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第89話 知らんけど




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 錬金術師(だい)ベルタ。赤いジャージとサンダル穿きの姿で現れた謎の美女は、自分が櫂を“製造”した事を認めた上で、堂々と彼(女)の名前を間違えるのであった。







「タクミカイ……つまりタク」


「いえ、カイと呼んでください」


 話が通じる様でニュアンスが通じない赤い美女に二度も名前を間違えられた櫂は、痺れを切らして自分から呼び名を指名した。

 錬金術師大ベルタ。身長はカイよりもはるかに高く、女性にしては長身のサピアよりも僅かに上。年齢は20代後半から30代といったところだろうか。

 金縁の眼鏡の奥にはとび色の瞳。だが間近で目を合わせても、カイは彼女との完全な意思疎通は叶わないのではないかという懸念を抱いていた。視線はこちらに向けながらも、焦点が自分に向けられていないような、そんな微細な違和感を覚える。


「……カイ。分かった、何が知りたい?」


 直球の問いかけに、櫂は僅かに口籠る。

 知りたいこと、聞きたいことは山ほどあった。だからこそ最初に何を聞けば良いのか分からなくなってしまったのだ。


「では——教えてください。あなたが私を創った理由は何ですか?」


 僅かな思慮しりょの間を置いて、櫂は先ず自分をこの世界に生み出した意図について聞くことにした。


「頼まれた」


「だ、誰にですか?」


「“人類保全機構システム"」


「“人類保全機構かみさま"?」


 口にした後で櫂は互いの口から発せられた言葉に致命的な齟齬そごがあるように感じたが、その理由については全く思い至らなかった。


「つまり……“機構かみ"が私を創るように、あなたに依頼したのですね? その理由については——」


 櫂の問いに大ベルタは首を横に振る。


「ネタバレ厳禁」


「いやネタバレって……あなた本当に異世界の英雄なんです? どうして私の世界の俗語をご存じなんですか……」


「違う? ……なら守秘義務」


 それも前にいた世界の言葉ですよとツッコミ続けたくなる気持ちをぐっとこらえ、櫂は大ベルタの返答について考えを巡らせた。

 格好も言動も礼節を欠いた人物だが、嘘や諧謔かいぎゃくとは無縁である事はこれまでのやりとりから明らかだった。言葉の選び方が不適切なだけで情報操作をしようとする意図は今のところ感じ取れない。

 そうであるならば、彼女は恐らくこの世界において『神』と呼称される上位存在の命を受けて自分を創り出しただけで、その理由までは知らされていないと考えるべきだろうか。


「不自然な話ではありますが……ベルタさんへの態度を見る限りでは、自分の仕事以外にはとんと興味がない人っぽいですね……」


「は、はい~~初代様と言葉を交わすのは~今日が初めてとなりますが~母様やお祖母様からは~『日曜学校の子供だと思って話せ』と聞いて~おりました~」


「そう、シンプルで明快なのが一番」


 ストレートに成人同士の対話ができないとダメ出しされたにも関わらず、それは至言だと頷く大ベルタの姿を見て、櫂は間違ってもこの女性が腹芸や作り話で真実を覆い隠すような真似はしないだろうと考えた。

 もっと言うと、隠し事や方便自体が出来ない人なのだろうなとも。


「教えていただき、ありがとうございます。えっと……ベルタさんのご先祖様」


「ベルタでいい」


「いえ、それだとこちらのベルタさんと区別が付かなくなるので……」


「そう? なら好きに呼んで」


 やはり自分の直感と子孫の教えは間違っていなかった事を実感しつつ、櫂は次の質問を口にする。


「“機構かみ”が私を創るように依頼したのは、何時の話ですか?」


「13年前」


 その回答に驚きの声を漏らしたのは、櫂ではなく黙って話を聞いていたミカゲとロイの二人であった。一方で櫂とベルタ、そして彼女たちと面識のあるサピアは大ベルタの言葉を疑いもせずに受け入れていた。

 しかし櫂にはミカゲたちが驚いた理由も想像がつく。13年前に櫂を創ったにしては——大ベルタはあまりに若く見える。彼女の言葉に誤りはないとしたら、錬金術師と呼ばれるこの女性はまだ少女であった頃に、一人の人間を“製造”するという奇跡を成したことになるからだ。


「それについては私から説明させてもらうわね?

