68 護りたい人
不安定に揺らぐ魔力を、深呼吸して落ち着かせる。
「終わり……ましたか」
服の破けた脇腹を抑えながら、リッキーは小走りで駆け寄ってきた。インナーの色は赤。血は全く出ていない。
そこで俺は一度振り返る。召喚獣についていたあの赤色。あれは服のものだったのだと。
だけども彼も満身創痍。歩く足は覚束ず、やっとのことで足を出しているようだった。
「リッキー、大丈夫か? かなりの勢いで飛ばされてたけど……」
「まあまあ、ですかね。我もそうですが、エルヒスタも相当なダメージを負っているみたいですけど?」
そりゃそうだろ、死に物狂いな攻撃だったんだ。消費した魔力も馬鹿にならないし。
「まあでも、1番の気がかりは──あの声だな」
俺たちに助言をした声の主。聞こえた方向を向いても、もう誰の気配もしない。
「リッキー、あれって誰だったか分かるか? いや、なんか聞いたことある声だなーって思ったりしたんだけど……記憶にないんだよ」
リッキーは少し間を開けてからうなづいた。
「我にも、まあ心当たりはいくつかはあるが……そうだな、どれも腑に落ちない」
召喚獣がいた所に視線を送るリッキー。俺も自ずとそちらを見る。召喚獣がいた痕跡は全くなく、魔力すら感じとることはできない。
「やっぱ不思議だよな、召喚獣って。死骸とか残らないのも、普通の生物と全然違う所だし……」
「分からなくもありません。たとえ召喚獣が魔力の塊であったとしても、こんな忽然と消えてしまうと勝利の余韻に浸っていられない」
勝利の余韻……か。考えたことなかったかもしれない。勝利……した気分にはなれないなぁ。結局俺たちの手で勝ったわけじゃないし、あの声がなきゃきっと負けていた。
残ったのは疲労感と、シェルトやネルールがどうしているかという不安だけ。
「リッキー、とりあえず……シェルトさんやネルちゃんの安否だけは確認したいんだけど──」
「それなら今、ちょうど他の王冠が────」
────グゴゴゴ、ゴゴゴッ!!
「──なっ!? くっ……!」
途端、大きな振動音が俺たちの耳と足を襲った。俺はその振動に耐えれずに、足を崩して膝をついてしまった。1秒も経たずに振動音は消え去ったが、俺たちの心には深い焦燥感と不安感が残り続けていた。
「なあリッキー、今のはっ」
「召喚獣は倒したはずです……なっ、まさか怪盗が!?」
俺たちは召喚獣を倒してはいるが、怪盗そのものを叩いたわけではない。
(セタ! 悪いけどもう一度戦闘準備だ!)
『わかったよエルくん。エルくんが倒れない程度には最高を尽くすよ』
流石だセタだ、助かる。
「怪盗がもう一体の召喚獣を呼び出したか、もしくは怪盗自体の魔法や攻撃によるものか……」
俺たちは動かなかった。いや、動けなかったが正しいか。魔力切れ、体力消耗、そもそも振動の場所が分からない。無闇に移動して隙を突かれたらその場でアウト。裸で突っ込むようなものだ。
「リッキー! インペリアルの人と連絡は!?」
「ここに向かってきているはずです。ですが……確かに遅いですね」
不安はあった。ここで動けないとなると、シェルトの危機に向かっていけない。
怪盗が現れたのだ。狙われているのはもちろん魔女の力であろう。確かに、今狙われている“魔女の力”を持った人間がシェルトではないかもしれない。
現に魔女の力があるとされている俺に向かって攻撃が来ていないことから、俺が狙われていないことは明らかだ。
だが、今まで戦っていた召喚獣はシェルトの居たはずのレストランの本当に近くで暴れていた。
狙われているのがシェルトである可能性は大いにある。
「いや、でもシェルトさん……予告状とか貰ってなかったはずじゃ?」
「エルヒスタ! その、予告状のことなのだが──」
「ん? リッキーなんか言ったか?」
「──リキッド! たっ、大変なことになってるの!」
俺がリッキーにさっきの言葉を聞き返そうとした時、空から一つ、影が降ってきた。
リッキーと同じ、王冠の制服を着た、ウェーブがかった長髪が、ちょっとドキツい紫をした小柄な女の子。……ネルちゃんより小さい……か?
