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俺にファンタジー世界は早すぎたみたいだ  作者: ノエル・L・ファント
七話 冰→熱い炎が僕らを巡る
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81 (断片的な)アストの過去

 マーキュリアル家の人はみんな温泉が好きなのだろうか? ゼルルド共和国、というか元ゼルルド帝国領内は温泉が湧き出ることは比較的少ない。だが、フェーセントの街の屋敷や、今ここチェリスカの屋敷にも、どういうわけか源泉掛け流しの温泉があるというのだ。びっくりだ。


 湯船に浸かるのも久しぶりだな。ま、その前に汗を流さないと。


 ……というかかなり湯気たってるな。それにシャワーの音も聞こえてくる。


 ということは、

『誰かいるね』

 そういうこと。


 このお屋敷にお風呂は一つ。つまりここで会うのは、男でも女でも、どちらの可能性もあるということ。


『見たいの?』


 シェルトの時みたいにキレられたら困るだろ?


『たしかにね。それに女性だったらなら、シェルトに相当言われるよ? 恥を知れ! とかね?』


 そうだね。一応確認はしておくよ。女性だったら土下座して走って逃げる。




「すいませーん。お風呂、僕も使わせていただいてよろしいですか?」

 反応はなかった。水音で声が聞こえなかったのかな?


 湯気と泡の先に見えたのは、腰にかかるほどの黒くて長い髪。視界が白いのに、なお輝きを止めないその艶髪は、まるで黒い真珠のようで……。


『女の子?』


 ────嘘だろ? は? 流石にあり得ないだろ!?



 その子はゆっくりとこちらを振り向いた。


「ごっ、ごめんなさいッッ!! ほんとに、シェルトさんに風呂入れって言われただけで! そんな、下心とかは!」


「ふふっ、顔をあげてよエル。ねっ?」


 ……たしかに高い声だけど、男の声? いや聞いたことある声だ。あの漆黒の髪の毛も、やけにゴツい後ろ姿も、どこかで見たことあるような気がするんだが……?


「ボクだよ、ボークーだーよー! にっひひひ!」


 その()()の満面の笑みは、俺に安堵とともに疑問をもたらした。


「え、ちょっとまってソウイチ!? どうしてお風呂入ってんの。ってか! どうしてここにいるんだよ!?」


 ソウイチロウ・ロンダー。西方諸島アルスフェイル群島にルーツを持つと思われる黒髪黒目の美少年。

 話を聞く限りは貴族の倅であるが、彼の家であるロンダーという名前を俺は聞いたことがない。


 トゥルオーラ・リンドルードとギルカ・ヴェスタと3人で……3バカ? 的な感じだ。ユノちゃんいじめてた3人ね、最近は見る影もないけど。

 前は目にかかるくらい、後ろはお尻を隠せるほどの長い黒髪。女っぽい顔の、ひょろっとした男だ。


 そして彼の不思議。八月(アウグス)中旬、灯祭(ともしびさい)の時のこと。俺とソウイチとユノちゃんの3人で怪盗を、消滅させた事件があった。

 その時彼は『ココノエ・ロンダー』であると自称し、俺と同じ流派である魔闘真流剣術を使い、召喚獣と融合し【装獣者】となった怪盗ガーメスをほぼ一方的に相手取っていた。


 また、ソウイチはテルオやギルカから『最大戦力』と評されるほどの実力の持ち主らしいが、本人にはそんな強さは感じられない。C組との合同授業とかで見てる限り、シラフの時は多分強くないのかもしれない。


    ☆


 いろいろ聞きたいこともあるが冷えるのは嫌なので、身体を流しソウイチのいる湯船に浸かった。


「それで、どうしてシェルトの屋敷なんかにいるのさ?」


「それはこっちのセリフ。どーしたの?」


「えっと、それは……」

 言いたくねぇなぁ。


「当ててあげようか! えっとねぇ…………あ! 家出だ!」

 ギクリと、秘密にしなくても別にいいことだからよかったわ。


「まあ、合っているというか何というか……」


「理由はねぇ──」


 理由も考えるのかよ!


「アジリードと喧嘩して、それで寮を飛び出したけど、行くあてもないからテルオに泣きついて、それでもだめだったからここに来た。……どう?」


「お前もしかして俺のストーカーか!? いやまったくもって、おっしゃる通りです!」


「だってテルオに聞いたからね。それに、ボクがここにいるから、エルだってこのお屋敷に来られたってことでしょ?」


 まあ確かに考えてみりゃそりゃそうなんだけど。


「それはありがたい。だけど、何でお前はここにいんだ?」

 率直に疑問だった。


「テルオとシェルトが仲良いからだよ。なんか途端に優しくなったシェルトから、“怪盗殲滅するために情報交換できないかー”って誘いが来たらしいのね?」

 途端に優しくなった、か。確か記憶が戻る……というか、記憶を受け入れる前はあの魔法学園でお姫様やってたんだっけ?