 私達『御柱の遣い』はこの世界では確かに数百年前——いいえ、人によってはもっと前の時代に存在していたの。

 でも()()()()()()と同時に、私達はあなたたちとは異なる時の流れの中にいる。こんな説明で理解してもらえるかしら?」


 大ベルタに代わって疑問に応じたのは神竜フウカだった。

 この場の誰よりも高い位置にある口から語られる統一言語ことばは心地が良いほど滑らかで、暖かな気配りが感じられた。


「はい、理屈はさっばりですが概要としては掴めます。

 ファンタジーでいうところの長命種エルフ短命種にんげんの時間感覚の差ですね? もっともこの場合は感覚ではなく肉体年齢を指すと思われますが」


「“長命種エルフ”? 音韻おんいんが同じだからリーシャちゃんのことよね?

 まぁ——その理解で80点と言ったところかしら。そちらの砂色の髪のお嬢さんと赤髪の彼のために分かりやすく言い換えるなら、私達はあなたたちよりもずっとゆっくり年を重ねていくの」


「は、はい——分かり、ました?」


「え、えっと……どういう事なんだ? ハディンなら分かるのか?」


 嚙み砕いて説明しても意図が十分に伝わらなかった事に苦笑しつつ、フウカは大ベルタに問いかける。


「あなたが山を降りるのは珍しくもないけれど、じゃあその時にこの子の体を製造していたの?」


「そう。魂は在った。復元前の組成式も。だから後は義体錬成モデリング記憶再演シミュレートするだけ。調整が終わる時に私は()()()()に出ていたから、前もって自動で目覚めるようにしておいた」


「ま、待ってください——言葉の意味はさっぱり分かりませんが、つまり私の魂をどうしたんですか?」


 ベルタの回答はそのまま櫂の出生についての回答でもあった。

 説明する気のない大ベルタに代わって、櫂は耳に飛び込んできた情報を自分なりに編み直し、仮説と言う名の織物をつづりあげていく。


「魂は最初から在った。肉体の組成式も既に作られていた。だから私は容れ物を創って馴染むまで調整した。そして12歳になった時に自動的に目が覚めるように設定しておいた」


 淡々と語られる大ベルタの言葉は櫂の記憶と結びつき、仮説は真実へとその名を変えていく。

 数ヶ月前——銀鷲ぎんしゅう帝国ランスカーク地方にて足を踏み入れた錬金術師の地下工房。櫂はそこで今の体に魂を宿し、12歳の美少女として生まれ変わった。

 そして肉体が定められた年齢に達すると同時に目覚め、彼(女)は自分が何故ここにいるのかも分からずに外に出て——そして——


「今こうして、生みの親であるあなたと話をしているというわけですね」


「そう、知らんけど」


「……ベルタ、それは今使う言葉じゃないわ。

 でも彼女の言った言葉は真実よ、櫂さん。あなたの肉も骨も神経細胞もこの世界の人間と何一つ変わることはない。けれどその眼球と全身の霊脈に流れる神威は、錬金術の秘法が創り上げた人造の奇跡」


 フウカの眼が櫂の琥珀色の瞳を見据え、肉体はおろか心の奥底まで覗きこまれるような圧力に櫂は喉を鳴らすことしかできなかった。


「申し訳ないけれど“機構システム”が何を目的としてあなたを創り出そうとしたのかは、私にも見当がつかないわ。

 それと——ベルタから聞き出すのは大変だろうから私が代わりに伝えておくけれど、“機構”を問い質すことは私達にも不可能なの。と言うか相互不可侵な上に私たちはここを間借りしている身の上だしね」


 フウカの配慮に櫂は「いえ、十分です」と会釈し、感謝の意を表した。

 元よりフウカや大ベルタが自分達に知る限りの情報を誠実に教えてくれている事は疑っていない。そして——自分でも奇妙に思えるくらい、櫂は伝えられた自身の出生に納得していた。

 元より自分の精神と記憶は、32歳で亡くなったかつての自分のままである。だからこそ性別も年齢も変わってしまった今の体に違和感を覚え続けていたのだろうと。

 ただひとつだけ分からないのは——何故、12歳の女の子の肉体が宛がわれたと言う事だけ。

 それも聞いてみたい気持ちはあったが、さすがに肉体に宿る魂が32歳の男性である事は迂闊うかつに広言できないとも考えていた。


(……だってミカゲさんもエルナも他の皆さんも、私が女の子であることを疑ってませんしね)


 この世界での地位や名誉には無頓着な櫂であっても、そこで得られた人間関係や交流にはそれなりに愛着もある。

 だから——今はまだ告げるべきではないと櫂は結論付けた。


「——お二人ともありがとうございます。私の身の上に関しては十分……いえ本当はまだ知りたいこともありますけれど、それはまたの機会にさせてください。

 それよりも他にお聞きしたいことがあります」


 フウカは構わないと首肯し、ベルタは「ならもう部屋に戻っても良いか」と目で訴えて、巴と名乗った鬼の女性に「まだ早い」ととがめられていた。

 それを確認し、櫂は口を開く。

 

「——『勇者』とは何ですか?」

 




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