「ヤドか、戦況はどうなっている? お嬢様の安否は? 他の王冠の配置は? さっきの衝撃音は?」
「あああ、えっと! せっ、戦況は!!」
リッキー余りの剣幕に後退りするヤドさん。喋るのが得意では無いのかと思ってしまう。それに、こんな慌ててるの、国内随一の貴族の護衛としてどうなんだ?
「リッキー怖いよ、もっと時間あげないと。えっと、ヤドさん……でいいんだよね? まず、今の街の状況を教えてほしいんだ。ゆっくりで大丈夫」
彼女はこちらを向いてこくりと頭を下げ──ちょっと止まって、勢いよく目を逸らして、固まった声を上げた。
「はっ、はい!! ままままず今の状況ですが街中の避難は完了しています! 残されている人々も我々王冠が見つけ次第保護救助。際限なく増え続ける召喚獣への対処にあたっています! ネルール様は出来るだけ安全な場所に避難させましたが、それでも召喚獣がネルール様のところへ向かって狂進してくる為、オスト・スプレッドが対象を殲滅────」
「おいちょっと待て! なんだっけ? 際限なく増え続ける召喚獣!? なんだそれは!」
思わず声が出てしまう。ヤドさんはまた、あばあば言って言葉が止まるが今は多分それどころでは無い。
「際限なく増え続ける、だって……!? ヤド、詳しく」
リッキー……いや、リキッド・ダイヤルが仕事の顔つきへと変わる。約1ヶ月前に俺やユノちゃん、そしてホールズと対峙した時の、あの顔に。
「この街に召喚獣が、何体も何体も出てきてます! 一体一体の力はそこまで強くなくて、人里に降りてきたオオカミ以下位です……しかし量がおかしいです! 消えても消えても減っていくようには思えません。オスト・スプレッドが勝ちきれません。そう言えば、リキッドは分かりますよね!」
「オスト・スプレッド?」
「王冠の一番刀だ。我が3人いないと勝てない、それくらい強いと言えば分かるか?」
まあ……力は分かった。俺より強い人でも、数が多すぎて身動きが取れないと言うこと。
「なら、シェルトは? ヤドさん、シェルトさんがどこにいるか分かる? 分かるならそこに行きたいんだけど……」
「あっ、あの……シェルトさんは、あのえっと、あなたを探しにいくと言って、王冠の元から離れてしまった……と、そう聞きました。ごっ、ごめんなさい! 静止しようとしたら暴れられてしまいまして!!」
俺を、探しに? 何のために、どうして? どうして危険に身を晒している? 探し出さないと……怪盗はシェルトのことも知っている。
顔だって、フェーセントの街でサモネとやら……あとデルシャに見られている。情報は共有されているであろう。
それに彼女の持つ魔女の力は怪盗が欲しているモノだ。
探しに、行かないと。助けに行かないと!
「リッキー、ヤドさん。とりあえず俺、シェルトさん探してくるから」
「おっ、おい! エルヒスタ、まだ身体は十分に──」
「それより先にシェルトさん優先だ!」
肩を鳴らす。よし、余裕で身体は動きそうだ。拳を二回、手のひらに叩きつける。手のひらを二回、頬に叩きつける。
(セタ、準備はオッケー!?)
『OK、何の問題もないよ。──まあここで動けるエルくんに、問題なんて何にも無い!』
だよなだよな、そうでなきゃな! そうでなきゃ、俺はシェルトに何も返せない。
「振動が来たところを見てくる。ここにシェルトさんが来たら待っているように止めておいてくれ、全力で!」
「おいエルヒスタ! 無理だけは、してはいけない!」
俺は笑った。笑って受け止め──なかった。投げつけた、跳ね返した、突っぱねた、聞かなかった、向かなかった。
俺は、進むことしか出来なかったから。
「無理なんかしないよ。──無理してそうな奴に、ちょっと言いたいことがあるだけ、だっ!」
大地を蹴って、シェルトの魔力を感知するために、俺はまず震源地へと脚を向ける。
「って……マジかよ。なんだよこの量はっ!!」
飛び乗った家屋の屋根から見えたのは、道を埋め尽くすほどの召喚獣の群れ。
オオカミのような形をして、黒く光る身体は、禍々しさよりも、単純な怖さだけが……俺の身体を染めていった。




