79 “ただのルームメイト”
side アストゥーロ・アジリード
「出てく」
エルの最後の言葉だったんだ。
俺たちの部屋はぐちゃぐちゃになり、その凄惨な状況からここであった出来事を推測することができる。
実力はほぼ互角、というか俺もエルも本気なんて出しちゃいない。だけど俺は、限りなく本気に近い力であいつを殴ったんだ。
すごく、イラついていたんだ。
あいつは自分の荷物を軽くカバンに詰め、制服姿のまま部屋を飛び出した。
俺は、投げ捨てた自分のゴミを片付けた。
「クソが」
ゴミ箱の中に唾を吐いた。
すると、部屋の扉が開いた。
「あれれ? 物音がしたから来てみたけど。なに、今日はひとりぼっちなのかなぁ? 最近、エルともあんまり話してないみたいだったし、これは本格的にボッチだな? なあアジリード」
「…………うるさい。だまれ」
茶々を入れてきたのはレッフィー・ガルムナルだろう。なにかと俺を目の敵のように扱う野郎だ。
「……喧嘩か。相当だね、君がこんなに落ち込んでいるとは」
「落ち込んでなんかいねぇ」
「ほら、お前いつもより噛み付くテンポが遅いんだよ。顔面すら無愛想なカッコじゃ、誰も寄ってこないよ?」
図星ではあった。でも仕方がねぇだろ! なんでよりによってエルが! あいつが、『魔女の力』を持ってるってんだよ!
「レッフィー殿、言い過ぎです」
次に入ってきたのはリキッド、ダイヤルだろうか。こいつはレッフィーと同室だったか? 最近地元に用があって戻ってたって言ってたけど、帰ってきたのか。
こいつらは、エルとなんか研究してるんだっけか。そりゃ、エルのことが心配になるに決まってるんだよな。
「邪魔だ、お前らに関係ないだろ」
「関係あるよ。だって隣で問題が起きたら、俺たちも連帯責任になるかもしれないだろ? 寮母さん怖いし、な! リキッド!」
「そうですね。我はそれ以上に、2人の関係が一刻も早く修復されることを望みます。アストゥーロ殿」
あーくそ、ガチでクソだ。こいつらだって何も知りやしないんだよな。
レッフィーも、リキッドも、エルも。
3人とも知らないんだろ。こんな、クソ卑屈な俺を。
3人とも知っているわけがない。一年前、俺の目の前で死んでいった、セキュー・マグリューネという男を。俺の、大親友を。
「で、どうして喧嘩したんだよアジリード。あの温厚なエルを怒らせるなんて、お前相当なこと言ったか?」
あいつが怒ったんじゃないんだ。俺が怒りすぎていたんだ。
“お前なんて、友達でもなんでもない”
“知らないだろ? 俺がどんな人間なのか”
“知らないだろ? 俺がどうしてこうなったのかを”
“お前は、俺のことを何もわかっちゃいない! 俺が、『魔女の力』と、『怪盗』を憎む理由を!”
「ちぇ、だんまりかよ」
堂々巡りだ。今さっき言った言葉が、ずうっと俺の中で反芻する。
“お前が『魔女の力』を持っている以上、俺に不利益がどおっと降りかかる。俺が、お前の個人的な争いに巻き込まれて、殺されでもしたら。お前と同じ部屋で、一緒に寝首を書かれたりでもしたらどう責任取るんだよ!”
『じゃあ俺は、ここにいない方がいいってことだよな』
あいつの言葉が、やけに冷たかった。
俺は、あいつとは違う。俺はセキューとは違うんだ。
同じ髪型にして、同じ口調で、同じような笑い顔で。どれだけやっても彼には届かない。どうすれば彼になれるのかなんて、俺にはわからないのに。でも、ずっとそうやって生きてきたから。俺はこうなってしまったのだ。
“意思を継ぐ者”。そう、彼の墓跡には刻まれている。だから、俺が彼の意思を全部継がなければならないんだ。
エルヒスタは、どこかセキューと似ているところがあった。どこか、とかは、あんまり言葉にできない。同じ出身地であるということは関係ないと思う。でも、あの笑い顔は。
あの日の、彼の笑顔は。俺とは違って“自然”そのものだったんだ。
「アストゥーロ」
女性の声だった。
「寮母さん……片付けは、飯の後にします。すいません」
彼女がきてくれたから、少しは落ち着きを取り戻せたと思う。
「アストゥーロ。エルヒスタには、1日分の外泊許可を出しました。今日は、ご飯を食べて早く寝なさい」
そうか、あいつは。
「明日までには解決なさい。さあ、もうご飯の時間だ! リキッド! レッフィー! アストゥーロを食堂に連れてきなさい!」
引っ張られるように2人の手。レッフィーは強引に俺を立たせた。
「はーい。ほら行くぞアジリード。メシだぞメシ。早く来ねえとお前の分も食うからな! リキッド、お前もなんか言ってやれ!」
「時間が解決することもあります。あなたたちなら、1日で解決できると思いますよ。さあ、アストゥーロ殿。一緒に行きましょう」
「わかったから手を離せ。邪魔だ」
「あーあ、せっかく親切にしてやったのに。これだからアジリードはさあ!」
☆
飯を食い、汗を流して、ベッドに飛び込む。
ギシリという音。澄み始めた空気のせいかよく聞こえたんだ。
隣を見る。部屋を片付けてくれたのだろう。シーツも敷物もぴっちりだ。
ふと、倒して置いた写真立てが目に入る。
「セキュー。考えれば考えるほど、俺はお前に勝てなくなるんだ。なあ、どうしたらいいんだよ! 俺は!」
髪も立たせていない俺と、対照的にキラキラしていたセキュー。
シャワーを流して髪の毛を落とした俺と、ここにいる俺は同じだ。
弱くて、脆い。
だから誓ったんだ。俺が必ずあの男を見つけて、殺すと。
よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いします。
あなたのその一タップで、私の今後の創作活動の励みになります。よろしくお願いします。