 俺は暴力的なお姫様な頃のシェルトを知らないから想像しかできない。でも……確かにちょっと強引なところあるし、それが誇張されてたとなるとまあ厄介だ。傲慢なお姫様には辟易するね。


「それで、まあ最近ちょっときな臭さというか、怪盗の動きもあからさまになってきててさ。北のライノーチ連邦との国境付近では、怪盗を名乗るただの荒くれ者を、有力貴族が取り押さえて地下牢にぶち込んだ! なーんてことも起きているんだ」


「彼らが本格的に動き出す日も近い……ってことかな」


 ソウイチはわざわざ舌を鳴らして、首を大きく横に振った。


「近い、なんかじゃない。もう、動いている。だからボクも……覚悟をすべきだなって、そう思うんだ」

 ソウイチは小さなため息をついた。


 そうか、もう戦いは始まっているのか。


「そろそろあがるよ。ボク、もうのぼせてきちゃった」

 ああ、わかった。と、お風呂から出て行くソウイチを見送り、俺は少し考えていた。


 いろいろなことが起こりすぎた。考えることが多すぎる。それでいて、自分のすべきことが一つも見当たらない。




 “やることが多すぎる”、ならばまだいい。


 だが、“何をしていいか分からない”ことは大変だ。

 俺は、どうすればいい? どうしたら俺は満足できるんだ?


 ガーメス、レンドリュー。2人の怪盗は、俺の眼の前で死んでいった。消えていった。

 戦い続けていたら、俺もいつかあちら側に立ってしまうことだろう。その時俺は、怪盗と剣を交えてよかったと思えるのだろうか。いや、思えないだろう。

 ならどうしたら良い? 他の誰かのことを、俺のように思って手助けしてやれば良いのか?


 今はまだ、分からない。


 だから俺は、シェルトやテルオたちの手助けをするんだ。その中で、きっと答えは見つかるはずだ。


    ☆


 風呂を上がり、広間に招待された俺は、シェルトやソウイチと、くっそ美味い料理に舌を躍らせた。高級な料理というものは、それこそ貴族であるため、フォーマルな場所でなら食べたことはある……のか? 記憶が少し不明瞭だ。

 だが、これだけは言える。ここの料理は美味しいということ。肉料理、汁、野菜。全てがパーフェクトだと思う。



 飯を楽しんだところで、部屋を移し本題に入る。


 客間の一つ、乏しい明かりの魔力ランプが照らすのは、俺とシェルト、ソウイチの顰めっ面だ。


「聞きたいのは、アストゥーロ・アジリードのことよね?」


「ああ、そうだ。あいつの過去っていうか……多分、去年までのルームメイトだとは思うんだけど」

 断片的に聞いた話というか、噂話というか。俺が『アストのルームメイト』として噂になってたし、多分そうだとは思うんだけど。


「エル、あなたはアストゥーロの性格をどう思ってる?」

 こてん、と首を傾げたシェルトは、俺に向かってそう言った。


「いやぁ? 性格って言ったら、明るいとか? あとはケンカっ早い? それと──」


「その性格に、引くほど当てはまるのが、アストゥーロの元ルームメイトの“セキュー・マグリューネ”よ」

 俺の言葉を遮り、シェルトは重くつぶやいた。



「まあ、全部ってわけじゃないけどね。でもボクが見た感じ、まあほとんど、今のアジリードと性格って点は変わらないかな。それと髪型! アジリードは、毎朝髪の毛セットしてるでしょ? ねぇ、ルームメイトくん?」


「ああ。アストも寝るときは髪を下ろしてるし、でもあいつ、休みの日に体鍛える時もビシッと髪キメるんだよな」


「そう。今のアストゥーロは、セキューの真似をしているようなものよ」


「どうして……?」


 シェルトはため息をついた。


「エル、本当に何も知らないのね。クラスの誰かに囁かれたりとかしなかったの?」


「いや? なんか俺のこと怖がってる感じであんまり喋ってくれないんだよなぁ……」


 ……みんな、黙ってないで続けよ話。



「もう明日なのね。十月(ルクマ)の三日は」


 ……だんだんと、もしかしたらと、話が見えてきたかもしれない。


「もしかしてさ……明日が、彼の命日ってことなのか?」






「セキュー・マグリューネが殺された日。それが明日」



 俺は、唾液を飲み込んでいた。デリケートな部分に、足を踏み入れてしまったと、少しだけ後悔しようとしていた。


「セキューはね、『魔女の力』のせいで、殺されたの」

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