 彼女の側に控える親衛騎士団長イヅミ・フォン・アルバレスタも、ハディンの背後に控えていた柑橘オレンジ色の髪をした長身の女性騎士ヘルマ・フォン・ヴィフシュタインも、彼が口にした言葉に耳を疑う。

 諸国連合の盟主とは諸国連合における最高権力者にして、存在自体が最大の権威である。マリアリガルが言ったように銀鷲帝国の歴代の皇帝ですら拝謁を許された例は片手の指ほどしか記録されていない。

 そんな人物と帝国の一臣民——それもつい数ヶ月前までは姓も持たない孤児たちが言葉を交わしたなど、酔っぱらいの戯言としか思われないだろう。

 けれどもマリアリガルにはハディンがそんな誇大妄想に憑りつかれたようには思えなかった。明晰な頭脳と世の暗部に身を置いた経験を買って側に置いた少年は、恐らく事実を語っているのだろう。


「——その話、詳しく聞かせてもらえますか?」


「ああ、構わない。と言っても拝謁を許されたわけじゃないんだ。連合の間者——確か天鼠コウモリとか呼ばれていたな。そいつが持ってきた大きな水晶球を通して言葉を幾つか交わしたんだ」


「それが本当だとすれば、殿下——如何いたしますか?」


「彼が連合の刺客だなんて誰も信じませんわ。ハディン、構いません。わたくしはこれから聞くことを誰にも話さないと誓います」


 それは護衛として同じ場所に立っている二人の女性騎士に対する箝口令かんこうれいでもあった。


「感謝する公女様。正直、僕も本物かどうかは確証がない。でも()()()はロイの体質を契約神能けいやくしんのうと呼び、そして僕の力についても看破した」


「あなたの力と言うと——精霊通せいれいつうのこと?」


「ああ、そうだ。精霊の声を聞くことができる異能の力。断わっておくが僕の精霊通を知っていたのはロイと——今はいないもう一人だけだ」


 言葉の最後でハディンは一瞬だけ視線を外した。名を伏せたその一人は、マリアリガルとは浅からぬ因縁を持つ人物であったが故に。

 そしてマリアリガルもその人物について詮索する事はなかった。


「そいつが言うにはロイもまた『勇者』の一人であり、そして勇者たちは相争う運命にあるのだそうだ」


「ロイと言うのは赤毛の彼のことですわね。そして、わたくしとカイ様もその『勇者』の一人——そう、あなたは考えているのですわね」


 ハディンの言葉を反芻はんすうしながら、話をまとめるマリアリガル。言い終える前に彼女の前にはイヅミが立ち、ハディンの背後ではヘルマが腰にいた剣の柄に手をかけている。

 しかしハディンは動じていない。彼は最初から警戒されるのを承知の上で『勇者』について語り聞かせたのである。自分たちがマリアリガルに()()()()()()()()()()()()()()()ためにも。


「断わっておくが全て盟主とやらが言った事だ。ロイはともかく僕は公女様と敵対するつもりはない」


「疑ってはいませんわ。ただ——すべての『勇者』が同じように考えているとは限らない、という話ですわね」


「ああ、そうだ」


 ハディンは頷くと視線をバルコニーの外、遙か西の彼方に向ける。


「建国祭で帝都を襲撃したのは恐らくその『勇者』の一人だろう。それに対し、ここには勇者は少なくとも三人いる。ロイと公女様——そして、あのすみれ色の髪の女だ」


 ハディンが口にした三人の勇者のうち、一人は帝国を追われて遙か北の地に向かい、もう一人はオウサの関をめぐる撤退戦で今も行方知れず。それでもハディンは彼ら二人の生存を疑ってはいなかった。疑いたくなかったとも言うが。


「そしてこれは僕の勝手な憶測にすぎないが——連合の盟主もまた『勇者』の一人なのかもしれない」


 ハディンの憶測は真実を言い当てていたのだが、彼も含めてこの場に居る者は全てその憶測を否定することも賛同することもできなかった。

 ただ、ハディンの憶測が真であると仮定した場合、ある一つの可能性が浮上してくる。帝国と連合、そして翠馬公国に侵攻した五湖連合——全ての勢力に『勇者』が存在している事になる。


「——つまり望むと望まざるに関わらず、現状は『勇者』同士が相争う構図になっている。誰が仕組んだかは知らないが、どうやら盟主とやらの言葉は嘘ではなかったようだな」


 ・

 ・

 ・


 更にその頃——極北の地・白竜山麗はソルコブの里。


「——『勇者』とは何か、ですか? ……難しいわね。そもそも私たちの頃とは事情が異なるでしょうから」


 カイから「勇者とは何か」と問われた白い上位存在——神竜フウカは簡単には答えられないと口籠ってしまう。


「事情が異なる? つまり神竜様——ああいえ、フウカさんは以前にも『勇者』と出会ったことがあるのですか?」


 櫂の問いかけにフウカは「ええ」と頷く。その声はどこか弾んでいるようにも聞こえる。


「私たちはかつて『勇者』の使い魔——いえ、共に戦った事があるの。ベルタちゃんの子孫なら知ってるわよね?」


「は、はへっ!? も、もしかして~御柱の遣いの逸話ですか~? で、でで、では~神竜様はまさか~」


「ええ、そうよ。御柱の遣い第八柱・風竜フウカ、やんちゃだったころの私の名前ね。で、そっちにいるのが第三十三柱・錬金術師ベルタに——えっと、巴さんは」


「今のうちで良いですよ。元・御柱の遣い・神喰悪鬼かみはむおに トモエ。かつて『勇者』様と共に色々と——そう色々と戦ってきました」


 突然の告白に来客全員が言葉を探す中、かつて『勇者』と共に戦った三柱は櫂の問いかけにこう答えた。


「『勇者』とは、かつてこの世界を救うために異なる世界より召喚された“異邦人エトランゼ”にして——()()()()よ」




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